表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼銀の光  作者: 糸冬すいか
第一章
12/26

11:変化への揺らぎ

 アルゼンタムは時計を確認しながら、煮出した紅茶を水筒に注いだ。やや小ぶりなサンドイッチの数を数え、バスケットに並べて入れる。それらを確認し、アルゼンタムはエプロンを外した。

 バスケットにはサンドイッチを、水筒には紅茶。ピクニックの準備は完了だ。

 あの後、手当てした後も変わらず、グローリーは薔薇に手を伸ばし続けた。アルゼンタムが見ていないときを見計らって近づくので、いつの間にか手に怪我が増えていた。手当てし怒り反省を促すのだが、それでも薔薇に突っ込んでいこうとするグローリーを押し止めて、アルゼンタムは提案した。

 それなら、バラ園にピクニックにでも行きますか、と。

 広大な敷地内には、薔薇に囲まれた中でちょっとしたお茶会が出来るような東屋などもある。たまに掃除しており荒れては居ないので、簡単な昼食を取るくらいなら問題ないだろう。青薔薇に、ひいては”蒼”そのものに慣れる練習なのだから、それぐらいを目標としても良いはずだ。

「アル、まだぁ?」

 ひょい、とグローリーがキッチンに顔を出した。帽子を被ってつばを弄り、そわそわとしている。その様子にアルゼンタムは苦笑してバスケットを持ち上げた。

「今出来ました。そう急かさないで下さいよ」

「だって、楽しみなんだもん。敷地内だけど、お屋敷から離れるの久しぶりだから」

 部屋に引きこもって読書するか、アルゼンタムの後を突いて回って手伝うか。代わり映えのしない日常の中でどちらかばかりなので当然といえた。

 その代わり映えのしない日々の中でも、グローリーは着実に変化し成長していたが。

 グローリーに合わせゆっくりと歩くアルゼンタムの隣で、グローリーははにかみながら言う。

「ねえアル、ばらを摘んで部屋に飾ってもいい?」

「まあ、そうしたかったらそうしましょうか。でも素手で摘んじゃダメですよ」

「はーい!」

 わーい、と嬉しそうに両手を伸ばして笑う。アルゼンタムを追い抜いて、グローリーは屋敷の外へと向かった。苦笑して、アルゼンタムも追いかけようとしたが、バスケットの存在を思い出してゆっくりと歩いた。せっかく綺麗に作ったのだから、崩れないように慎重に運ばなくては。

「アル、早くー!」

「今行きますよ、グローリーさん」

 満面の笑みを浮かべ、グローリーはドアの前でアルゼンタムを待っていた。アルゼンタムはその姿に笑いかけ、バスケットを抱えなおして向かった。


   +++++


 迷路のように複雑な庭園の全てを、アルゼンタムは把握しているわけではない。よく使う魔法陣の位置だけを覚えて道を整え、あとはかなり放置している。

 今向かっているのは、それらの魔法陣のうちの一つだ。ちょうどそこへ向かう途中に東屋があり、使うこともないだろうが目に付くので掃除だけはしていたのである。何が役立つか分からないものだ。

「アル、あと、どれくらい?」

「あと少しですよ、グローリーさん」

「う、ん」

 少しぎこちない返事に、アルゼンタムはため息をついた。しっかりと袖口に指を絡ませて、グローリーはまるで未開の地に進み行く冒険者のような鬼気迫る顔をしていた。グローリーにとっては屋敷以外全てが未開の地なので、あながち間違っていないとも言えるが。

 そんな状態で、ろくに周囲を眺めることもなく歩いているのだ。当然、転びそうになるし歩み自体も遅くなる。その所為ですでに15分は経とうかというのに、歩いて10分でつくだろうと予想していた目的地はいまだ見えない。

 周囲に咲き誇る蒼薔薇。屋敷をかなり離れたからか、アルゼンタムの剪定の手も回っておらず、やや野生的に薔薇が咲き誇っている。グローリーは最初こそ果敢に周囲を眺めていたものの、次第に顔を俯かせていき、現在はほぼ足元しか見ていない。

 グローリーの様子に、アルゼンタムの足も進みが悪かった。いくら本人が同意したとはいえ、流石にこんな荒療治には無理があったのだろう。ゆっくりと足を止めて、グローリーに呼びかける。

「……ねぇ、グローリーさん」

「やだっ」

 素早い否定だった。ぐいぐい、と催促するように袖が引っ張られ、アルゼンタムは困惑しながらも足を踏み出した。すでに今のようなやり取りは4回ほど行われている。アルゼンタムが気遣い「戻りましょうか」と尋ねるのだが、帰ってくる内容は変わらない。変わったのは返答の速さだけだ。

 5回目で名前のみなら、次は話しかけただけで否定されそうだ、ととりとめなく思う。

 アルゼンタムは、不思議で仕方がなかった。グローリーが蒼薔薇にこだわることが、ではない。何故現状からの変化を望むのかという、根本的な部分において。

 グローリーがアルゼンタムの予想外の事をするだなんて。ましてや逆らうなんて思いもしなかった。何度も何度も戻ろうと言ったのに、グローリーはそれを拒絶した。歩みがどれほどゆっくりになっても、足を止めなかった。小さく、そして精一杯の抵抗を見せた。

 初めて、だろう。ここに住み込んで働き、グローリーとともに過ごした中で初めての拒絶。

 アルゼンタムはどこかで高をくくっていた。蒼薔薇に囲まれた道を10分は歩かなければならないのだ。今までずっと”蒼”を恐れてきたグローリーが耐えられるわけがない。自分が促せばすぐに諦めて屋敷に戻るだろう、と。だからグローリーの意思を尊重しつつも、無理な荒療治にして。

 それで、この代わり映えのしない平和な日々は守られると思った。

 変わらない、停滞し褪せた時間が澱む、ぬるま湯のような日々。

 それでいいじゃないか、と。

 アルゼンタムは足を止め、目の前の光景に嘆息した。グローリーは相変わらず地面を見つめているが、足を止めたアルゼンタムに戸惑っているようだ。

「……、グローリーさん」

「な、なに? わたし、戻らないからね?」

「顔、上げてください」

 アルゼンタムの言葉に、グローリーの小さな肩が震えた。上げようかどうか迷うように、頭がふらふらと揺れた。アルゼンタムがそっと手を伸ばし、あやすように髪を撫でる。

「ここで戻っても、それは悪いことではありません。またいずれ慣れた後で挑戦すれば良いことです。ですから、ここで戻っても良いんですよ」

「や、だ……」

 ぎこちなく耐えるように、グローリーは震える声で言った。アルゼンタムの袖を掴む手も振るえ、指が白くなるほど力を入れている。

「ここで戻ったら、もうだめになる。きっともう、こえられなくなる。だから、……大丈夫」

 すぅ、と言葉を区切って、グローリーは深く息を吐き出した。ゆっくりと顔を上げて、アルゼンタムはその目に強い輝きを見た。

「今は、独りじゃないから」

 甘く幼い声は変わらないのに、酷く大人びて聞こえた。そして、息を呑む音。アルゼンタムは苦笑を浮かべ、グローリーの傍に膝をついた。

「……おめでとうございます。到着、ですよ」

 そこは、御伽噺の中から現れたような場所だった。

 白い石で出来た柱が並び、深い蒼の屋根が日差しを遮る。柱には薔薇の蔦が絡まり、白い薔薇のレリーフの傍に蒼薔薇が揺れていた。柱の中の空間は綺麗に掃除され、同じく白のテーブルと椅子が並べられている。

 グローリーはほぅ、と息を吐き出し、唇の端をゆっくりと上げた。目を細め、アルゼンタムへと笑いかける。

「すてき、だね」

「……そういっていただけると幸いです。さ、おなか減ったでしょう」

 立ち上がりバスケットを示して笑いかけると、グローリーは少しだけ唇を尖らせて不満そうに目を逸らした。

「ロマンチックなのに。わたし、そんなに子供っぽい?」

「そんなつもりはありませんよ。それともグローリーさんは、サンドイッチはいりませんか?」

「アルのサンドイッチ! 食べるよ!」

 ばっと顔を上げて、焦ったように早足でテーブルへ向かう。掴んでいた袖口から、指がするりと離れた。残っている皺が嘘のように、呆気なく。

 アルゼンタムはそれを見つめ、銀色の目を揺るがせた。不安と、焦燥。正体の掴めない何かが、胸のうちでむくりと鎌首をもたげたようだ。

「アル、早くーっ」

「はいはい、今行きますよ」

 グローリーの声に、自然と顔に笑みが浮かんだ。グローリーの笑顔に、声に、アルゼンタムは笑顔を向けられる。だから。

 だからまだ、大丈夫だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ