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蒼銀の光  作者: 糸冬すいか
第一章
11/26

10:傷ついた指先

 抜けるような青空の下、アルゼンタムは家庭菜園の収穫に精を出していた。

 少しでも買い物に行く回数を減らそうと画策した結果である。トマト、ピーマン、ナスなどなかなかの出来だ。野菜の栽培など初めてだったが、やろうと思えば何とかなるものである。

 と、雑草を取り除きながら野菜の熟し具合を確かめるアルゼンタムに、グローリーがパタパタと駆け寄ってきた。手にはしっかりとキュウリを抱えている。

「アル、いっぱい取れたー!」

「はい、ありがとうございます」

 帽子ごしに頭を撫でてやると、ぱぁっと表情が輝く。もっと撫でて、と言うように擦り寄る様子は、飼い主になつく子犬のようでもある。アルゼンタムは苦笑を浮かべながらも、言葉を続けた。

「お手伝い、ありがとうございます。疲れたでしょうから、一度休んでください」

「はぁい」

 グローリーは帽子を直しながら、離れの日陰に腰を下ろした。水筒に入れた紅茶を飲みながら、自分の手でもいだキュウリ物珍しそうに眺めている。普段食卓に並ぶものの、こうやって育てたりした経験はなかったのだから面白いのだろう。アルゼンタムは草取りの手を止めてそれを眺め、ふむ、と呟いた。

「植物の栽培は情操教育に良いって聞いたし、今後もいろいろやってみるか」

 思考が教育ママになっていた。再び草取りを開始し、ぷちぷちと目に付いた雑草を抜いていく。その間にもグローリーの教育方針を考えているので、完全に保護者の思考回路だった。

「でもドレスで畑仕事はまずいし……簡素なワンピースとか、探してみようかな。ズボンは……ちょっとなぁ」

 帽子のつばを上げ、ちらとグローリーに目をやる。お手伝いする! と言い出したグローリーに、アルゼンタムは急遽衣装探しに奔走することになった。

 元々から用意されていた物やエルウが送ってきた物など、服は買わなくとも多くある。が、大半は貴族らしいドレスばかりなのだ。畑仕事には向いていない。

 今回は装飾の少ないドレスを何とか探し出して着せ、日射病対策にアルゼンタムの予備の麦藁帽子を被らせた。そのため全体的にちぐはぐなファッションになってしまっている。

 畑仕事を手伝うなら汚れても良いような、動きやすい服を用意するべきだろう。しかしいろいろな事情があるとはいえ貴族のお嬢様、パンツルックは少々問題な気もする。

「街の服屋でワンピースとかを買うか。あ、ついでに新しい髪飾りも買おう」

 リボン系を充実させたいんだよなあ、と楽しそうに呟く様子は、確実に不審者だった。整った顔立ちが台無しである。畑仕事をしている時点でだいぶちぐはぐだが。と、

「きゃ……っ」

「グローリーさん? どうし……グローリーさん!」

 顔を上げたアルゼンタムの目に、瑞々しい赤が映った。白く小さな手に、赤い雫が膨らむ。ぷっくりと指先で膨らんだそれが指の腹で雪崩れる様は、グローリーの髪色をほうふつとさせた。遠目にそれを確認し、止まっていた思考が駆け巡る。

 若干痺れた足で転びそうになりながら、慌てて駆け寄る。手を取ると血が零れて広がり、余計に痛々しく見えた。ポケットからハンカチを出して、そっと押し当てて血を吸わせる。

「な、なんで、こんな……っ」

「ごめ、なさい。ばらに触ろうとしたら、とげが」

 離れの建物の傍にも、薔薇の植え込みがある。薔薇のとげは危険だが、蒼を恐れるグローリーが蒼い薔薇に近づくわけがないと油断していた。

 顔を青くしてハンカチの赤黒い染みに目を落とすアルゼンタムに、グローリーはおずおずと声をかける。

「痛くて、びっくりしちゃって。でも、そんなに深くないし、大丈夫だよ」

「そういう問題じゃありません!」

 びくっ、と肩が震える。いつも優しく話しかけるアルゼンタムが、大声を上げることなど滅多にない。グローリーの手を掴むアルゼンタムの手に、無意識に力が入る。

「なんでっ、どうしてそんなことを! 近づかなければ良いでしょう!」

「あ、あ……」

「怪我までして、何を考えているんですか! もっと自分を大事に……っ」

「ある、あ……ごめ、なさ」

 泣きそうな顔を青くして謝るグローリーに、すっと頭が冷えた。グローリーは強く握った所為で白くなった指先を気にせず、ごめんなさい、と繰り返す。手の力が抜け、グローリーの手が重力にしたがって離れる。

「……いえ、謝るのは俺のほうです。痛かったですよね、ごめんなさい」

「アル……」

 困惑と怯えをない交ぜにした表情。グローリーにそんな顔をさせるつもりではなかった。ただ心配で、動転してしまって。傷一つつけないように大切にしようとしていたから、自分から傷ついてしまった彼女に苛立って。

 グローリーの様子を窺いながら、再び手を取る。血は止まり、心配した怪我もそう大きなものではないようだ。一応、消毒してきちんと手当てするべきだろう。

「今日はもう部屋に戻りましょう。血は止まりましたけど、きちんと手当てしないと。……少し待っていてくださいね、片付けてきますから」

「うん」

 放り出していた畑の道具を片付けにアルゼンタムが畑に向かう。その後姿を見送り、グローリーは傷ついた指先を見つめた。


   +++++


「それで、どうしてあんなことしたんです? 何か理由があるんでしょう」

 手当てを終え、アルゼンタムはようやく落ち着いて訪ねることができた。何か理由はあるだろうとは思っていたが、怪我が気になって聞くどころではなかったのだ。

 グローリーはどう言葉にするか迷うように視線をさまよわせ、唇に力を入れた。ややあって、戸惑いがちに唇が動く。

「あのね、わたし、青いのが怖いけれど、お姉さまのことは怖くないの」

「エルウさんですか、あの人はまあ、少し特殊ですしね」

 グローリーが恐れるスカイ家であり、美しい空色の髪を持つエルウだが、彼女自身はグローリーを疎んでいない。強大な力を持つ期待と羨望の的といえど、スカイ本家で暮らしているわけではないからかもしれない。むしろ本当の妹のように可愛がり、アルゼンタムが訪ねれば近況を聞いてくるのが常だ。

「でも、それとバラがどう関係するんです?」

 確かに薔薇は青いが、空色とはだいぶ違う。エルウが平気になったからといって大丈夫なわけではないだろう。なにより、まだ”蒼”そのものに対する恐怖心というのは根強く残っているのだ。わざわざ近づこうという発想はなかなか出てこないはずだ。

 アルゼンタムの言葉に頷き、グローリーは顔を上げた。まっすぐにアルゼンタムを見上げ、はっきりと言う。

「青い髪でもお姉さまのことは怖くないから、だから、きっと慣れれば青いのも怖くなくなると思う。そうすれば、本家の方々と会っても、怯えずにちゃんとしていられると思うの」

 幼い顔立ちの中に、わずかに躊躇いと怯えを混ぜて。しかしグローリーは迷うことなく言い切った。普段のおどおどした様子とはうって変わって、固い決意が見て取れる。

「……本気、ですか」

 長い沈黙の後、アルゼンタムはようやく、それだけを口にした。グローリーはこくりと、小さく頷いて言葉に出す。

「うん、本気だよ。すぐには無理でも、少しずつでも慣れていきたい」

「どうしてそんなことを? ここに居れば、本家の方になんて会うことないでしょう」

「一年前のお姉さまの誕生パーティーで、わたしは怯えているばかりだった。もう、あんなのは嫌なの。お……叔父様やお父様と、ちゃんとお話したいから」

 わたしのことを知りたいから、と。か細く続けた言葉に唇をかみ締める。

 アルゼンタムと出会い、まともな人間扱いをされて始めて、今までの環境が劣悪なものだったのだと知った。感情を持ち、思考することを覚え、現状の異常さに気付いてしまった。なぜ自分は閉じ込められているのか、と疑問を抱いた。

「だからわたしは、立ち止まっていたくない」

 凛と言い切るグローリーは、甘く可愛らしい姿でありながら澄みきった鋭利さもすでに持ち合わせていて。アルゼンタムは、ようやく、遅まきながら気付いた。

 彼女はもう、人形なんかじゃない。

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