ep2 [No matter how]
ぶっちゃけ説明回の様相を呈してます
「よお、こりゃ孤高の鋼サマじゃねえか、首尾は...ああ、大漁らしいな。魔法で落としたようだが、臭いが残ってるぜ」
日も沈んだ頃。
狩り...虐殺を終えた男が足を向けたのは、小規模な街だった。
堅牢な石の壁は、魔物を弾くためだろう。
金属で補強された門を前に、鉄鎧で身を固めた男、衛兵に声を掛けられる。
「...消臭魔法を掛けるのを忘れてた。...あと、その名前はやめてくれ」
<臭気減退>、とつぶやくと、血特有の鉄臭い臭いが消え去る。
「相変わらずの魔法の腕だな、ソロ...悪い悪い、アッシュ殿?」
性懲りもなく孤高の鋼...二つ名で呼ぼうとした衛兵を睨みつけると、彼は肩を竦めて苦笑した。
「この程度、造作もないが」
「オイオイ、大多数の人間が消臭如き、初級未満の生活魔法で三節の呪文を吐かなきゃいけねぇんだぜ?三節完全破棄なんて上澄みじゃねえか」
呆れたように衛兵が首を振る。
しかし男...アッシュは冷たく吐き捨てる。
「そもそも詠唱破棄は六節未満であればその殆どが魔力量に依存しない。単なる努力不足だろう」
「お前がカミさんにそう言うから俺は詠唱短縮を習得させられたんだぜ...?」
げんなりと言い返す衛兵に、やはりアッシュは取り合わない。
「一応、生活魔法の範囲内なら一節で済むようにゃなったがよ」
こう見えてこの衛兵、実際結構な有能な男であったりする。しかしあまり他人に興味のないアッシュには関係がなかった。
「あんたの妻は...」
「もう忘れたのかよ、確かにあんまり顔合わせることはねえがよ。リィン・マイスラー、”新緑の魔女”だよ。自慢のカミさんだぜ」
へっへっへ、と衛兵は首に提げたロケットをアッシュへと掲げる。緑髪のおっとりした美女がそこでは子供を抱えて微笑んでいた。
「...ああ、そうだったな、それで、あんたは誰だったか」
「お前流石にひどくねぇか!?カミさんはまだしも俺は否が応でも良く話すだろ!?」
すっとぼけたアッシュの言に面食らった衛兵は叫ぶ。
が、くつくつと笑うアッシュを見て、その顔を苦笑と呆れの混じったものに変えた。
「冗談だよ、ヘンリー」
「おめぇなあ」
良く街の外へと出るアッシュと、この門の責任者の一人でもある衛兵、ヘンリー・マイスラーは顔なじみであった。
「感染系にも反応は無し、と。んじゃ、これで確認はヨシだ。通っていいぞ」
ぴぴ、とアッシュの前に置かれた機械が反応し、ヘンリーはにかっと笑う。
これは魔法技術と工学技術が融合した魔工機械の一種。危険物を街へ持ち込もうとしていないかを判定する機械だ。
「ありがとう」
「どういたしましてだな」
気安く礼を交わし、アッシュは街へと踏み入った。
石と木が組み合わさったインスラ形式の家屋が立ち並ぶ、所謂中世ヨーロッパの様な街並み。
造りは荒いものの、石畳で舗装された道が通り、商人や人々が行きかう、規模の割には活気にあふれた街。
それがこの街、宿場町たる”ジーロン”の街の景色だった。
すたすたと大通りを歩く。目指す場所はそう遠くない。”ギルド”だ。外に出る必要があるアッシュたちが所属するそのギルドは、街の中心部に居を構えがちな商業系などと違い、門のほど近くにあるのだった。
がちゃり。からから。
鳴り物の付いた、飾り気のない無骨な扉を開ける。
でかでかと”討伐者ギルド”と書かれたその建物は、武闘派...飾らずに言うなら、荒くれ物が集う場所だ。
樫で作られた室内に、がははと言う声が響く。併設された酒場にて男たちが飲んだくれていた。
来訪者に視線が向けられる。
孤高の鋼、と誰かが呟いた通り、アッシュはここでもそれなりに名が通っている。アッシュに向けられる目は、好意的なものもそうでないものも様々だった。しかし、絡もうとしないあたり、少なくとも一目置かれているのは間違いなかった。
「よっと」
酒場を抜けた先、ギルドのカウンターへと素材袋を置く。
「おかえりなさい、アッシュさん!」
「リリンさんか」
ぱたぱたと出てきた小柄な女性は、この討伐者ギルドの受付嬢の一人、リリン・リンリン。笑った表情が太陽の様に可愛らしいと評判の、このギルドの名物受付嬢だ。
金髪のボブをふるふると揺らし、楽しそうにアッシュへと話しかける。
恨みがましい目がアッシュに向けられる。一番人気である彼女がアッシュに懸想しているのは、最早公然の秘密であった。
「さわっても宜しいですか~?」
「どうぞ」
少し前のめりになり、ひょいと素材袋を拾い上げる。小柄な体躯に比して巨きなその胸がぽよんと揺れる。
おお、と男たちがどよめく。一部の女連れの男ーーその胸は平原であったーーが耳を引っ張られているのはご愛敬と言うモノだろう。しかし、不快に思ったアッシュに睨まれて残りもすごすごと引き下がる。
「...ったく」
「あはは、ありがとうございます...」
意図していなかったのだろう、少し耳を赤くしながら、リリンは素材を数え出す。わざわざ素材を手で出さずとも、素材受付用の魔工機械に載せれば分類と移送が簡単にできる。さらには一つ一つ透明な箱の中に出すこともできる。その透明な箱の中では素材が浮かぶ様にできており、鑑定も簡単だ。さらにはあくまで視覚的な映像を出力する手法を取っているらしく、大きな素材でも手元で確認できるのだ。
きっちりと鑑定の資格、それも一番上のそれを持っているリリンは淀みなく鑑定を済ませ、カウンターに備え付けられたタイプライターにその内容を打ち込んでいく。
可愛らしいという一点だけで食っていける程受付嬢の世界は甘くないのだ。
たたたた、かちかちかち、ちーんという小気味いい音が止み、真面目な顔を喜色に染め、勢いよく彼女は顔を上げる。
「良質が醜腐毒虎の毒袋が2、爪が14本、黄色猿の尻尾が15、疾風狼の風切角が20、緋牙似馬の牙が9本、普通が醜腐毒虎の爪が10、ええと」
そこでリリンが息を入れる。タイプライターから出てきた素材リストは長大。読み上げるのも一苦労だった。
「ああ、全部言わなくていいよ、面倒だし」
それを察したアッシュは手を振って先を促す。実際、討伐者はあまり素材の状態については気にしない。初心者であればどれが良質の素材かなどの講釈を垂れる必要もあるのだが、彼にはそれは関係がなかった。
「有難うございますね、ええと、依頼達成分も占めて45万8000エネルですね」
「そんなもんか」
何事も無いかの様に言うが、当然大金だ。この世界においては物価が非常に低い。ここは街だからまだそれなりだが、寒村へと目を向ければ一生かかって稼ぐか否かと言うレベルである。
しかし彼にとってはそこまでではない。
というのも...。
「経費、高いですか?やっぱり」
「まあね」
討伐者。この世に蔓延る魔物を討伐するための者たち。しかし当然ながらと言うべきか、魔物たちは強い。故に驚異なのだから。そして、であるからして、単独で魔物と対峙できるものは非常に少ない。ましてやたった一人で依頼を完遂できるものなど余計にだ。
アッシュはその一人、希少な単独の討伐者なのだ。
そして、単独だからと言って、報酬を独り占めできるから大金を稼げるという訳ではない。道具などで仲間の働きを補わなければならないのだ。例えば野営の際の見張りの代わりをしてくれる道具や、強力な魔物除けなどなど。寧ろパーティよりも稼げない、それが単独の現実だった。
「そろそろパーティに入りませんか?アッシュさんなら引く手数多ですよ?」
すいっと討伐者たちが視線を逸らす。
戦力としては欲しいのは間違いなく事実だった。性格も...まあ少々不愛想だが扱いにくいものではない。ただ...少々ばかり、面倒ごとの匂いを感じ取っていた。
討伐者は面倒ごとを嫌う。妙な事に巻き込まれて死んでしまう討伐者も多く居るからだ。だから、何か”事情”を抱えて居そうなアッシュは、少しばかり敬遠されている。
アッシュは仲間を”置いていく”ことで有名だった。魔物を討伐することを優先するあまり、仲間が付いていけないペースで戦うのだ。その鬼気迫る様子から”面倒ごと”を彼らは感じ取ったのだろう。
「僕は一人の方が性に合ってるんでね」
アッシュは軽く苦笑する。
その顔に見惚れたか、リリンは一瞬ぽやっとした顔になる。
「...そ、そのう」
「?」
異を決したような顔をして、しかし顔を真っ赤にしてもじもじとしている。リリンの奇妙な様子に、アッシュは首を傾げた。
「その、アッシュさんも、おっぱいがおっきい方が好きですか...?」
ざわりと、男たちが...今回は女性も...ざわめいた。
余りにも直接的な発言。
遠回しに言っているつもりなのか何なのか、どういう意図なのか丸わかりの発言だった。
が。
「いや別に。...だから何だって言うんだ?」
...そう、この男、非常に、ひっじょうに鈍感かつ女の扱いが苦手なことで有名だった。
それでもその前髪に隠された甘いマスクと優しさ、何かあった時に颯爽と助けてくれるその行動にと、人気を集めているのがまた罪な事である。
一瞬で涙目になったリリンに全く気が付いていない様子で軽く挨拶を...しれっと高額のチップを渡して...し、そのままギルドを後にする。
「ひぃん」
という乙女のか細い悲鳴を脇に置いて...。
さくさくと、馴染みの屋台で買ったフィッシュアンドチップスを食べ歩く。これはアッシュにとっての好物だった。
ほくほくとしたチップスに、食べ歩きできるようにあえて一口大にされたコッドのフライ。さらにはサクサクのスクラップス。これに特製のタルタルソースを付けて食べる。濃厚な卵のコク、態々そのために取り寄せているというワインビネガーの酸味、野菜類のうま味がからりと揚がったそれらに絡みつき、舌の上を踊り泳ぐ。
紙製のトレイにたっぷりとそれらを載せ、ほくほく顔で大通りを歩く。
討伐の後のフィッシュアンドチップスが、彼のお気に入りだった。
イケメンが美味そうに食うものだから、ちょっとした宣伝効果を狙っているのは店主の秘密だ。こっそりと料金より多く盛っているのはそのお礼かつ宣伝する時間を増やす目的だったりするのだが。
「うま」
ぽそりと呟き、手掴みでコッドとポテトを口に放り込む。
塩加減も絶妙。
次々と口に放り込む。
意外とペースが速い。あれほど積みあがっていたソレがどんどんとその高さを減じていく。
「もぐもぐ」
リスの様に頬を膨らませ、恍惚とした顔をする。
すれ違った女性が頬を染めていた。恐らく明日には同じフィッシュアンドチップスを手にしていることだろう。
「邪魔するよ」
「邪魔するなら帰れ」
大通りから少し外れた、街中を流れる小さな川に面した場所。”アンバーの武器屋”と書かれた店の中、入った一声がそれだった。
「客を捕まえて酷い言い草だな」
「てめぇがちゃんとした客だった試しがあるかよ」
そう言ってぶっきらぼうに話すのはひょろりとした背の高い男。細いが、よく見るとその身体は筋肉で覆われている。非常に若そうな見た目だが、これで息子は既に成人していると言うのだから驚きだ。
ディナム・アンバー。この街有数の腕を持つ鍛冶師だ。
「ちゃんと買ってるじゃないか、あ、これくれ」
そう言って1万エネル分の金を置き、壁に提げられた槍を手に取る。
炎の様な薄く光を纏った矛先を持つ、不思議な雰囲気を持った槍。
薄く、だが妖しく。橙に透き通る様な錯覚を覚える、普通には存在しないような特徴を持った鋼だ。
「おいちょっと」
「『魔たる鋼よ・目覚めろ奇蹟・その身に宿せ・燃え盛れ・刺し穿て・炎の大槍』ーー<魔導武装・火炎槍>」
きらきら、と。鋼色と橙色の粒子が集まり...。
その手には、手に取った槍と全く同じものが握られていた。
「目の前で複製品作るんじゃねぇよっつってんだよ!」
店主の男は怒りを見せる。
まあ、端正込めて作った武器が目の前でコピーされたら怒ると言うモノだ。
「いい武器だからレパートリーに入れてるんだろー」
「馬鹿野郎それが免罪符にゃならんわ」
それはそう、と何事かと出てきた店員の女性が、そのいつもの様子に苦笑いを浮かべる。
「だってさ、基本的に鋼魔法ってイメージ先で性能決まっちゃうしさ」
「...まあ、鋼に限らずそうだから、解らんでもねえけどよ...」
魔法とはイメージである。魔法を習うとき、一番初めに習うことだ。
魔法を使う際、呪文を唱え、魔力を込める。基本はそれが出来れば発動する...が、出来栄えはイメージに左右されてしまう。例えば、単に水を出す魔法、<流水創成>。これでもイメージの水で変わってしまう。例えばぬるい水と冷たい水、少し泥臭い水や不純物のない純水に近い水。少々別の要素にも左右されるが、上級者にかかれば多めに魔力を込めることでお湯やちょっとしたジュースなんかも出せてしまう。
別の要素とは魔力操作能力だ。魔力を扱うときの器用さ、ともいえるか。これが足りないと”イメージの暴走”と言われるものが起きる。例えばレモンジュースを出そうとして尿の様な液体が出てきてしまう、と言ったことが起こる。
魔法とは、イメージに沿わせて魔力を流す行為である、と言うべきだろうか。魔力を調整できなくても、最終の完成系が解らなくてもうまく行かないのだ。
「助かってるんだぜ、これでも。醜腐毒虎の四枚抜きにはあの”矢”が役に立ったしな」
「”矢”って...ああ、お前の依頼で作ったチタンの短矢か。俺も魔法があるとは言え、作るの大変だったんだぞアレ」
チタンは加工が難しい金属である。それを人力でともなれば、その大変さは推して知るべしである。
「ディナムは魔導希金まで加工できるだろー、この”魔鉄”、じゃないや”魔鋼”だってチタンより加工難易度高いじゃないか」
「まあ、な」
ディナムもまた、”鋼”魔法の使い手であった。しかしその魔法の力は全てが鍛冶に捧げられている。鋼魔法使いの中でも特殊な存在。”鍛冶魔法使い”と呼ばれる存在である。
「自分で金属を出せる、って実は中々に反則だよな...あ、差し入れ」
ごとん、と棚に置かれた薄緑色の金属にディナムは溜息を吐く。
「ほんとうにな!俺は元々ある金属の加工の方に特化してるから羨ましいぜ。特に本当に金属をだせるとかはな。...うわ、純度百パーの超硬魔緑銀だ...」
鋼魔法と言えども、基本それで生み出した武器は一定時間で消えてしまう。しかし、アッシュが生み出した物。ただし金属塊に限るが...、本当に金属を生み出してしまう。
彼の膨大な魔力量がなせる業ではあるのだが、錬金術師がキレて廃業したことがあるクラスの反則技である。
「今日は魔力少な目で済んだからな、結構余ったから」
「あ?...そうか、お前詠唱しながら戦ったな」
「ああ」
軽々しく言うアッシュに向けて、再度ディナムは溜息を吐く。
「短縮してるだろうとは言え詠唱の隙を突かれるんじゃねえぞ?ソロは大魔法だろうと詠唱破棄出来ねえと無理とか言われてんのによー」
詠唱破棄、若しくは詠唱短縮。文字の如く詠唱をせずに魔法を放つ技。
パーティならまだしも、本来ソロでは悠長に魔法を詠唱している時間などない。
とは言え、強力な魔物を一撃で屠る様な魔法は詠唱破棄をすると必要な魔力が増大してしまうのだ。
「問題ないさ。危ないようなら全力投射を仕掛けるからな、それに僕は体術もそれなりにはある」
「おお怖い。...で、今日はなんだ、ソイツのコピーだけで来たんじゃねえだろ。あとコピーしたんならいらねえだろ返せ、金は置いてけ」
笑うアッシュにディアムは呆れたように首を振る。
「コピー代に1万は流石に高くないか?アダマ二ウムも出しただろ」
そしてしれっと放たれた無茶な要求にアッシュが唖然とする。
「わかった2千で良いよ、ソイツぁちと他のヤツに売る予定なんだ、広告用に置いてあるだけだよ、値札ねぇだろ?」
あっほんとだ、とアッシュが呟く。もともと多めに支払うつもりだったのだ。まあ2千でも結構いい槍を変える値段ではあるのだが。
「ごめんくださーい」
「おっと、噂をすれば」
入ってきたのは年端も行かぬ...いや、年端くらいは言っているか。そのギリギリの境界、といった雰囲気の少女だった。
「こんにちわ、アレ、まだ置いてますか?」
「おうともよ」
「...おいおい、初心者に売るにはランクが高くないか?」
アッシュがディアムに呆れた声を出す。
「むう、これでも五年目ですよ~」
それが聞こえたのか、少女は頬を膨らませた。
「...いや、キミ何歳だよ」
「16ですけど」
この世界の成人年齢は17である。つまりはギリギリ成人もしてないくらい。年端も行かない、という印象よりはマシではある。しかし17で討伐五年目とは...。
「事案か?」
「おめぇが言うんじゃねえよ訳アリ。俺が拾った時の惨状を忘れたか」
「うぬ」
ディアムに反論できず押し黙る。
確かに、そう、大多数の討伐者の予想通り、アッシュは”訳アリ”だった。それも飛び切りの。
「ただの武者修行ですよお、フーリン槍術道場の跡取り娘ですよ~?」
む、とアッシュは唸った。フーリン槍術道場、というと結構どころではなく有名だった。街の外部、国中から修行にやってくるとまで言われる道場だ。だが本拠地はここでは無い筈だが...?
「フーリン槍術道場、って確か中層界の街が拠点だったよな?なんで下層界に」
「だから武者修行ですって、それにおじい様の隠居先が下層界なので。まあ”降りて”来たってわけです」
アッシュとディアムはコソコソと話し始める。
「中層界の平民って、下層界に降りてきたりするもんだっけ?」
「ないな、”ソドミア王国”において身分は絶対だぜ?上層界や天界なんて話題にすら上らねぇ。上層界の上等市民くらいならたまーーーーに見るかもしれんが天界の貴族は一生かかっても見れすらしねえよ」
「”降りて”...つまりは住むなんて異常事態だな、なるほどコイツクラスを態々予約とる訳だ」
そういうこと、とディアムが頷くのを見て、ゆっくりと息を吐く。
「つっても下層界に来なくても、中層界までなら出るだろ、魔物。僕も一度だけ依頼で行った事あるし」
「ああ、”討伐者”なら依頼があれば上層にも出入りできるんでしたよね。...え~と、中層界って魔物がでるとは言ってもめったに出ないですから。それに大概は”兵士”の方々に討伐されちゃいますし」
そう言えばそうだった、と腕を組む。下層界に依頼が来たときは突然変異だかなんだかで強大な魔物が発生してしまい、大規模討伐作戦を行うべくを得なくなったからだったのだ。
「そう言えば、お兄さんはどちら様ですか~?あたしはクゥリ・フーリンですぅ」
随分と間延びした喋り方だな、と少し今更な思考をしながらも、アッシュは名乗り返す。
「僕はアッシュだ。苗字は無い。下民だからな」
「あっしゅ...アッシュ...あ、孤高の鋼さんですかぁ!?」
二つ名を叫ばれ、アッシュは顔を顰める。にやにやと彼を見たディアムを小突いておくのを忘れない。
「あまりその名で呼ぶのはやめてくれ。そんなので喜ぶ歳でもないんだ」
「歳は関係ない気もしますケド...」
二つ名を自分から名乗ろうとする者も多いので、クゥリの言も間違ってはいない。寧ろ恥ずかしいと思う方が少数派なのであった。
「でもまさか”ソロ”最強格の一人に会えるとは思いませんでした~。今度修行を付けてもらっても?」
数瞬思案し、まあいいか、とアッシュは頷く。ぴょんと飛び跳ねて喜ぶのは実に少女らしい姿だ。内容は少女らしくは無いが。
「おっと、そろそろ商談に入らせてくれ。このままじゃ日が暮れちまう」
「すでに夜だが?」
「うるせえな、じゃあ夜も更けちまう」
「あ、はい」
がちゃ、とディアムから槍を受け取るクゥリ。そしてその出来栄えに驚いた。
「え、すっご...」
何と言うべきか、その表情は色々なものを投げ捨てた驚愕であった。乙女の矜持とか、その他諸々を。
「これ、魔槍と言う枠組みに入るんですか?一度だけ見た上層界産のソレと同じような...こう、武器の”格”を感じるんですけど......」
微妙に手が震えていた。それに満足したのかディアムは呵々大笑である。
「こいつは鍛冶の腕はヤバいからね。下層一...どころじゃないかもしれん。ここがにぎわってないのはこいつが客をえり好みするせいさ」
「十二分に稼いでんだからいいだろが」
やれやれと首を振りながらそんなことを宣うアッシュへと、笑いから一転して不機嫌になるディアム。コロコロと表情が移り変わるその様子は中々滑稽であると言えよう。
「ええと、えーーと、お値段は?」
おそるおそると言った風にクゥリがディアムへと問う。
「んあ?言っただろ、七千ぽっきりだ」
「...安すぎません?」
本来槍一本としてはかなりのぼったくり価格である。このクゥリ、彼女の祖父からこの鍛冶屋を紹介されてここへと来ている。お代に関しては気にするな、と言われた故にーー非常に懐は極寒と化すことは確実だったが、彼女は相当なおじいちゃんっ子なのであるーー何も聞かずに払った。
と思ったら想像以上のモノが出てきてしまった。
出身が出身故に、彼女もそれなりの目利きは出来る。
魔法武器もいくつも見てきた。また武人として魔法を使う者と対峙した時の為に”魔力の流れ”を感じ取れる眼も持っている。
その全てが、この槍のすさまじさを物語っていた。
纏っているのは炎の魔力だ。それ自体はよくあるモノではある。変な仕掛けもない。効果としては実にシンプルであろう。
だがその量が、そして質が異常だ。
例えるなら、まるで急流の川の水が全て溶岩に置き換わっているようなものである。
鉄砲水が如き勢いで溶岩が流れている。クゥリはその様に幻視した。
「橙炎赫槍”グライテル”...それの銘だ」
「”銘”まで...!?」
グライテル。それは古代語で”恒星”を指す”グライフォルン”と”突き刺す”を意味する”アイテル”を合わせた銘である。
魔法武器に銘を刻む。その行為は単なる金属の塊に行うソレとは意味が異なる。その力を運命付け、また”格”を上昇させる行為。一流の鍛冶魔法使いにしか不可能な芸当なのである。
その後、クゥリは何度も頭を下げつつ店を辞した。
アッシュとの再会を宣言して。
「...で、お前は今日は何の用事なんだ、グライテルのコピーの為じゃあねえだろう?」
「...まあな」
ディアムの問いに重々しく頷き、アッシュは手に持っていた素材袋から一枚の折り畳まれた青い紙を取り出した。
「見てくれないか」
促され、ディアムは中々に大きなその紙を、新聞を開く様に覗き込む。
「...こいつは、銃器の設計図か」
青図、若しくはブループリントと呼ばれるソレ。
青い紙に白線で描かれていたのは、しかめつらしい機械の小箱...銃の姿。
「ああ。何処からか”降りて”来たらしくてな。以前露天商から何となく買ったんだが、魔法的封印がかかっていたらしくてな。最近ようやくどういうモノか分かったんだ。...どう見ても”上”の設計図だ」
「まあ、こっちの銃は役立たずの代名詞だしな...」
ちらり、と店に提げてある銃を見る。
鉄パイプに木枠を被せ、皿を取り付けたような外見のそれは、所謂火打石式・滑腔式歩兵銃である。弾薬の工夫など多少なりとも簡易化されているとは言え、先込め式なのは誤魔化しようがない。
多少”強化”したところで魔物に対しても威力不足。全く出番のない武器であった。
「”階層”によって文明レベルが大きく変わるからな、”中”は兎も角、”上”の方じゃ...たぶん人間同士の争いが絶えないのさ」
「だろうな。世界最後の人類生存圏と言いつつ、結局は権力闘争の伏魔殿だってんだから笑わせる。”天界”も酷ぇんだろうな」
そうだろう、と同意の意を示すようにアッシュが頷く。
「まあ、”大結界”の傍に住まざるを得ない下層界も理想郷とは言い難いがな」
「ありゃ外側世界からの”超強力な魔物”しか防がねぇからな。一番平和なのは”中”ってのも当然な話だぜ。あっちはあっちで労働者の地獄らしいがな」
はあ、と二人は溜息を吐く。二人とも、下層界の理不尽さは良く知っていた。だと言うのに、例えまれにみる強運で”昇格”が認められても、また違う天外魔境に放り込まれるだけなのだ。救いも何もない話である。
「...話を元に戻そう。造れるか?」
考えても仕方が無い事は脇に置いておいて、とアッシュは話を進める。
「出来るが...大丈夫だろうな、法律違反になったりとかは」
「討伐者ギルドには確認済みだ。国家組織だからな、あそこも。設計図及び制作物の個人所有程度なら問題ないそうだ。量産して商売はヤメロ、とさ」
ううむ、とディアムは唸る。何せ目の前にソレを100も200も量産できる魔法の持ち主がいるのだから。
まあ、ギルドの連中もコイツが”魔道具”すらコピーできる存在だ、とは知っている筈である、と気にしないことに決めた。
「んまあ、できるかどうかって言われりゃ十二分にできる。時間はかかりそうだが。魔法刻印の方は...俺にゃ扱えんモノもあるが、倅の方が刻印師やってっからな。まあ何とかならァ」
刻印師。それは物品に魔法を”刻む”者達の事だ。
魔法は何も呪文のみでしか発動できないという訳ではない。思念を載せ、文様として”刻む”ことで、只魔力さえあれば完璧に、”全く同じ魔法”を使うことが出来る。
その再帰性こそが”刻印魔法”の真骨頂であり、非常に優秀な工芸品であり兵器なのだ。
「すまん、頼む」
「いいってことよ。だがよ、お前さんが銃とはどういう了見だ?それこそ”磁力”で何とかなりそうなもんだが」
媚びを傾げるディアムに苦笑する。
「ああいや、少し厄介な依頼を受けていてね、期日までは時間があるんだが、少しばかり戦力の拡充をね」
「成程な。で、そいつは?」
「ほら、北側では年末の風物詩って言われてるアレがあるだろう?」
アッシュの軽い声に、ディアムは非常にうんざりした顔をする。
「”氷の空”か、そりゃあ銃の方が向いてるわな。りょーかいだ。今年の予想は三週間後だったな?ここは東側だから移動に時間はかかるだろうが、それを含めても十分間に合うさ」
りょーかい、と手を振ってアッシュは去る。
この寒空に、彼の手は少し赤く染まっていた。




