卒業パーティーの相手
「ルミエラは決めたのかしら?
3年生の卒業パーティーの、エスコート相手」
学園にて、昼の休み時間。
長いブロンドの髪をさらりと靡かせ、カトレアがルミエラに問うた。
「まだ3ヶ月も後でしょう?決めてないけれど、とっても楽しみ……」
雪が轟々と吹き荒れる窓の外を見ながら答える。
この学園の卒業パーティーは、貴族社会へ正式に踏み出す“社交界への第一歩”である舞踏会だ。
広大な王都の中央に立つダンスホールで皆豪華に着飾りダンスを踊る。参加は自由だが、余程のことがない限り皆出席する。
エスコートがあった方が見栄えは良いが、別になくても参加できないわけじゃない。
そして、ダンスを踊る相手は自由だ。夜通し何曲も踊る中で、その場で突然誘われることもあれば、踊らない選択肢もある。もちろん、意中の相手と参加し、ずっとその人と踊ることもできる。
「アラン王子とのダンスは予約制らしくてよ。ルミエラはお声がけしたのかしら?」
「ああ、アラン王子……」
アラン王子とイレオンのやり取り――イレオンが殺人未遂の容疑で捕えられそうになったあの日から、何だか気まずくてとりあえず追っかけを中止していた。
「パーティーに付けていく装飾品を購入する際は、是非ソフィール商会でお願いね」
カトレアはブロンドの髪をさらりと靡かせる。
ソフィール商会とはカトレアの叔父が現会長の宝飾商会で、代々、王族や大貴族の婚礼を飾る宝石を納めてきた名門だ。
「まあ、ありがとう。憧れている子はたくさんいるのに……嬉しいわ」
◇
「……と言う話をしてね。卒業パーティー、どうしようかしら」
学園からの帰り道、草木の上に薄ら積もっている雪を見ながら、ルミエラは冷える顔をマフラーに埋めて話す。
「キラキラと輝くシャンデリアに照らされて、大理石の磨かれた床でステップを踏むの……。そこで言われるのよ、今夜は貴女を帰したくない、ってね」
目を瞑り、思いを馳せるようにそう言うと、イレオンはにやりと笑った。
「ていうかルミエラ、踊れんの?」
「ええもちろん。むしろ得意。ダンススキルはお姫様に欠かせないもの。」
ルミエラはそう言って、くる、と優雅に回ってみせた。
いつ理想の王子様とダンスを踊ることになるかわからない。ルミエラは華やかな社交界、優雅な舞踏会に憧れて腕を磨いていた。
「そういえば、レオは……ダンス誘われてるの?」
「ああ、全部断ってる。エスコートも」
「なんだか腹立たしい」
隣を歩くレオにわざと肩を軽くぶつける。
イレオンは「って、」とわざとらしく痛がる素振りをしながら、ニヤニヤと笑い「さては誘われてないのか?」とルミエラを揶揄った。
「煩い、じきに誘われるはず」
「……ルミエラ、誘われてないなら、仕方ないから俺が——」
その時……イレオンが決死の覚悟で放った言葉に被せるように、後ろから声がかかった。
「僕が誘うよ。ルミエラ、卒業パーティーで一緒に踊らない?」
2人が振り返ると、そこには長い黒髪を靡かせている王子様――アラン王子が立っていた。
ルミエラは驚いて、アラン王子の言葉を理解するのに時間がかかった
もしかして、誘われたのだろうか。それとも聞き間違えか。とにかく慌てて頭を下げた。
「アラン王子殿下……、あの、一緒に踊らないかと提案されたような気がしました……」
「いや、合ってるよ。僕と踊ろう」
目をパチパチと瞬かせ、アラン王子を見る。
ニコニコと笑うその表情にからかいや嘘を見つけることが出来なかった。
「まあ、喜んでお受けし」「お断りします」
目を輝かせるルミエラの隣でイレオンが不機嫌な顔で勝手に断った。ルミエラはこほん、と咳払いをし、改めてアラン王子に伝える。
「いえ!お断りしません!光栄ですわ、お受けし」「お断りします」
「ちょっと、レオ!勝手にお断りしないで!」
「ルミエラに近づくなって言いましたよね」
キリキリとアラン王子を睨むイレオンを見て、ルミエラの胃が痛くなる。またストレスで倒れるようなことにはなりたくない。
そんな心配を他所にアラン王子は穏やかに笑った。
「うん、確かに言われたかも。でも踊るかどうかは、イレオンじゃなくてルミエラが決める事だ」
アラン王子は、イレオンのことなど全く気にしていない。
「あの、どうして私にお誘いを?」
「沢山誘ってもらってるけど、実はそんなに女生徒と関わりがなくてね。どうせ沢山踊るなら、その中の1人くらい、話したことのある子がいいと思って」
アラン王子がパチン、と片目を瞑る。
そのあざとい仕草に心臓を撃ち抜かれ、「お受けいたします!」と半ば叫ぶようにこたえた。
そうして、ルミエラは王子様とダンスを踊ることになった。そうと決まれば、何があろうと絶対に参加しなくてはならない。
当日、色んな女性と踊る中の1人だけれど、それでも奇跡的にお誘い頂けるなんて名誉この上ない。
「レオはどうしてそんなにアラン王子が気に入らないの?」
アラン王子と別れ、今なお渋い顔で眉間に皺を寄せるイレオンに問う。
「別に」と短く答えるその無愛想な様子に、アラン王子が寛容な方で良かった、と胸を撫で下ろした。
「とにかく、粗相の無いようにダンスの腕をもっと磨かなきゃ……」
気にしたって仕方がない、そう思ったルミエラは、その日からダンスの練習に励むこととなった。




