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蒼銀の光  作者: 糸冬すいか
第一章
14/26

13:褪せた時間

 目を覚ますと、見覚えのある天蓋が視界に入った。もう2年ほどになるだろうか、グローリーが寝起きするベッドの天蓋だ。アルゼンタムは寝起きでぼんやりとした思考のまま、記憶を辿った。なぜ自分がグローリーのベッドに寝ているのか。それに、自分でベッドに入った記憶がない気がする。というか、今はいつなのだろう。

 寝起きの悪いアルゼンタムはしばし記憶を確かめ、顔を青ざめさせた。バムルウの手によってグローリーが連れ去られたことを思い出したのだ。スカイの本家にいるなど、”蒼”に恐怖するグローリーには拷問でしかない。

「っ、あ……っ!」

 慌てて起き上がるが、めまいが酷い。咄嗟に手をつこうと伸ばすが、力が入らずに床に崩れ落ちてしまった。身体に力が入らず、頭痛も酷い。冷たい床に手をつき体を起こすが、立ち上がれそうにない。

「たすけ、なきゃ……」

 どうやって、と自問する。アルゼンタムは魔法も使えない、権力があるわけでもない。ほんの少し容量が良くて器用なだけの平凡な人間だ。脳を揺さぶられるような頭痛に顔をしかめ、アルゼンタムは考えごと振り払うように首を振る。方法を考える暇さえ惜しい、早く動かなければ。

「アルゼンタム、気がついたのかい」

 顔を上げると、焦った様子の『心眼』がいた。つい先日来たばかりなのだから、ここにいるのはおかしい。スカイ家から連絡が行ったのだろうか。

「なん、で……ここに」

「数か月前にも来ただろう? いや、そんなことより、ベッドに戻るんだ。無茶をするんじゃない」

 心配したんだよ、と続ける声は、怒っていながらもどこか優しい。アルゼンタムは『心眼』の手を借りてようやく、ベッドに戻り腰掛けた。といってもアルゼンタムは嫌がったのだが、力が入らないためされるがままだった。

「でも、グローリーさんが……」

「大丈夫。寝込んでいる間にキミの心を読んだから、何が起きたのかはわかってるよ。それよりも自分の体を気遣いなさい。……キミは、4日間も眠り続けていたんだ」

「よっか……?」

 体に力が入らないのも、割れるようにうるさい頭痛も、その所為だというのか。だがそれよりも、アルゼンタムはグローリーのことが不安だった。4日もスカイ家にいる、恐怖の根源たる場所に一人で。思わず立ち上がろうとするが、『心眼』がそれを遮るように肩をつかんだ。

「大丈夫だと言ったろう。彼女は無事だ、この屋敷にいる」

「え……」

 安堵で体の力が抜ける。かろうじて座っていたがそれも維持できなくなり、ベッドに倒れ込んだ。『心眼』は普段の笑顔を潜め、アルゼンタムの肩を軽く叩いた。

「まだ完全に回避されたわけじゃないが……回避してみせる。キミが『力』を使ってまで変えようとした運命だからね」

「……なんの、ことです」

「あぁ、自覚はなかったんだったっけ。使うのはまだ二回目だものね。でもそろそろ頃合か」

 『心眼』はアルゼンタムをまっすぐに見つめ、ゆっくりと言い聞かせるように言った。

「キミの持つ異能力、『時間をリセットする力』について、ちゃんと向き合うべきだろう」

 部屋に飾られた青薔薇は、取り替えられたあとがなく色褪せていた。


   +++++


 異能力。魔法や魔術とは違う形で、世界を歪める力。

 『組織』においてはさほど珍しいとは言えない。その内容は様々であり、簡単な念動力や透視能力などならアルゼンタムも見たことはある。

 アルゼンタムの両親は、どちらも異能力を持っていたらしい。だからアルゼンタム自身も何か『力』を持っている可能性は十分にあった。遺伝するとは限らないが、異能力者の特徴である極端な魔力不足をアルゼンタムも持っていた。

 だがアルゼンタムには『力』を使った覚えなどなく、日常的に自分に世界を歪める『力』があると感じたこともない。だから自分には遺伝しなかったのだとさえ思っていた。

「……はぁ」

 アルゼンタムは熱いスープを飲み干し、一息ついた。眠っていた四日間、水や煮溶かした粥などしか口にしていなかったらしい。情けない話、空腹で力が入らなかったのだ。『心眼』が用意したスープでなんとか腹を満たして落ち着いた。ちなみに、スープや粥は『組織』から人を呼んで作ってもらったとか。

 『心眼』はアルゼンタムが飲み終わったのを見て、椅子から立ち上がった。空の食器を受け取ってテーブルに置き、苦笑する。

「落ち着いたかい?」

「えぇ。頭もようやく回りそうです。……それで」

 ベッドで体を起こして座り、アルゼンタムは『心眼』に向き直った。『心眼』はアルゼンタムの知りたいことなど把握しているのだろうが、何も言わずにアルゼンタムの言葉を待った。整理させてくれているのだろう。

「俺が、異能力をもっているっていうのは、本当なんですか?」

「本当。キミもなんとなく、感じているね? 時間が巻き戻っていること」

「……はい」

 部屋の青薔薇は、枯れそうに色褪せていた。バムルウが来る前に、確かに新しい薔薇に変えた記憶があるのに、だ。四日間寝込んでいたからと言って、そんなに急激に褪せたりはしないだろう。

 それに、『心眼』がいる。アルゼンタムの記憶ではつい先日訪れたように感じているが、『心眼』は前に来たのは数か月前だと言った。矛盾が起きているが、本当に時間が巻き戻ったというのなら納得できる。アルゼンタムが寝込む前、四日前に確かに訪れていたのだろうから。

 時間の重複が起きているのだ。アルゼンタムは四日前に『心眼』と会い、そこから普通に四日間過ごしていた記憶がある。が、『心眼』が言うには、『心眼』が四日前に訪れたときにアルゼンタムは倒れ、以来ずっと眠り続けていたらしい。

「時間が巻き戻っているのは、わかります。俺を騙す意味なんてないでしょうし。でも、俺は『力』があるなんて今まで知らなかったし、使った時の記憶もおぼろげで……」

 グローリーがバムルウに連れていかれようとしたとき、とても恐ろしく感じたことは覚えている。だが何か、時間を巻き戻すための行動をしたのかというと、覚えていないのだ。ただ恐ろしく感じて、何かをわめいただけで。

 『心眼』はアルゼンタムの言葉を聞き、迷うように唇を結んだ。ややあって、ゆっくりと口を開く。

「ねぇアルゼンタム、キミは初めて『力』を使った時のことを覚えていないだろう?」

「はい。というか、こんな『力』があるなんてついさっき知ったばかりですし」

 日常的に必要とされるような『力』ではないからだろう、使うことがないから意識すらしていなかった。そもそも、異能力を持っているという自覚すらなかったのだ。『心眼』はアルゼンタムの返事にゆっくりと頷き、言葉を続けた。

「異能力者は初めて『力』を使うときに、それがどんなものであるかを感覚的に理解するらしいんだ。アルゼンタムはそれを忘れてるから、たぶん自分の意思だけでは『力』を使えなくなっているんだと思う。思い出せば別だろうけど、何か、追い詰められた危機的な状況でないとね」

「危機的な、ですか」

「大概、世界を歪めるような『力』が必要になるときなんて、どうしようもない絶望から生まれるんだよ。それを使うときだって、助かりたいから『力』が自然と発動するんだ」

 絶望からの救済を求めて。異様な力を求めなければならないほどに追い詰められ、異能の希望にすがる。

 アルゼンタムの力は時間を巻き戻すもの。念動力や精神感応よりもずっと強力な力と見て間違いないだろう。世界を歪める規模が大きすぎる。

 その一番最初の記憶、『力』の原風景である絶望を、アルゼンタムは思い出せなかった。

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