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蒼銀の光  作者: 糸冬すいか
第一章
10/26

09:長い髪を

 一通りの買い物を終えたアルゼンタムは、付いてくる少女たちをどうにか引き離して一軒のパン屋に立ち寄った。ドアベルの音を聞きつけて茶髪をポニーテイルにした女性が顔を覗かせるが、アルゼンタムを見つけて露骨に顔をしかめた。

「アルゼンタムさん、今日もご苦労様です。よくうちに来るので女性客からの風当たりが微妙なのですが」

「貴女は安全だから、ついつい寄りたくなるんです」

「安全って、随分な言い草ですね」

 眉をひそめて言い放つ女性に、アルゼンタムは苦笑を浮かべた。街での買い物が苦手なアルゼンタムだが、この店にはよく訪れる。というのも、彼女には言い寄られる心配というものをしなくて良いのだ。

「それに、あまり頻繁に来られると、旦那がヤキモチ妬くんですよ」

「……すみません、マライアさん」

 女性――マライアは既婚者なのである。それも新婚ほやほやの幸せ絶頂期。淡々とした口調だが、旦那さんといる時の緩みっぷりはなかなかに可愛らしいところがある。

 つまりアルゼンタムは新婚で幸せ絶頂期なところに、文字通りお邪魔しているわけだ。マライアの少し不機嫌そうな表情も当たり前といえた。それでもアルゼンタムを追い出したりせずに迎え入れる辺りは、人のよさが窺える。

「えっと、今日はいつものパンと……あ、新作出てますね。それもいただきます」

「毎度ありがとうございます」

 アルゼンタムも、街の中での自分の立場は自覚している。だからマライアの店を訪ねればパンを買わざるを得ない。マライアが迷惑をこうむらないよう、あくまで客としての付き合いだ。

「いい匂いですね。柑橘系ですか?」

「はい、生地に練りこんであります。焼きたてはもっと匂いも強いんですけどね」

 たまに、パン作りの先生と生徒でもあるが。

 オーブンなども館にはそろっているので、たまにアルゼンタム自身も簡単なパンを焼くのだ。他の家事もあるのであまりかかりきりにはなれないが、料理は結構好きなのでいろいろ試している。

 つい先日は、今まで立ち寄った世界の料理を一部再現してみた。が、グローリーは世間知らずゆえに普通に「おいしー」と食べてしまい、リアクションを期待していたアルゼンタムとしては切ない結果に終わった。いつかエルウに出して良いリアクションが欲しいところだ。

 現在は長期保存のきく漬物に挑戦してみているが、たくあんが出来たところで果たして食べてくれるかは微妙である。アルゼンタムは育ちの環境の多様さの所為か、初見では手を出しにくいであろう納豆や生魚も普通に食べていた。ちなみにグローリーも影響されているので、食に関しては二人とも世間どころか世界から外れている。エルウが知ったらドン引きしそうだが。

「……アルゼンタムさん、今まで見たことがない悪い顔になっていますよ」

「え、ああ、すいません」

 思わず顔に出ていた。

 魔術とやらで毎回驚かされている分、何かしらで報復しておきたいのだ。エルウとの仲はこれで悪いわけではないのだから不思議なものである。

 マライアは首を傾げつつ、紙袋にパンを丁寧に入れていった。アルゼンタムは代金を用意し、手渡そうとしたところでふと気付く。

「あれ、髪を少し切りましたか?」

「えぇ、伸びてきたので。旦那に切ってもらいました」

 正面から見ていたときは気付かなかったが、よくよく見ると後ろ髪がばらばらの長さになっている。整えようとしたのだろうが、旦那さんはどうやらあまり器用ではないらしい。結い上げた髪房から中途半端な長さの髪が零れ、ポニーテイルのつもりなのだろうがハーフアップのようにも見える。

「もったいないですね、マライアさんの長い髪、好きだったんですが」

「そういうことを言うから女の子に包囲されるんですよ。というか、そんなに珍しいものでもないでしょう。茶髪なんてありふれています」

「そうかもしれませんが、でも……」

 あの人も、ちょうどそんな色をしていた。長い髪をいつも適当に結い上げていて、それを綺麗に整えたくて。髪を触っている間は、しっかりと傍に居てくれたから。

「アルゼンタムさん?」

「え……?」

 マライアの声で、アルゼンタムは現実に引き戻された。昔のことを思い出すのは久しぶりだった。どうにも没頭してしまっていたらしい。そのまま答えないアルゼンタムに、マライアが案じるように覗き込む。

「どうしたんですか、ぼぅっとして。今日はどこか具合でも悪いんですか?」

「そう、かもしれませんね。今日はこれくらいにしておきます」

「では、また今度」

 マライアから紙袋を受け取り、アルゼンタムは柔らかく笑みを返した。短くなってしまった茶色の髪に、本当に残念だと思うとても似合っていたし、よく似ていた。何度も何度も、足を運びたくなるほどに。

 言葉に出して次を約束することは、酷く躊躇われた。


   +++++


「おかえり、アルっ」

「はい、ただいま戻りました」

 台所で買ってきたものの整理をしていると、グローリーが慌てた様子で駆け寄ってきた。勢いよく抱きつき、まっすぐにアルゼンタムの顔を見上げる。アルゼンタムは手に持っていたものを置いて、腰に手を回して抱きつくグローリーを見下ろし苦笑した。

「どうしたんです? 何かありましたか」

「えっと、アルが帰ってきてくれたから、凄く嬉しいの」

 視線をさまよわせ、言いよどみながら、グローリーはぎこちなく笑みを浮かべた。嬉しいに違いはないのだろうが、何かひっかかりを感じているようだ。髪に指を通すようにして撫で、視線を合わせる。

「どうか、したんですか?」

「……アルは自由にお出かけできるけれど……わたしは、ここから出られないから」

 だから、帰ってきてくれるか怖い、と。

 グローリーは世間知らずで子供じみていても、賢く聡明だった。アルゼンタムが買い物に出かけるのを見て、帰ってくる保証なんてないと気付くことができるくらいには。赤の他人でありまだ若いアルゼンタムが、グローリーを庇護する義務を持たないと察する程度には。

 頭を撫でる手が止まったことに気付き、グローリーは縋るようにアルゼンタムを見上げた。呆然としてグローリーを見るアルゼンタムに震える声で、それでも毅然として言う。

「お願いします、帰ってきてください」

 震える手、縋りつくような目、自分の価値を見下した顔。何もかもに覚えがあった。だから。

「……傍に、います」

 割れそうな氷に触れるようにそっと、アルゼンタムはグローリーの髪を撫でた。白から赤へのグラデーションをなぞり、言い聞かせるように繰り返す。

「ずっとずっと傍に居ます。たとえ貴女の元を離れても、きっと俺は帰ってきます。貴女を一人になんてしません」

 アルゼンタムの言葉に、グローリーは戸惑いに視線を揺らした。複雑化する感情に揺さぶられているのは、アルゼンタムだけではないのだ。思考することを知ったグローリーは感情を自覚し、今までなかった揺らぎに戸惑う。

 グローリーはしばしの沈黙の後、アルゼンタムに寄り添うように俯いた。か細く、声が漏れる。

「……信じてる」

 髪を撫でる手を止めず、アルゼンタムはただグローリーを抱きしめた。それがどのような感情によるものか、自身でもよく分からなかった。

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