夢みがちなルミエラ
「そして、王子様とお姫様は幸せに暮らしましたとさ、おしまい。」
「わあ!素敵ー!お母様もう一冊読んで!次はガラスの靴のお話がいい!」
「ルミエラはお姫様が大好きね。でも、もう寝る時間よ、また明日読んであげるから」
「そんなあ、早く明日になってほしい……。
私ね、いつかこの物語みたいに素敵な王子様と出会って、結婚したいの」
「ふふ、ルミエラならきっと、叶うわ」
これは、幼少期のルミエラの記憶。
母親のマリアは、眠れないと駄々を捏ねる娘の枕元で絵本を広げ、よくお話を読んだ。
繊細な装飾が施された美しい絵本を開くと、そこには豪華なドレスを着たお姫様と、背が高くてハンサムな王子様がキスを交わしている。
ガラスの靴を落としたお姫様、真実の愛のキスで目覚めるお姫様……ルミエラはそんなお話が大好きだった。
そして、16歳になった今でも大好きだ。
瞳の色と同じゴールドのリボンを飾りつけた淡いブラウンの髪は、腰ほどまで伸びていて、毛先をくるんと巻いている。
長い髪をお手入れするのは大変だけれど、物語のお姫様はみんなこうだから欠かすわけにはいかなかった。
大きな瞳をパチパチと瞬けば、男も女も加護欲を掻き立てられる。
幼少期、友人達とお転婆に遊んだ名残から、静かな気品はあまり身に付かなかったものの、音楽、ダンス、所作は一つの綻びもない。
それは、ルミエラがお姫様になる為に行った努力の表れだった。
美しいお姫様は素敵な王子様を見つけて劇的な恋をする。
ルミエラは幼い頃からずっと、今でも、理想の王子様との大恋愛を夢見ている。
———「おい」
学園の庭園には、整えられた花々が咲き乱れていた。
夏の名残を含んだぬるい風が花弁を揺らし、陽光を受けた池の水面がキラキラと輝いている。
———「おい、ルミエラ」
その穏やかな景色の片隅で、ルミエラは地面に腰を下ろす。
鼻歌を口ずさみながら、手のひらに載せた小さな“それ”を顔の近くへと持ち上げた。
「おい!お前何してんだ」
「……レオ」
ルミエラは手の上のそれを……池に投げ捨て、振り返る。
白金の髪に碧色の目、すらっと背が高く、その綺麗な顔には力強く勝気な表情を浮かべている男が、そこに立っていた。
「ルミエラ、今何しようとしてた?」
よく通るのに、どこか喉の奥でざらつくハスキーな声。もっと穏やかに話せないものか、と思う。
「別に、何も?レオには関係ないでしょう」
「お前さっき手に”蛙”持ってたよな」
「だったらなあに」
「まさか、カエルにキスしようとか、思ってないよなあ?」
その男はわざとらしく目を細め、気持ち悪い、と口を膨らませる動作をとる。
この金髪で碧眼で長身で容姿端麗というとっても王子様な姿を、その性格の悪さで台無しにしている男。
その名前はイレオン・ハートレー。
同じ学園に通う幼馴染で、ルミエラに何かと突っかかる。
「カエルにキスしてはダメなの?」
「当たり前だろ、池にいるカエルなんてどんな菌を持ってるかわかんねーのに。腹壊すぞ」
ルミエラは別に、本当にキスしようとしたわけじゃない。
なんだかカエルを乗せていた左手が突然すごく汚く思えて悪寒が走り、急いで立ち上がった。
「どうせ、”もしかしたらこのカエルさんは悪い魔女に姿を変えられた王子様かもしれない”なんて馬鹿なこと考えてたんだろ」
「……」
「今手洗いにいこうとしてるな、汚く思えてきたのか?」
「もう、うるさいなあ」
カチンときたルミエラは、イレオンに向かって少しだけ強く地面を踏みこんだ。
「あっ、」
運の悪いことに地面の土は少しぬかるんでいたらしい。
そのまま右足を滑らせ、ふら、と後ろ向きにバランスを崩してしまった。
このまま転けたら、池に落ちる——ぎゅっと目を瞑って衝撃を待つも、ルミエラの体は倒れなかった。
「あっぶね、ほんと鈍臭いな」
恐る恐る目を開けるとイレオンの青い瞳が視界いっぱいに広がる。
咄嗟に腕を引っ張って、腰に手を回し抱き止めてくれたようだった。
その距離の近さに少し動揺する。ルミエラはそれを誤魔化すように呟いた。
「……これがレオじゃなくて、王子様だったらな」
ルミエラが、はあ、と小さくため息をつけば
「お前なあ、助けてくれてありがとうございます、だろ」
と呆れたような顔でイレオンは言った。
「……ありがと」
そう言いながらルミエラはイレオンの袖に左の手のひらを擦り付けた。カエルのヌメヌメがしっかりこびり付いてるに違いない。
「おい、気付いてるからな」
「う……ごめん」
2人の距離は、まだ友達同士。
ずっと明るいお話が書きたいと思って試行錯誤していたものです。10万字ほど書いてから投稿しています。




