ep3 [get ready for fowling]
「出来たぞ」
約一週間、そう言ってディアムが彼のねぐら...街はずれの小屋にやってくる。正に掘っ立て小屋というありさまであるが、案外と快適だ。とある依頼をこなした時になぜかオマケと称して譲り受けたもので、依頼この街に定住することになったきっかけである。
「早いな、流石だ」
「本来はフーリンとこの嬢ちゃんの件で仕事納めだったからな、暇だったんだよ」
ディアムは非常に腕の立つ鍛冶師だ。少なくとも下層一であることは間違いないほどに。しかし、それで尚、彼への依頼は少ない。
高すぎるのだ。
価格帯は約5000エネルから7000エネル。下層に暮らしている者では上澄みであっても一月の収入を全てつぎ込んでも全く足らない。年収が1万エネルな事もザラなのだ、ディアムの作品を買うだけで家計が傾くことを心配しなくてはならないのである。
幾ら性能が良くても、高ければ意味がない。そう簡単に手を出せないシロモノなのだった。
「...で、わざわざ持ってきたのは一体?」
ディアムは成果物を抱えて持ってきていた。大きな布製の袋に包まれたそれを、ディアムは粗末な机に放りだす。
「ああいや、ちと相談事が合ってな」
どか、と椅子にディアムは座り込む。
「ほれ」
とアッシュが机に置いたのは珈琲だ。珈琲といいつつも実際はコーヒーノキから採れる豆ではない。いくつかの植物に魔法的処理を施した代用品である。とはいえ、下層ではこれも少し高い買い物だ。
「お、いいね」
遠慮なく、と言ったディアムに合わせ、アッシュも珈琲に口を付ける。砂糖は高いので当然ブラックだ。
口の中に一気に酸味が広がる。酸味強めに調整されたそれは酸味のインパクトが先に来る。続いてほんのりと、ほんの少しだけ感じる甘みが、ギアチェンジの”繋ぎ”の役割を果たす、当然変更先の”ギア”は苦み。舌を奥深い苦みが埋め尽くす。ド派手な、野性的といってすらいい風味は、”中層界”の蒸気機関車が如き力強さ。
「マジで代用品とは思えねぇな」
「あんたは本物を呑んだことがあるんだったな」
何度も自慢されたから覚えている。
「おう、何でも結界が張られる前に保存魔法に突っ込まれたまま忘れ去られてた年代品でな、たまたま見つけたから飲んでみたのよ、まあぶっちゃけ代用品と変わらねえな、ってのが感想だが」
コチラの常識で言うとキリマンジャロ珈琲に当たる銘柄である。偶々ではあるが、彼等が愛飲している代用品も、ソレを再現して作られていた。
「...でな」
珈琲をしっかりと堪能した後、重々しくディアムが口火を切る。
「...ああ」
思ったよりも真面目だぞと、アッシュも椅子に座りなおす。
「娘が出来たんだ」
静寂。
静寂。
静寂。
せいじゃ...
「ええええええっ!?!?!?!?」
驚愕したアッシュは思わず椅子から立ち上がって叫んだ。
「そこまで驚くか?」
「いやいやいやいや、あんたら何歳だと思ってるんだよ!?」
確かに外見に比して異常なほどディアムは若々しい。アッシュの知る彼の妻も、同様に非常に若々しかった。とはいえ既に息子が成人している身である。そもそも身体的に妊娠できるのかという話だった。
「あー...それについてなんだが、どうもな...」
ディアムが語ったところによると、どうも何かしらの”異種族”の末裔なのでは...ということだった。
普通は歳と共に衰える筈の性機能が普通に旺盛なのだと。見た目は30に行かない程度にしか見えないため、アッシュにもある種違和感は薄いのだが...。
「エルフにドワーフねぇ。現実味薄いな...」
基本は人間しかいない筈の王国である。はるか前の”大戦”によって残る人類は人間のみとなった、と言うのが王国では常識なのだから。
「ま、とにかくそう言う訳だ。で、相談てのはお前さんに名前をかんがえちゃもらえねぇかとな」
腕を組み、にっかりと笑う。対してアッシュは苦笑いを浮かべた。
「ネーミングセンスないもんなあんた...」
息子の名前を”プレグシオン”(古代語で”奔り砕く者”)と付けようとして自身の父親に殴られたのは有名な話だった。グウェルと名付けたディアムの父に成長した彼はとても深く感謝をしたと言う。
妻はと言えばこちらも似たり寄ったりで、こと人名に関しては役に立たない夫婦なのであった。
尚父親は残念ながら他界しているため頼れない。そのため真っ先に思いついたアッシュを頼ったということだった。
「...まだ生まれてないよな?」
「もちろん。発覚したばっかだよ」
一応、まだ八か月くらいは猶予があるのか...とアッシュは呑気に考えた。この国では生まれた瞬間に名前を決定する慣習がある。とはいえ、あくまで決めておいた名前の発表会の様なモノなので、事前に決めておく必要があったのだ。
だが、アッシュは持ち帰って考えようとは思わなかった。
こういうのは勢いで決めた方が案外いいモノが出る、それが彼の信条だった。
「..........................そうだなぁ」
うーむと腕を組んで考える。
期待の目でキラキラと見つめてくるディアムをしっしと追い払う。帰らせはしなかったが、うっとおしいと思ったのだ。
呑み切った珈琲カップを下げるディアムを見る。
思い起こすのは彼の火事場だった。
何時だか見た、その光景。魔法を用い金属を飴細工の様に練って、さらに鎚で叩いて形を変えていく、彼の顔を。
ふと、思いつく。
「...おう、俺には見つめるなっつっといてひでえと思うんだが」
「ああいや、一つ思いついてな」
お!?と身を乗り出すディアムを押し戻し、一つ咳払い。アッシュは出来るだけ厳かに、その思い付いた名前を告げる。
「ーーーーーピリラ、とかどうだ?」
ピリラ。古代語で”小さな火花”という意味の言葉である。鍛冶場にて、鎚と金属がぶつかり合う様を想って考えられた名前。だが、もう一つの意味こそ、彼女にとっての”名前の意味”となるだろう。
曰く、”花火”。
夜空に咲く大輪の花。
その娘は、そんな美しき女性へと育つのだ。
「で、こいつの説明をしてくれないか」
いい名前だ!と大喜びし感謝の言葉を並べ立て、小躍りしながらアッシュの手をぶんぶんと振るディアムを漸く落ち着かせ、アッシュは問う。
彼は少し疲れた顔をしていた。
「ああ、すまない、ちと浮かれちまった」
ちと、か?と思ったが、アッシュは何も言わない。本気で浮かれポンチになった時の想像が怖かったのである。聞かなかったことにしておいた。
「まあいいさ。で、こいつは?」
「設計図を持ってきたのお前だろ?」
「悪いが読めない」
ああ、とディアムは膝を打った。
「そう言えばこの方式は教えてなかったな。そもそも主流じゃねぇと言われればそうだが」
ンな複雑なモノ、下層じゃ見ねえしな、と言いながらくるまれた布を取り、銃を持ち上げる。
それは長大だった。
全長約230cm、重さは間違いなく50kgはある。ディアムが持ってこれたのは魔法で強化していたからであり、粗末な筈の机が耐えたのは元々補強してあったからだ。
金棒の打面、それもかなりの剛力が使うようなそれを思わせる機関部。銃弾を送り込む遊筒すらまるで酒瓶の如き威容を誇る。薬室に繋がれた弾倉は一抱えもあるほどに巨大。機関部の先に見えるのは大槍もかくやという銃身。
正に怪物。人が扱う形をしているものの、まるで人が扱うことを考えていない。そんなもの。
だがそれでいて外観は非常に美しく仕上がっていた。直線を多用し、白に黒、アクセントに蒼を入れた未来的形状。下層界に見合ったものではないのは確かだが、それは間違いなく美しかった。
「どうだ?」
「おもったよりすごい物が出てきたな」
素直なアッシュの感想にふふんとディアムは鼻を鳴らす。
「だろ?...説明するぞ」
よっと、とソレを机に横たえる。二脚を使って立てるには机は狭すぎた。
「作動方式は単発式。まあこんなバケモン連射するアホはいねえからな」
だろうな、とアッシュも頷く。
「口径は30mmだ。馬鹿だな。で、こいつが弾薬...いや”弾”か」
ごとん、と机に”弾”と言われたものが置かれる。
「...杭?」
「まあそのまんま見たままに杭だ」
置かれたそれは、どう見ても弾ではない。完全に杭だった。
「アークパイル30×300mm弾、だそうだ。聖なる杭っつってんだから杭だわな。重狼銀合金製の殻に、魔法銀の弾芯、ソイツに色々と魔法刻印をぶち込んだ弾だな。これだけで数kgだぜ。まあ量産するもんじゃねえがお前なら問題ないからな。んでこっちが...」
がとん、とまたも杭が置かれる。
「特殊弾に当たる”バスタードレイク”だそうだ。所謂焼夷炸裂弾だな」
「...個人兵器か、コレが?」
持ち上げるとずっしりと手にのしかかる重圧。薬莢が付いていないのにこれだ。これを撃ち出すのか、と彼が辟易した気持ちになるのは仕方がないだろう。
「上層はなにを作ってんだって話なら同意するぜ。撃ち出すモンがソレならこっちも見た目以上だからな」
かん、と銃本体を叩く。
「...具体的には?」
「聞いて驚け。激発方式は”爆裂魔法”に”雷撃魔法”の組み合わせだ。炎魔法上位系統+雷魔法上位系統ってバカだろ?倅でもギリギリの刻印だったそうだぜ」
そうだろうな、とアッシュは思う。爆裂、雷撃はそれぞれ炎、雷の派生属性に当たる。一応鋼も土の派生属性だ。だが特に上位属性とされるそれらは使えるだけでかなりの腕前と言われるクラス。そう簡単な話ではないのだ。
「本体は魔鋼製、一部魔導希金や魔導銀、チタン合金なんかも使われてるな。軽量化を頑張った跡はあるんだが...67kgはある。全長233cm、相談数は5+1、射程は...まあキッチリ作ったから2kmは届くと思う。試射とか無理だから解らんが。撃てることだけは間違いない。威力は...まあ、概算だが飛竜系統でも一撃でぶち抜けそうだ」
飛竜は王国内で見る最強クラスの魔物である。アッシュは正直それどころじゃないんじゃないかな、と思ったが黙っておくことにした。これを製造しようとしていた上層の人間の考えに、少し恐ろしいものを感じたからだ。
「ま、ちと俺側でも改造を施してある。銃床や銃把、照準器なんかはオリジナルだな。あと一応威力や精度が少し上がる様に改造してある。内容は...細けえからいいや。あとは弾詰まり防止だな。へへっ、昔を思い出したぜ」
「........そうか、そう言えばアンタも中層界から”降りて”来たんだっけか...」
クゥリに対して云々と言っていたものの、ディアムもまた中層から降りてきた者だった。
彼もまた”事情”を抱えているのだ。少々特異かつ、面倒な柵が。
中層界は基本的に上層界の”下請け”に当たる。つまりは上層界へと製品...もしくはその部品を製作する、そんな役割が課せられている。ほぼすべての”成果物”を上層界へと吸い上げられてしまうが故にその暮らしは上層界の恩恵を良く受けているとは言い難いが、その能力は文明の命脈すら希薄な下層界では垂涎どころの話ではない。
「そういうことだぁな。ま、こいつで依頼は完了だ」
ディアムがそう言ってニコニコと手を差し出してくる。
「...?」
「とぼけるなよ、報酬だ報酬!」
小首を傾げてすっとぼけて見せるアッシュに青筋を浮かべつつ詰め寄る。
「悪い悪い、冗談だ。基本報酬+材料代で大体1万くらい...追加はいくらだ?」
「うーむ、まあ、なんだかんだ材料の出所もある程度お前だし、設計図持ち込みだしなあ。あ、倅分の報酬として2千貰うぜ、マジで疲弊してたからなアイツ」
了解、と一般人には途方もない金をぽんと手渡す。一年近く遊んで暮らせる金であろうと、ソロである彼には十分に必要経費の範疇なのだ。
「んじゃ、アレやっとくか」
「...ああ、やっぱりコイツは切り札入りか」
少々ばかり表情を引き締めたアッシュに、ディアムは合点がいったと膝を打つ。
「流石にコレを持ち運ぶ気は起きないな」
苦笑いをし、銃を抱え上げる。「重...」とよろめくが、強化もなしに取り落とさないのは流石と言ったところか。
「そう言えば、こいつの銘は?」
「"GGG-Mk.67"」
「味気ないな」
「じゃあお前が付けろ、ほぼフルカスタムだし問題ねぇだろ」
ふむ、と銃を抱えたままアッシュは思案する。
「んじゃ、”アルバクラウン”と」
「いいんじゃねえの」
アルバクラウン...”白の冠”と言うべき銘を授けることにアッシュは決めた。
フォン...と彼の魔力が励起する。
ぴし、ぴしと部屋の床に、鋼銀色の魔力線が走る。
「儀式魔法...魔法陣を魔力で書ける奴ァ中々いねえってのによ...」
感嘆するディアムをよそに、魔法陣は着々と描かれる。二重の円に、六芒星を重ね、まるで惑星の様にさらに円を刻む。正方形や三角形、その他さまざまな図形を、重ね、隙間を埋めるように配置する。さらに複雑精緻な文様を刻み、漸く魔法陣は完成する。
「『我が武具よ・悪たる者の先兵を・尽くを弑するモノよ・我が追憶たる書庫に・刻む栄誉を授けよう・汝の”名”は・”アルバクラウン”・白き冠の名を擁くモノ・鋼は万物を割砕き・貫き鏖すだろう・故にこそ・”弓”の位を授けよう』ーー<神器の書庫・弓位戴冠式>」
ぱあ、と”アルバクラウン”が輝いた。目を開けて居られないその閃光に、一瞬ディアムが目を瞑る。
そして、目を開けたその時。
既に銃は跡形もなかった。
「...初めて見たがすげえなこりゃ。...成果物が露と消えちまったのには思うところがないでもないが...」
「”呼び出せ”るんだからいいだろ、流石にあれだけの業物を単に複製するのはちと無理だ」
「コピーはコピーで複雑だっての。で、これで二つめか?”弓”...いや弓か?あれ」
銃は弓から進化した武器...といえなくも...ない...いいや、言えないだろう。
「仕方ないだろ、僕にも良く分かってない魔法なんだ。解ってることと言えば魔法を掛けた”武器”の”全て”を理解することと武器を身に宿すこと、あとは好きに引き出せることくらいだ。正直俺も弓なのには納得いかない。銃の位はなさそうだが...」
「...そういや、お前のそれは継承魔法とか神代魔法とか言われてる奴だっけ。お前さんの脳になぜか刻み込まれちまった魔法術式...お前、訳が分からないことが多すぎるぜ」
はあ、と呆れて溜息を吐くディアムにアッシュは苦笑するしかない。
「僕だって全くわからないんだから許してくれ。僕もこんな面倒な人生を送る気は皆目無かったんだ」
そりゃそうか、とディアムも苦笑する。
「つっても、もう一つが”鎌”だっけ?どこの死神だよ」
「”鎌”な。まあ、あれは偶発的に手に入れたものだし、何なら今の僕の原点の一つだし...というか、一度”戴冠”すると二度と変更できないんだぜ?慎重になるのも仕方がないだろ」
揶揄いに肩を竦めて応対する。
「だったら何で俺のを”記録”したんだよ、ぶっちゃけ銃にしろもっといいのはあるだろうに」
「...ほんとにわかってないのか。ってことは設計以上の想定外か....?多分だけどあれ、”外”のヤツにも通じるぞ」
え、とディアムが顎を外さんばかりにかっぴらく。
「嘘だろ、設計図からの推察じゃあワイヴァーンにギリ効くかなあくらいなもんで」
「あっきらかにオーバースペックっていうか、オーパーツの類だぜ。ぶっちゃけコレ量産できるなら外に侵攻も行けるだろ」
「いやおまえ、外...外側世界、”大結界”の外っつったら、世界を滅ぼした元凶どもがひしめき合う文字通りの人外魔境だぜ...?」
二人で目を見合わせて困惑する。
当然、モノの出来はディアムもキッチリ確認していた。確かに少しばかり想定より強そうという印象はあったが、そこまでだ。別に付与の方にも出来は良かったが異常はなかった。だとすれば、何が...?
「あんた、神代魔法か超能力に心当たりは?」
「頭に知らねえ魔法陣が浮かんだりはしねえよ。超能力は...知らねえ。後天的に得たモンならまだしも、先天的なのだと意識しようがねえだろ。お前さんみたいのとか、念動力だったらわかるだろうけどよ」
「そりゃそうだ。まあ強いからヨシ、だな。偶然にしろマジで文句なしだぜ。ぶっちゃけ銃は素人だが、”読み取って”わかる。これは至高に近いってな」
モノ作りを生業とする者とあってはそんな曖昧に済ませたくはなかったが、もう遅い。頷くしかなかった。それに、褒めちぎられて良く思わないわけがなかった。
見た目若者とはいえ、オッサンが照れる姿にアッシュは辟易していたが...。
「まあいい、取り合えずブツは渡したからな!じゃあまた」
アッシュのジト目に耐えきれなくなったのだろう。そう言い残してディアムはそそくさと去っていった。
「まったく...」
溜息を吐く。ディアムは彼にとって恩人であり友人である。そしてある種、父親の様な存在でもある。
故にこそ、間抜けともいえる姿には複雑な気持ちを抱くのだが。
「まあいいか」
そんなものか、と少しぬるくなった珈琲を啜る。一つまみ以下の筈の砂糖が妙に効いていた。
「...幸せそうな顔をしやがって、と言うべきかね」
原因は分かっていた。ディアムの幸せ全開の雰囲気だ。アルバクラウンの機能を説明している時ですら、それを彼は隠しもしなかった。......よほど娘が出来たことが嬉しいのだろう。彼とその妻は結婚してから三十年近くは経つはずだが...俗っぽい表現をするならば、ラブラブ、というやつだった。
「ブラックにしとけばよかったな」
そう独り言ちる。慌しく帰ったのも、アッシュに褒められて照れた、と言うこともあるのだろうが、妻が心配だと言うのもあるのだろう、と察した。妊娠と性別が分かったと言うことは、魔術的に表せば”命が定着した”妊娠1ヵ月程。要するに、つわりがひどくなってくる時期だ。
「子供、か」
ぼう、と。アッシュはどこか遠く、虚空を見つめていた。
何かを置いてきた様な、もう取り返しのつかないモノを、未だ求めているかの様に。




