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深夜の公園にいつもいる

作者: 解放さん
掲載日:2026/03/14


深夜の公園でいつも立っている女性




 その公園を初めて見たとき、俺は「ずいぶん中途半端な場所だな」と思った。




 駅から歩いて十五分ほど。住宅街と古い商店街の境目にある、小さな区立公園。ブランコが二つ、鉄棒が一本、砂場はあるが柵の一部がへこんでいて、隅には雑草が伸びている。昼間に通れば、よくある寂れた公園にしか見えない。けれど夜になると、そこだけ妙に暗かった。




 街灯は一応ある。だが一本しかない上に、電球が古いのか、白い光が絶えず薄く明滅していた。おまけに公園のすぐ脇を走る道は車通りが少なく、深夜ともなると人の気配がぱったり消える。犬の散歩をしている人間さえいない。




 俺がその道を使うようになったのは、帰宅の近道だったからだ。




 会社を辞めてから三か月、俺はコンビニの深夜シフトで食いつないでいた。夜十時から朝六時まで働き、アパートへ戻るのはだいたい午前六時半前後。逆に、出勤するときは午後九時すぎに家を出る。昼夜逆転した生活のせいで、気づけば俺の一日は大半が夜の空気でできていた。




 だから、その公園の異変に最初に気づいたのも俺だったのかもしれない。




 最初は、ただの見間違いだと思った。




 九月の終わり、まだ湿気の残る夜だった。コンビニへ向かう途中、いつものように公園の脇を通ったとき、街灯の下に女が立っていた。




 白っぽい服を着ている。ワンピースなのかコートなのか、遠目にはわからない。ただ、細くて背が高く、髪が長かった。ベンチの横、ちょうど街灯の真下に、ぴたりと足を揃えて立っている。




 夜の公園に女が一人でいること自体は珍しくない。誰かを待っているのかもしれないし、家出かもしれない。酔って休んでいるのかもしれない。そう考えれば、それで終わる話だった。




 だが妙だったのは、その女がまったく動かなかったことだ。




 スマホをいじるでもなく、辺りを見回すでもなく、ベンチに腰掛けるわけでもない。ただ真正面を向いて、街灯の下に立っている。




 俺は一瞬だけ歩く速度を落としたが、関わりたくなくてそのまま通り過ぎた。




 振り返りはしなかった。




 振り返ったら、こっちを見ている気がしたからだ。




 それだけのことだった。




 なのに次の日も、その次の日も、女はそこにいた。




 まるで昨日から一歩も動いていないみたいに、同じ場所に、同じ向きで、同じ姿勢のまま立っていた。




 俺は三日目でさすがに気味が悪くなり、店の休憩中にその話をした。




「深夜の公園に、毎日同じ女が立ってるんですよ」




 休憩室でカップ麺をすすっていた大学生のバイト、片桐が顔を上げた。




「え、なにそれ怖。どこの公園ですか」




「店から駅の反対側にちょっと行ったとこ。小さい公園」




「ああ、三和公園?」




「名前知らないけど、たぶんそれ」




 片桐は「うわ」と嫌そうな顔をした。




「先輩、それ見ちゃったんすか」




「見ちゃったって何だよ」




「いや、地味に有名ですよ。夜中に立ってる女の人」




 俺は笑った。




「なんだ、ただの噂か」




「でも、ちょっと変なんですよ。その話って何年も前からあるらしくて」




「何年も?」




「うちの地元の友達も知ってました。中学の頃、肝試しで見に行ったやつがいて。深夜二時くらいに行ったら、ほんとにいたって」




「同じ女が?」




「そう。白い服で、街灯の下に立ってる。近づいても動かないんだけど、顔を見ようとすると街灯が消えるって」




 いかにも若いやつが好きそうな怪談だった。俺は適当に「へえ」と返して麺をすすったが、片桐は真顔のままだった。




「ただ、変なのはそこじゃなくて」




「まだあるのかよ」




「見た人の話が、みんな微妙に違うんです」




「違う?」




「立ってる場所は同じなのに、服が違うとか、年齢が違うとか。若い女だったって言う人もいれば、おばさんだったって言う人もいる。髪が長かったって人もいれば、肩くらいだったって人もいる。でも全員、『ずっと立ってる』『動かない』って言うんです」




「見間違いじゃないのか」




「俺もそう思ってたんですけど……」




 片桐は箸を止めて、小声になった。




「その公園、前に人が死んでるんですよ」




 休憩室の冷蔵庫がぶうんと低く唸っていた。




「十年くらい前かな。夜に女性が行方不明になって、数日後に公園のトイレで見つかったって。自殺か事件かよくわかんなかったらしいですけど」




「……それ、本当か?」




「さあ。でもうちの母親も知ってました」




 その話を聞いたせいで、その夜の帰り道はいつも以上に気が重かった。




 午前六時すぎ。東の空が少し白み始め、夜と朝の境目が曖昧になる時間だ。人間の気配はまだ薄い。新聞配達のバイクが遠くで走る音だけが、ときどき静けさを破る。




 公園の横を通る。




 女はいなかった。




 朝だから当然かもしれないが、それでもほっとした。




 噂を聞いたあとだったから、街灯の下に白いものが見えたらどうしようかと思っていたのだ。




 だが、その次の出勤時にはまたいた。




 午後九時半。街灯の下。白っぽい服。まっすぐ前を向いている。昨日も一昨日もいたのだから、今さら騒ぐようなことではないはずなのに、なぜかその日は、いつもより近くに感じた。




 公園の入口から街灯までの距離なんてせいぜい十メートルもない。なのに、今までの俺はそこを「視界の端」で処理していただけだった。今日は違った。見たくないと思うほど目が向いてしまう。




 女は立っている。




 顔は影になって見えない。




 ただ、輪郭だけがやけに鮮明だった。




 風がない。




 木の葉も揺れていない。




 なのに、女の髪だけがわずかに揺れた。




 俺は反射的に足を止めた。




 その瞬間だった。




 ギィ……と、ブランコが鳴った。




 誰も乗っていないはずのブランコが、ほんの少しだけ動いていた。




 公園の中には女しかいない。少なくとも、そう見えた。




 なのにブランコは、誰かがさっきまで座っていたみたいに、ゆっくりと前後している。街灯の光が鎖に反射して、きらきら光った。




 俺は急に喉が渇き、そのまま足早に公園を通り過ぎた。




 背中がむず痒かった。




 見られている、というより、待たれている気がした。




 それから数日、俺はなるべく公園を見ないようにした。




 遠回りも考えたが、たかが幽霊話のために毎日十分も余計に歩くのも癪だった。それに、見ないふりをしていれば向こうも何もしてこない。実際、何か被害があるわけでもない。そう自分に言い聞かせた。




 だが一週間ほど経ったある夜、異変は別の形で始まった。




 コンビニのバックヤードで、納品された段ボールを整理していたときだ。スマホが震えた。画面を見ると、知らない番号からの着信が一件。こんな時間に営業電話とも思えない。気味が悪くて切ろうとしたが、なぜか出てしまった。




「……もしもし」




 返事はなかった。




 雑音もない。




 ただ、しん、と静まり返った無音が耳に張り付く。




「もしもし?」




 そのとき、かすかに、砂を擦るような音がした。




 シャ……シャ……。




 誰かが靴底で地面を擦っているみたいな、乾いた音。




「誰ですか」




 返事はない。




 シャ……シャ……。




 規則的に続くその音を聞いた瞬間、俺はなぜか、公園の砂場を思い浮かべた。




 背中が冷たくなった。




 電話はすぐ切れた。




 非通知でもなく、きちんと番号が表示されていたのに、かけ直すと「現在使われておりません」のアナウンスが流れた。




 嫌な感じがした。




 けれどもっと嫌だったのは、帰り道、公園の街灯の下に立つ女の足元が、いつもより少しだけ砂で汚れているように見えたことだ。




 翌日、俺は店長に相談した。




「気にしすぎじゃないか」と笑われると思っていた。だが五十代の店長は、話を聞くなり表情を曇らせた。




「あの公園か……」




「知ってるんですか」




「昔、この辺に住んでたからな」




 店長はレジの精算をしながら、ぽつりと言った。




「女が出るって噂は、俺が若い頃からあったよ。ただ、元の話はいろいろある」




「いろいろ?」




「子どもを探してる母親だとか、自分を殺した男を待ってる女だとか、恋人を待ち続けてるとか。まあ土地の怪談なんてそんなもんだ」




「じゃあ、やっぱり作り話なんですかね」




「作り話でも、本当でも、近づかんほうがいい」




 店長はそこで手を止め、俺を見た。




「そういうのは、見てるうちに向こうもお前を見るようになる」




 冗談っぽく言ったわけではなかった。




 俺はその真顔が妙に心に引っかかり、その日の帰り、とうとう遠回りをした。




 公園を避け、一本向こうの広い道を歩く。車の音、人の姿、コンビニの灯り。たったそれだけで随分気が楽になった。自分は何をびびっていたんだろうとさえ思えた。




 だが、その安心はアパートの前で消えた。




 二階建ての古いアパート。自分の部屋は一階の角。外廊下の突き当たりだ。階段を下り、角を曲がった瞬間、部屋の前に女が立っていた。




 白い服。




 長い髪。




 うつむいたまま、ドアのすぐ前に立っている。




 俺は息を飲んだ。




 声も出なかった。




 ほんの一秒か二秒、時間が止まった気がした。




 だが次の瞬間、廊下の照明がちかっと点滅し、そこには何もいなくなっていた。




 ドアの前には、コンビニのチラシが一枚落ちているだけだった。




 俺は震える手で鍵を開け、部屋に飛び込み、チェーンをかけた。カーテンを閉め、風呂にも入らず布団をかぶった。眠れるはずもなかった。




 朝になってから恐る恐るドアを開けたが、外には誰もいなかった。




 ただ、ドアの前のコンクリートに、砂が細く線を引くように落ちていた。




 その日から、俺は明らかにおかしくなった。




 公園を避けても意味がない。なら、あれは公園にいるのではなく、俺についてきているのか。いや、最初から公園にいたものと、アパートに来たものが同じだと決まったわけじゃない。そう考えようとするが、無理だった。




 夜になると、玄関の向こうに気配を感じるようになった。




 実際に物音がするわけではない。ただ、いる、とわかる。ドア一枚隔てた向こうに、誰かが立っている。じっと、何時間でも立っている。




 そんな気配だ。




 ある晩、とうとう耐えきれず、のぞき穴を見た。




 何も映っていなかった。




 廊下の薄暗い壁しか見えない。




 それでも気配は消えない。




 俺は衝動的にドアを開けた。




 誰もいない。




 だが、すぐ足元の床に、細く長い髪の毛が一本落ちていた。




 黒く、濡れたような髪だった。




 友人に相談しようとも思ったが、うまく説明できる気がしなかった。深夜の公園で立っている女を見たら、家まで来るようになった。そんな話、まともに受け取る人間はいないだろう。




 結局、俺は一人で確かめることにした。




 どうせこのまま逃げても終わらないなら、あれが何なのか見たほうがいい。




 そう思った時点で、すでにまともな判断じゃなかったのかもしれない。




 休みの日の深夜一時。俺はスマホのライトと、小さな塩の袋をポケットに入れ、公園へ向かった。ネットで見た怪談対策を真に受けた自分が馬鹿らしかったが、手ぶらよりはましだと思いたかった。




 夜の住宅街は静まり返っていた。




 公園は遠くからでもわかった。街灯がいつものように弱々しく点いている。その下に、女がいる。




 白い服。細い体。俯いたままの首。




 俺は公園の入口で立ち止まった。




 逃げたい気持ちが喉元までせり上がる。だが、ここで帰ったらまた同じだ。俺は一歩、中へ入った。




 砂利がじゃり、と鳴る。




 女は動かない。




 二歩、三歩。




 近づくにつれ、服の質感が見えてくる。白ではない。ひどく色の抜けた、薄い灰色だ。ワンピースに見えたそれは、ところどころ泥で汚れていた。




 あと五メートル。




 そこで、気づいた。




 女は地面に立っているのではなかった。




 つま先だけが地面についていて、かかとが少し浮いていた。




 まるで、見えない段差の上に立っているみたいに。




 いや、違う。




 吊られている。




 その考えが浮かんだ瞬間、俺は凍りついた。




 街灯の柱から上を見上げる勇気はなかった。見たら終わる気がした。




 女の首が、ぎ、っとゆっくり持ち上がった。




 顔が見える。




 だが暗くてはっきりしない。




 なのに、口だけが見えた。




 唇が乾いてひび割れ、少し開いている。




「……ねえ」




 声は、すぐ目の前ではなく、耳の奥から聞こえた。




「なんで」




 女の口はほとんど動いていない。




「なんで、いつも、通りすぎるの」




 俺は後ずさった。




「わたし、ずっと、待ってたのに」




「……知らない、知らないです、俺は」




「見えてるのに」




 女の首が傾く。




「見えてる人は、来るのに」




 その瞬間、ブランコが二つとも揺れ始めた。きい、きい、と軋む音が夜気を裂く。砂場のほうからは、ざっ、ざっ、と誰かが足を擦る音。トイレの中で水が流れる音までした。




 俺はその場でへたり込みそうになった。




 女が一歩、前に出る。




 かかとが地面につかないまま、すうっと滑るように。




「こっちを見て」




 顔の輪郭が近づく。




「ちゃんと見て」




 俺は反射的にスマホのライトを向けた。




 白い光が女を照らす。




 顔があらわになった。




 若い女だった。二十代後半か三十手前くらい。頬は痩け、首には濃い痣が輪のように残っている。だが何よりおぞましかったのは、その目だった。




 両目が、閉じられていた。




 閉じたままなのに、見られているとわかった。




 瞼の裏から、強い視線が突き刺さるようだった。




「見つけて」




 女が言った。




「まだ、あそこにいるの」




「あそこって、どこだ」




「した」




 唇が裂けそうなほどゆっくり開く。




「まだ、したにいる」




 直後、公園の街灯が落ちた。




 闇が降りる。




 俺は悲鳴も上げずに立ち上がり、入口まで全力で走った。背後で何かが砂を引きずる音がする。ブランコの鎖が暴れる音。誰かが低く笑うような、すすり泣くような声。振り返らなかった。振り返れなかった。




 通りに飛び出し、コンビニの明るい看板が見えるところまで来て、ようやく足が止まった。




 胸が痛いほど脈打っていた。




 その日から、俺は公園を避けるだけでは済まなくなった。




 眠るたびに夢を見る。




 暗い公園。街灯の下の女。閉じた瞼。首の痣。




 そして夢の最後には、必ず地面が割れる。女の足元の土が崩れ、黒い穴が口を開ける。穴の底から、何本もの手が伸びてくる。泥まみれの手。爪が剥がれ、皮膚が裂けた手。女の足首を掴み、引きずり下ろそうとする。




 女は落ちない。




 代わりに俺を見る。




 見つけて。




 目が覚めると、口の中に砂の味がした。




 もう放ってはおけないと思った。




 俺は休みの日の昼間、公園へ行った。明るい時間に見ると、そこはますます普通の公園だった。子どもが二人、母親に連れられて砂場で遊んでいる。ベンチには老人が座って新聞を読んでいた。あの異様な街灯も、日中はただの古びた照明にしか見えない。




 俺は近所のクリーニング屋で年配の店主に話を聞いてみた。




「この公園、昔何かあったりしませんか」




 店主は最初こそ不審そうだったが、「ああ」と目を細めた。




「だいぶ前に、工事があったねえ」




「工事?」




「遊具を新しくしたとき。何十年も前だけど。なんか埋まってたとかで一回騒ぎになったのよ」




「埋まってた?」




「犬か猫の骨だったって話だけどね。まあ噂よ」




 それだけでは足りなかった。




 区役所の図書コーナーで古い新聞の縮刷版を漁り、地域の事件記事を探した。数時間後、ようやく小さな記事を見つけた。




 ――住宅街の公園改修工事中、旧式便槽跡から白骨化した遺体の一部を発見。身元不明の若い女性とみられる。




 日付は十四年前だった。




 記事は短く、捜査中とあるだけで、その後の続報は見つからなかった。だが俺の背筋はぞっとした。便槽跡。つまり今の公園トイレの下。いや、改修工事前なら配置は違ったかもしれない。とにかく、地面の下にいたのだ。




 あの女は言った。




 まだ、下にいる。




 では、街灯の下に立っている女は誰なのか。




 見つけてほしいと言う女と、下にいる何かは同じなのか、別なのか。




 考え始めると頭が痛くなった。




 それでも、その夜、俺はまた公園へ向かった。




 馬鹿だと思う。正直、自分でもそう思う。けれど、あの記事を見つけてしまった以上、知らないふりのほうがよほど怖かった。




 公園には誰もいなかった。




 街灯だけが点いている。




 女の姿はない。




 俺は息を詰めたまま、公園の中央へ進んだ。ベンチ、ブランコ、砂場。どこにもいない。代わりに、公園の隅にある古い倉庫の裏手が妙に気になった。雑草が生い茂り、昼でも薄暗い場所だ。




 足を踏み入れると、地面が少し柔らかかった。




 俺はスマホのライトで照らした。




 土が、不自然に盛り上がっている。




 小さな塚のように。




 その前に、女が立っていた。




 音もなく、いつの間にか。




 俺は叫びそうになったが、声が出なかった。




 女は街灯の下で見たときと同じ姿だった。ただ一つ違うのは、今度ははっきりと俺を向いていたことだ。瞼は閉じたまま。それでも見られている。




「ここ」




 女が言った。




「ここに、まだある」




「何が」




「わたしじゃないもの」




 意味がわからない。




 俺が動けずにいると、女はすっと後ろへ下がり、盛り上がった土を指した。




「ここ、あけて」




「無理だろ……そんなの」




「はやく」




 女の声が初めて強くなった。




「起きる前に」




 その瞬間、土の中で何かが動いた。




 もこ、と表面が脈打つ。




 俺は息を呑み、後ずさった。だが地面はもう一度盛り上がり、今度ははっきりと下から押し上げる手の形になった。指が五本、泥の膜越しに浮かぶ。




 俺は反射的に近くの錆びたスコップを掴んでいた。公園の掃除用具が倉庫脇に立てかけてあったのだ。土を掘る。柔らかい。いや、柔らかすぎる。まるで最近埋め戻したみたいに。




 数回掘っただけで、腐った臭いが上がってきた。




 喉がひきつる。




 さらに掘ると、ビニール袋の端が見えた。黒く汚れた、大きな袋。




 その瞬間、背後で女が叫んだ。




「ちがう、下!」




 俺は夢中で袋をどけた。その下に、もう一層土がある。掘る。掘る。爪が割れ、手が泥まみれになる。やがてスコップの先が、硬いものに当たった。




 骨だ。




 白い、細い骨。




 人間の腕だった。




 同時に、黒いビニール袋の口が内側から膨らんだ。




 びくっ、と動く。




 俺は凍りついた。




 袋の中から、何かがもがいている。




 あり得ない。だって今掘り出したばかりだ。何年埋まっていたのかわからないものが、動くはずがない。




 けれど確かに動いていた。




 袋の内側から、ぐり、と顔の形が浮き出る。鼻、口、目。ぬめった輪郭。ずる、ずる、と擦れる音。




 女の声が耳元で囁いた。




「それが、ずっと立ってたの」




 袋の口が裂けた。




 中から出てきたのは、女だった。




 いや、女の形をした何かだった。




 髪は泥で固まり、顔の皮膚は半分剥がれ、目は空洞で、口だけが異様に赤い。白い服を着ている。俺が毎晩見ていた、街灯の下の女だ。




 そいつは四つん這いのまま這い出してきて、首だけをあり得ない角度で持ち上げた。




「みつけた」




 そう言って、笑った。




 俺は尻もちをついたまま後退した。すると、背後にいたはずのもう一人の女――瞼を閉じた女が、俺の肩を押した。




「にげて」




 初めて、その声に感情があった。




「わたしを見たから、あれも見えた。もう離れない。だから――」




 そこで言葉は途切れた。




 四つん這いの女が、一気に跳ねたのだ。




 俺ではなく、後ろの女に向かって。




 二つの影がぶつかり合った。いや、そんな生易しいものじゃない。片方は人の形をしていたが、もう片方は最初から人ではなかった。四肢が伸び、髪が縄みたいに絡みつき、泥と肉の臭いが広がる。




 俺は逃げた。




 情けないほど無我夢中で走った。




 公園の出口までたどり着いたとき、後ろから女の声が聞こえた。




「ふりむかないで」




 だから、振り向かなかった。




 それ以来、俺はあの公園に近づいていない。




 数日後、公園の一部が立入禁止になった。地中から古い遺骨が見つかったらしい。ニュースにはならない程度の、小さな記事だけが地方欄に載った。十四年前の未解決失踪事件との関連を調べている、と書かれていた。




 そしてもう一つ、警察が不審物として回収した黒いビニール袋の中からは、動物の骨や古い衣類の切れ端が出てきただけで、人の遺体は確認されなかったという。




 俺はその記事を読んで、吐いた。




 あの夜、俺は何を掘り出したのか。




 何が公園に立っていたのか。




 わからない。




 ただ、一つだけ変わったことがある。




 毎晩見ていた夢を、見なくなった。




 玄関の向こうの気配も消えた。




 だから、終わったのだと思いたい。




 そう思って、俺は仕事も辞め、少し離れた町へ引っ越した。




 新しい部屋は二階で、窓の外には小さな月極駐車場が見える。公園なんて近くにない。夜でも人通りがある。あの街とはもう何の関係もない。




 昨日までは、そう思えていた。




 引っ越して二週間目の夜、コンビニから帰ってきた俺は、部屋のカーテンを閉めようとして、何気なく外を見た。




 駐車場の端の外灯の下に、女が立っていた。




 白っぽい服。




 細い体。




 俯いた首。




 遠い。なのにはっきり見える。




 俺は息を止めた。




 目を擦って、もう一度見た。




 まだいる。




 立っている。




 前と同じように、ぴたりと静止して。




 違うのは一つだけだった。




 今度の女は、街灯の下に立ちながら、こちらを向いていた。




 そしてゆっくり、閉じた瞼のまま、口を開いた。




 窓ガラス越しなのに、声が聞こえた。




「こんどは、ちゃんと見つけて」




 その瞬間、玄関のほうで、じゃり、と砂のこぼれる音がした。



ホラー好きでごめんピ☆

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