ep1 [In the forest]
ざくり。
森に、湿った音が響く。
恐らく首であろう部分を切り裂かれ、奇妙な見た目をしたナニカが地面に横たわる。
「One down」
それを成した者...粗末な剣を右手に握りしめた男は、それを一瞥したのみで視線を外す。
ソレの死に、男は何の感慨もない。
ソレを斃す為に来た、それ以上に...未だ、戦闘は終わっていなかったからだ。
「チ、醜腐毒虎が6...報告の倍は珍しい」
ソレの討伐の依頼者へと、皮肉を混ぜて溜息を吐く。
20ばかりの若い男だ。中肉といった体つき。だが中背と言うには少々ばかり背が高い。病的なまでに白い肌に、相反するかの如き漆黒の髪。顔立ちは存外甘く整っているが、まるでそれが醜悪であるかの如く、長い前髪で覆っている。その間、まるで牢獄の鉄格子から覗くが如き紅い、鷹の様な目。
それが男の特徴だった。
古ぼけたシャツにズボン、まずもって森の奥で戦闘をするには向かない格好をした彼は、気怠い様子でアグリータイガー、と呼ばれた獣たちを睨む。
「...」
ひゅん、と軽く手を捻り、握った剣を視界に入れる。
油でべっとり、粗末な鉄が故か、すこし曲がってしまっている。
「...ダメか」
ぽい、と。
戦闘中にあるまじき行為。
彼は、剣を投げ捨てた。
獣畜生であろうとも、それが凶器...殺傷力を持った代物であるとは察していたのだろう。それを躊躇無く捨てたことに、5頭の虎は動きを止める。
「小賢しい。...魔物のそういうところが...嫌いだ」
空の右手を口元へ。ふう、と息を吹きかけると、鈍色の光点がくるくると。
手の周囲を廻り出す。
「『鈍き鉄・獣貫く棘』ーー<鉄の槍>」
じゃきん、と。
虚空から鉄を雑に成型しただけの、粗末な槍が現れる。
それは魔法。魔力を代償に、人の身でありながら奇蹟を起こす、叡智の結晶。
そして、それは鋼魔法...金属を扱う魔法によるモノだ。
「...はっ」
疾駆。草に覆われた地で尚、音もなく。無駄のない動きで、素早く虎の一頭へと接近する。
「せあっ」
短い、小さな気合。それでも素早く空気を吐き出すと言う行為が全身の筋肉を締め上げ、それなり以上の破壊力を槍に纏わせる。
一歩遅れた虎が、前足を意外にも器用に掲げる。ねじくれた爪にて槍を防ぐ構え。
しかし鉄槍はそれ事虎を貫いた。
どさり、と虎が地に没する。その光景に四頭に減じた虎たちが困惑の声を上げる。
「...ふん、”鋼”は初見か?」
鋼魔法。鋼と名は付いているが、鉄以外にもあらゆる金属を扱うことのできる魔法。その影響力は分子単位、原子単位まで及ぶ。
雑に作った砂型に、鋳鉄を流し込み鋳造したかのような、武器ともいえない見た目の槍。しかしその実態は、魔法無しの職人が手掛けた鋼の槍より尚堅く、鋭い。
当然、そこらの弱い魔法使いが真似したところで見た目通りの脆い槍が出てくるのみ。何せこれは鋼魔法でも初歩の呪文だ。それをここまでの完成度に仕上げる。それがこの男の実力を示していた。
虎も、当然ながら男の驚異に気づいていた。
油断なくそれらは距離を取る。醜い顔をさらに歪め、肺いっぱいに空気を吸い込んだ。
「...腐食吐息、そう来るだろうと思ったさ」
腐食吐息。それはこの虎たち...醜腐毒虎の切り札だった。文字通り、対象を腐食させる吐息。いくつかの腐食性を持つ物質を霧状に放射する種固有能力。当然ながら魔法を伴い、有機物、無機物問わずその吐息の前では瞬間的に腐り溶け落ちる。
しかし男は慌てない。金属は錆びる、溶ける。そのような”常識”にとらわれぬものも、世には溢れているのだから。
左の掌を前へと向ける。先ほどより多い、そして白い粒子が集まり出す。
「『宝纏う鋼・其は美しき白・変滅せしめぬ金たる白・愚かなる穢れを遠ざけよ』ーー<宝晶金の大盾>」
がこん!と音を立て、白い金属でできた盾が現れる。ぶわりとブレスを掻き分けるが、一切の変化を示さない。
ジルコニウム。耐食性を持つ金属の一つであり、さらには空気中では酸化被膜を創り出す。その耐性は非常に強力で、大抵の酸や塩基に耐性を持つ。
フッ素を混ぜた塩酸や硫酸には弱い性質を持つが...残念なことに、腐食吐息には含まれていないらしい。輝きは失われず、四の吐息を受け止める。
「『硬き堅き白鋼・軽くしかして強靭なり・其は不壊にて貫くもの』ーー<鈦の短矢>」
輝き、四本の巨大な矢が生み出される。
先ほどと同じような、しかしほんの少し違う白。それは鉄より軽く、そして強靭な金属...チタン。
「『見得ざる力・それこそは磁力』ーー<神の見えざる手>!」
ズドン!!
瞬間、四の矢が放たれる。ほんの少しばかり表面が泡立つが、腐食の霧をものともせず、滝を上る鯉が如く遡上する。
瞬間、堅い筈の虎共の毛皮を、まるで紙かの如く刺し穿つ。肉を深くえぐり飛ばし、衝撃波で内臓をひき肉へと変える。それは致命傷と言うことすら憚られる命の蹂躙。攻城兵器をその身に向けられた、哀れな獣の末路だった。
鋼魔法、その応用の一つ。磁力を操る魔法。
鋼魔法は、その他の魔法と違い、生み出した物は不動である。”樹”属性ですら、己のみで動くのに、だ。
故に、さらに魔法を重ねる。それが磁力を操る魔法。念動力とも目される不可視の力。
その力は魔力量と操作力に比例し、針をそろそろと動かすのですら精一杯の者もいれば...彼の様に、砲台が如き力を持たせる者もいる。
「『精錬たる鋼・小さき牙にして鋭き刃』ーー<鋼の短剣>」
しゅば、と鋭い刃...短剣が生み出される。良く鍛錬された名品に見えた。危険な霧も晴れ、只横たわる六の死体に近寄り、その毛皮を削ぎ始める。
「状態良は一か。元々使える素材はたかが知れている、さしたる金にはならないか...」
溜息を吐き、手際よく虎の死体を切り分ける。
剝ぎ取られる肉は薄緑で、まるで腐りかけが如くだ。実際に猛毒なので食用には適さない。毛皮は固くごわつき、それなりの防御はあるが鞣しの工程でどうしても薬と反応して腐ってしまう。なかなか面倒な話だった。
じゃしゅざしゅと湿った音が続く。肉を断ち、内臓を削ぎ、目的の素材へと手を進める。
本来、森のど真ん中で獲物の解体なんぞしようものなら他の獲物が寄ってくる。しかし、主にこの虎から出てくるのは腐臭。蠅程度は近寄るが、その程度。そのまま解体を始めても構わない、割と珍しい相手だった。
「あった、毒袋」
毒袋、様々な物質を腐食させるブレスの種。非常に危険な器官であるのは間違いないが、工業用途としての需要がある。魔法的手段で加工すれば、しばらくは腐食液を生み出すことが出来るとあって、需要は絶えない。
「あとは爪か」
神経毒を纏った爪を慎重に切り落とす。喰らえば四肢から腐り落ちると言う猛毒を纏った爪だ。万が一にでもそれで手を傷つける訳には行かない。
ゆっくりと、危険な二つの素材を素材袋へと入れる。中身が拡張され、素材ごとに保護までしてくれる優れものだ。使用者が非常に希少な”空間”魔法が施された品で、非常に高価。空間魔法の施された品を持っていれば、その分野の一流と言われる品々だ。
この男は、なにがしかの一流。それの証明である。
剥ぎ取りをもう5度、繰り返す。爪はそれなりに採れたものの、毒袋は合計2つのみだった。矢で貫いた4頭は、毒袋ごと内臓がミンチになっていたからだ。
「依頼達成。...適当に間引きつつ帰還、か」
くるり、と男は踵を返す。
「森は嫌いだ。...少々ばかり、殺し過ぎても構わんだろう」
昏く、男は嗤う。
その日、森は血に溢れることとなる。
剣が振るわれ、槍が、矢が飛ぶ。
そして、彼に相対したモノたちは、須らくがその命を散らされたのだった。
新シリーズ。失踪はしません。




