美女と野獣
「うう、寒い……」
発した言葉が白く濁って空気に溶ける。
冬の冷たい空気が容赦なく肌を刺し、赤く染まった指先を擦り合わせた。
「これくらいでへたってたら、この先どーすんだ?まだ雪も降ってないぞ」
「むしろ、雪が降れば、まだちょっとは気が紛れるの」
ルミエラとイレオンはいつものように言い合いながら学園の門をくぐる。木々は葉を落とし、寂し気に並んでいた。
そんな冬の日。
突然「ううううう」と曇った男の声が響いた。
2人は同時に声のする方へ顔を動かし目を向ける。
そこには、前庭の池の近くで、ブルブルと凍えている男がいた。
「どうしたのかしら……何か、濡れてる?」
その男の風貌は、お世辞にも格好良いとは言い難い。
癖のある茶髪からは水が滴っており、イレオンと同じ制服がふくよかな体型によってにパツパツ伸びていた。
「ほっとけ、池にでも落ちたんだろ」
イレオンは冷たく言い放つ。
その男は、また「ううう」と低い呻き声を上げながら、ゆっくりと歩き、煉瓦の道に水の跡を作った。
「とっても寒そう。放っておけない」
ルミエラは咄嗟に近付き、自分の首に巻いていた桃色のマフラーを解く。そして、その男の体を包み込むように回しかけた。
「寒いでしょう。使ってくださいな」
ルミエラが微笑みかけると、その男は目を見開き、顔を真っ赤に染めた。
「ひ!!あああありがとう……ぜ、絶対返す……」
「私ルミエラと申します。貴方は……」
「あ、え、えと、えっと……エ、エドワードだ……」
「エドワード様。いつでも大丈夫ですので。私、1年のAクラスです」
ルミエラが名を名乗ると、エドワードと言った男は、ルミエラルミエラ……と何度も呟いた。
少し異様なその態度に寒気を覚え、「それでは、」とその場を離れる。
「いや、1年のBクラスに返しにこい」
その瞬間、低く冷たい声が投げられた。
振り返ると、エドワードに掛けたルミエラの桃色のマフラーはイレオンに奪い取られていて、代わりに黒のマフラーがその男の頭に無造作に投げられていた。
——……
「レオ、私のマフラー返して?」
学園からの帰り道、手を伸ばして促す。
ルミエラはのマフラーは、朝からイレオンの手に渡ったまま。今もしっかりとイレオンの手に掛けられていた。
「汚ねーから俺が洗う」
「いいよ、そんなの」
何度目かのやりとりに、イレオンは小さくはあ、とため息をついた。
「あんなキモい奴にマフラーなんて渡すな。何されるかわからんから」
「ええ?何をされるの……?」
「それは、色々……」
色々って、何。要領の得ない会話にルミエラは呆れてしまう。
「大体ね、人を見た目で判断してはいけないわ。私の好きな物語の中にも、呪いで見た目を醜い野獣に変えられてしまった王子様の話があるの」
「野獣?」
ルミエラは細い人差し指をピンと立てながら説く。
「ええ、お姫様は、見た目で判断せず、その心の優しさを知って、最後には愛の力で王子様に戻るのよ」
「その物語は呪いかもしれねーけど……」
イレオンもまた、ルミエラを説き伏せるように、長い人差し指を立てた。
「あの男に限っては怠惰が招いた醜さだろ。それにキモいってのは見た目だけの話じゃない」
容姿の良し悪しと、性格の良し悪しは一致するものでは無い。その考えは何と言われようが変わらないし、おそらくイレオンも分かっているはずだ。
イレオンは無愛想だし冷たいし口も悪いけれど、理不尽に人を判断することはないと思っていた。それなのに、そんなことを言うなんて……
なんて考えていたけれど、やっぱり。
人を見る目は、イレオンの方が正しかったことを後に痛感することになる。
「ルルル、ルミエラ……!これ、プレゼント……、う、受け取って欲しい……!!」
大量の汗をダラダラと流しながら、丸々とした手にペンダントを持って差し出すエドワードに、ルミエラは眉を下げて何度目かの断りを入れる。
「あの……、何度も言っていますが、こんなに高価なものはいただけません。それに、結局マフラーをお貸ししたのは、レオですので。」
「ああ、ルミエラ!それでこそルミエラだ……。ゴテゴテと飾り立てる傲慢な女とは違う!優しくて、謙虚だ……。」
話がまるで伝わらない。小さくため息をついて、そのペンダントを見る。
——うーん、全然好みじゃない!
エドワードは3年生で、伯爵家のご子息らしく経済的な余裕があるようだった。
差し出されたペンダントは高価なブランドのものだとわかる。
しかし、大きな宝石の周りはこれでもかというほど派手にハートの形が取られていて、本当に好みじゃない。
ルミエラ(5歳児)だったら目を輝かせていただろう。
「とにかく、受け取れませんので!お気持ちだけいただきます」
それでも、ああ、ルミエラルミエラ……とうわ言のように呟くエドワード様を見てジワリと嫌悪感を抱き、無理やり場を後にした。
「大丈夫か」
「流石に、少し怖いわ……」
帰り道、イレオンが心配するような言葉を掛ける。
マフラーを貸そうとしたあの日から10日が経った。
先ほどのプレゼントもそうだが、影から視線を感じたり、何故か行く先々で出会ったり、日に日にエスカレートする付き纏いのような行為がルミエラの心を疲弊させる。
「完全に目つけられたな。絶対1人になるなよ」
レオの目線には心配の色が滲んでいた。
「レオのいう通りだった、ちょっとした親切のつもりだったけれど少しは疑いを持った方がいいのね」
「まあ……。でもお前のそういう優しいところは長所でもあるから」
ちら、とイレオンを見と、何だか気まずそうに少し顔を逸らしていた。人を褒めるなんて柄じゃないことを、とルミエラは笑ってしまう。
ここ数日は、後悔や反省、そんな気持ちがルミエラはの頭の中をぐるぐると支配していた。けれど、イレオンの言葉に、少し心が晴れた様な気がした。




