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撃退

「おはよう、ルミエラちゃん、ちょっといいかい?」


空が真っ白に塗られている曇りの日の朝。

もこもこの服を着た小さい体のお婆さんがルミエラに話しかける。親切で明るくお茶目な性格が大人気の女子寮の管理人、リンダさんだ。


「おはようございます!いかがしましたか?」

「……これなんだけどね」


いつもとは違う少し暗い表情に、ルミエラは少し身構える。

そして差し出されたしわくちゃな小さい手には、5枚ほどの分厚い手紙が握られていた。


「手紙、ですか?」


「そう、ここ3日間で届いたルミエラちゃんの手紙なんだけれど、ちょっと普通じゃないというかねえ……」


ルミエラはそれを受け取って、中身を見ようと封を切る。

すると、隣で一緒に話を聞いていたイレオンがさっと奪い取り、中に入れられていた便箋を取り出した。

 一つの封筒に10枚ほどがぎゅうぎゅうに入れられていて、イレオンが一つずつ目を通していく。


「おい、これ……」

「レオ、どうしたの?顔が青ざめてるけれど」

「あいつだ、エドワードが書いてる」

「何が書いてあったの?」

 

ルミエラがその手紙を取ろうと手を伸ばすと、イレオンは片手を向けて静止した。


「酷い手紙だからルミエラは見ない方がいい。大体の内容は……とにかくお前のことが好きらしい」


そう言って、イレオンは「気持ち悪」と口角を歪めて、手紙をビリビリに破った。



 ◇



「ルミエラ!おはよう!今日から移動教室は私がその場所まで送るよ」

次の授業のため、教科書を持って立ち上がったルミエラにそう言ってくれたのは、高い位置で結った真っ赤な髪を揺らす友人、マリーだった。


「いいの?でも、どうして?」

「ルミエラ、イレオン様から聞いたよ。3年生の男に付き纏われてるんでしょ?」

マリーは心配そうにルミエラの髪をするりと撫でた。

 

「そうなのだけど……レオから?」

「うん。今朝にね。性別もクラスも違う俺じゃずっと見ててやれないから、ルミエラをよろしくって!愛されてるねえ?」

「愛……!?違う違う、そんなのじゃないわ!」


慌てて否定するルミエラを見てあっはっは、と豪快に笑うマリーを見ると安心する。ルミエラは今朝の手紙の件からずっと怖くて不安だった。


「でも、ルミエラ。そういうことは私にもすぐに教えて。友達が危ない目に遭うのは嫌だから」

マリーの真剣な眼差しに、ルミエラの胸が温かくなる。

 

「マリー、ありがとう。流石ね、女騎士志望の強いお友達を持って心強いわ」

「……この国で女が騎士を目指しているのを笑わないのは、ルミエラだけだよ」


それから、マリーが隣にいるのは本当に心強かった。

何度断っても懲りずに近付くエドワードに、鋭い目線を飛ばし威嚇してくれる。


「それでね、アイリスにお勧めされた本を読んでみたのだけれど——」

庭園を歩きながらなんでもない雑談をしている途中、マリーは突然後ろを振り返り、申し訳なさそうに言った。


「ルミエラ、ちょっと待って。その話あとで聞くから」

「マリー?どうしたの?」

 

マリーはしゃがんで小さな石を拾い、脚を高く上げる。

そして腕を勢いよく振り下げてその石を投げた。

ガンッと石が壁に当たったとは思えないほど重たく大きな音が響き、その先で「ヒィィ!」と情けないエドワードの声とバタバタ逃げる足音が聞こえてきた。


遠くの物陰からこちらをみていたエドワード様の気配を察して、追い払ってくれたらしい。


「す、凄い。どうして分かったの?」

「ふふん、野生の勘ってところかな」

「野生の勘……?貴女生まれながらの貴族でしょう」


そんなマリーのおかげか、それから3日経ったあたりでエドワードの姿を見ることは無くなったのだった。


 

 

 

「で、最近あいつは見てないのか?」

暫くが経ち、ふと思い出したかのようにイレオンが問いかける。

「ええ!マリーったらすごいの!絶対に寄せ付けないのよ」


ルミエラは爽快な笑顔を浮かべた。

そう言えばレオがマリーに相談してくれていたんだっけ。そう思ってふと彼の方を見ると、形のいい瞳をわずかに細め、少し得意げに、そして優しく笑っていた。

 

あまりにも珍しい表情に、目を見開く。

揶揄っていない時のイレオンの笑顔は穏やかだ。

普段の勝気な顔と比べてしまうせいか、目が離せなくなる。

 

「良かった。これからも気をつけろよ」

綺麗に上がる口角に、くすぐったい気持ちにさせられて、そして、少し……落ち込むのだ。


「……レオ、ありがとうね」

「俺は何もしてねーけどな」



——……



「はぁ、はぁ、。クソ、あいつ、イレオンとかいう……はぁ、はぁ、クソッ」

 

久しぶりに全力で走ったことで息が切れ、苦しくて仕方がない。

ダラダラと流れる汗を雑に拭う。これは、走ったことによる汗かそれとも、なんとも恐ろしい……冷や汗だろうか。


「ルミエラ……ルミエラ…………」


胸が張り裂けそうだ。こんな僕に笑いかけ、ふわふわの桃色のマフラーをかけてくれた時、運命だと思ったのに。

ルミエラは僕のことが好きなのに。

イレオンとかいう奴に囲われて、本当に可哀想だ。

 

数分前の恐ろしい出来事を思い出し体の芯から震える。いつものように、ルミエラに会いにいってた昼休み。

背後から突然鋭い声で「おい。」と声をかけられたかと思えばそこにはあいつが、イレオンが立っていた。


綺麗な容姿とすらっと高い身長が妬ましい。

ずっとルミエラに付き纏うストーカー男。


僕がこいつからルミエラを守るため、意を決して「邪魔するな」と言うと、威圧的な態度で壁まで詰められた。


そして、イレオンの握られた拳が僕の顔すれすれの壁に勢いよく突き刺さった。

ドンッと鈍い音がして、もしあれが顔に当たっていれば……と考えると汗が吹き出すほど恐ろしい。


それに、ルミエラではなくあいつが手紙を読んだと言っていた。僕がルミエラに当てた愛の手紙。ルミエラの好きなところ、ルミエラのことを想いながら僕がいつもしていること……ああ、せっかくルミエラの睡眠時間を計算して健康な生活を提案したのに。いつもの食事の改善案も書いたし、スリーサイズに合わせた可愛らしい服の提案も書いたのに。

絶望だ。全部が無駄になってしまった。


「ルミエラに近づくな。」「次に近付けば、お前の命はないと思え。」と凶暴な獣が唸るような低い声と、今にも刺し殺さんばかりの鋭い視線が、僕の頭に焼き付いて離れない。


ああ、恐ろしい。

ガクガクと震える脚は立っているのすらやっとで、僕はフラフラと地面にへたり込んだ。


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