あまり優しくしないで
足を痛めたルミエラは、結局イレオンの背中におぶられながら医務室へと運ばれていった。
でも、これも失敗だったかもしれない、と思う。
恥ずかしさで心臓の音がおさまっていなかったから。背中越しに、バレませんように、と出来るだけ胸を当てないようお腹に力を入れた。
「せっかくルミエラが喜びそうな運び方選んだのになあ?」
誰もいない医務室に着き、ルミエラを椅子に座らせて向かい合うと、片眉を上げて揶揄った。
そして跪き、足に包帯を巻く。丁寧に、的確に。
ルミエラは見ていられなくなって、すっと眼を逸らした。
「……レオだと、横抱きは違うなって、思っただけ」
「顔、赤かったけど?」「恥ずかしいと誰でもそうなるでしょ!」
勢いのままイレオンを見下ろすと、伏せた金の長い睫毛が陶器のような肌に影を落としている。
ふと、好きな物語を思い出した。
「なんだか、ガラスの靴のお姫様みたいだわ」
「お前が好きなやつ?」
「ええ、舞踏会で靴を残していったお姫様を見つけた王子様は、跪いてガラスの靴を履かせるの。そして、2人は末長く結ばれるのよ……」
ルミエラは好きな物語に思いを馳せて、うっとりと目を閉じる。
「ふうん、ちなみにそのお姫様は、無理に張り切って足を捻挫すんのか?」
咎めるような声に、ルミエラは現実へ引き戻された。
「……しない」
「あんま無理すんなよ」
イレオンは包帯をきゅっと結び、散らばった包帯を手際よく片付ける。
外では細かい雪が降っていて、夕日の光でキラキラと輝いていた。
「今日の雪は、綺麗……」
見て、とイレオンに顔を向ける。
そのままルミエラは、視線を奪われた。
夕日を背に受けてやわらかく照らされていて、光を受けた髪がほんのり赤く色に染まり、輪郭が光に縁取られぼやけている。
窓の外の景色は、どうでもよくなった。
「レオも……見た目だけは綺麗ね」
「見た目”も”な?」
イレオンはため息まじりに笑い、ルミエラへ手を差し出した。
その手を取って立ち上がると、足首はもうしっかりと固定されていて、ほとんど痛みを感じない。
「これなら歩けるかも」
「いや、今日は歩くの我慢」
まあ、悪化するのはよくないかと、ほんの少しのためらった後、その背に身を預けた。
レオの良い香りに包まれて、そういえば、昔もこんなことがあったような気がする、とふと昔の出来事を思い出す。
幼い頃、皆で蝶を追いかけていて、ルミエラは転んで泣いてしまって。それから、イレオンは「鈍臭いな」と馬鹿にしながらも背中におぶってくれた。
あの時の背中は小さくて、バランスもフラフラだったけれど、今のイレオンはすっかり大人になっている。
イレオンは昔から、見た目だけは綺麗。
——いいえ、あと……少しだけ、優しい。
「レオ、ありがとう」
「……ん」
その優しさが憎らしくもあるのだけれど。
ルミエラの胸がつきん、と痛んだ。
◇
月が高く上る窓の外を眺めながら、ルミエラはふう、と息をついた。
白い光をまとって輝く金の月は、イレオンの綺麗な白金の髪色に、似ている。
ベッドに腰掛けて、丁寧に巻かれた足の包帯をするりと撫でる。
静かな夜は、余計なことを考えてしまう。
——私は6年前……レオに振られてる。
あまり思い出したくなかったけれど、今日ばかりは、モヤモヤと渦を巻く感情を抑えることができなかった。
ルミエラは初めて会った5歳の時から、レオのことが好きだった。とても綺麗で、何でも出来て、意地悪だけど本当は優しくて。一目惚れからはじまって、運命を信じていた。
あの時、イレオンが突然いなくなる前日、10歳の、あの日。10歳なんてまだまだ子供だったけれど、それでもルミエラは本気だった。
「ねえ、レオのことが好きなの」
そう言って、恥ずかしくなったルミエラは、「明日ここに来てレオの答えを聞かせて?」と言った。
でも、次の日、イレオンは来なかった。
その次の日も、そのまた次の日も来なくて。そしてそのまま他国に行ったと伝えられた。
ひたすら待って、それでも来なかったあの時の、胸がぎゅうと痛む感覚を、まだ覚えている。
沢山泣いたけれど、時間が痛みを忘れさせてくれた。
それなのにまた、出会うなんて。
「どんな人が好き?」とルミエラが聞いた時、当時のイレオンはは「髪が長くて、可愛くて、お姫様みたいな子」と言った。
ルミエラは月明かりに照らされて艶めく、淡いブラウンの長い髪を櫛でとく。
今でも、お姫様を目指して髪を伸ばし続けているのは、ルミエラが昔からお姫様の物語が大好きで憧れている……それだけじゃない。
ずっと無意味に、イレオンの好きな人のことを、意識してしまっている。
——まあ、後に、その言葉の本当の意味を知ることになるのだけれど……
そのまま柔らかいベッドに体を寝かし、熱くなる目を手で覆った。
「あまり、優しくしないで……」
ルミエラは小さく呟く。
勘違い、したくない。
あの時のように辛い思いを、したくない。
「……レオのことを、また、好きになりたくない」




