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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

婚約破棄イベントを利用して、バカ王子を徹底的にわからせます!

作者: いる科

 目を覚ますと、そこは慣れ親しんだ自分の部屋ではなかった。

 そもそも私という人間は、もうこの世にはいないはずなのだ。


 混乱のまま駆け込んだ鏡の中に映ったのは──毛先の青みがかった銀糸の髪に紫水晶の瞳を持つ、絶世の美少女だった。


「これ、って……リュシエル……!?」


 数年前に暇つぶしで読んだWeb小説の一場面が、記憶と共に鮮明に蘇る。

 この姿は──『バカ王子が婚約破棄してくれたおかげで、幸せになれました』通称『バカまし』の主人公──リュシエル・フランドルチェ侯爵令嬢のものに違いない。

 つまるところ──。


「異世界転生……!」

 

 脳内でフォルダ分けされた記憶の中には、前世を忘れリュシエルとして過ごした、原作通りの軌跡を辿る十数年が確かにある。

 これを他人の記憶としか思えないのは、人格を私が塗りつぶしてしまったからだろうか。


(うーん。それはどうでもいっか。考えてもわかんないし)


 何にせよ、リュシエルとしての記憶があることは実にありがたい。

 事前知識なしに侯爵令嬢の代わりなど務まるわけがない!!

 危うく、記憶喪失のフリをしなければならないところだった。


 職務放棄のために記憶喪失ロールプレイをするアラサー社会人女性──よし、この話はもうやめよう。

 私の自尊心は守られたのだ。

 それでいいじゃないか。


 よし、異世界転生にはお約束の、原作振り返りタイムと行こう。

 脳内会議開始だ。


 ──『バカまし』はテンプレよろしく、男爵令嬢に惚れ込んだバカ王子に婚約破棄された主人公が、隣国の王太子と結婚して幸福を手にする物語だ。

 名前はそれぞれ──。


 主人公がリュシエル・フランドルチェ。

 バカ王子がアルベール・エルンスト。

 男爵令嬢がシャルロッテ・モンレーヴ。

 

 あくびが出るほどに使い回されている筋書きだが、それがいい。


 展開が分かりきっているからこそ、安心がある──。


 動画サイトなんかではやれ完成度が低い、オリジナリティがないなどと星1レビューをしている人がいたものだが──そもそも求めているものが違うのだ。


 これから仕事という鬱っ気100億パーセントの通勤時間の中で、疲弊しきった社畜精神を癒してくれる──!!

 それこそが、テンプレweb小説!!!!


 おいそこ、可哀想なモノを見る目をするんじゃない!!

 社畜大国ジャパンの社会人は大概こんなもんだろうが!!

 

 ……さて、『バカまし』はこんな小説なわけだけど、一つ問題点がある。

 それは、この国の行く末がゲキヤバということだ。


 どれくらいヤバいかと言うと、まともに掃除もしてない一人暮らしのワンルームに、いきなり母親が乗り込んできた時くらいヤバい。


 大人になってからそういう事で叱られるのは尊厳的な問題でガチで凹むから、来る時はマジで事前に言って欲しい。


 ……え、部屋に足の踏み場がなかったら叱られるの当然だろって?

 正論は時に人を傷つけるんだよねぇ!! 

 あー傷ついた、慰謝料請求しちゃおっかなぁ!!


 ……これ何の話だっけ。ああそう、国ね、国。

 まあ普通に考えればそりゃそうって話でしかないよ。


 具体的に言うと……国境の防衛を担うフランドルチェ侯爵家の一人娘──リュシエルが他国に嫁いだことで、王国は防衛線と交易路のコントロールを同時に失い、諸侯の信頼すら揺らぐ事態になった。


 王は間もなく病に倒れ、バカ王子に主権が渡る訳だが──まぁ、お察しである。

 結局のところ王国は急速に衰退することとなり、経済は瓦解し、隣国の属国同然に落ちぶれていく。


 ……いや市井の民がいちばんの被害者じゃねえか!!?

 ざまぁに国を丸ごと巻き込んでんじゃねえよ!! 

 イベントは大きけりゃいいってもんじゃねえんだよ!! 


 ……まあ、創作ならいいのだけれど。

 悲しいかな、今はここが現実だ。


 ──考えただけでも腹の底から怒りが込み上げる。


 私は毎日のように残業をさせられて、少しばかりの趣味にお金を使い、無難に生きてきた。

 この世界の人々だって、きっと同じようなものだろう。

 今を、未来を安心して生きるために。

 時間を使って、命を燃やして、何かを頑張っている。


 そうして少しづつ積み上げてきたモノが──貴族の痴話喧嘩で全て吹き飛ぶだなんて。

 そんな理不尽、許せるはずがない!!


(……幸い、まだ婚約破棄まで一週間はある……間に合う!! 絶対間に合わせる!! 今から準備して、必ずあのバカ王子を叩き直してやる……!! この国に住む人々のために……!!)


 決意を固め、立ち上がれ、私。

 リュシエルよ、たった今お前は人々の未来を背負っているのだ。


 婚約破棄イベント? 腹黒男爵令嬢?


 むしろ、その全てを利用してやろうじゃないか──!!



 ──。



 ──そして。

 時は、瞬く間にすぎ「──ここに宣言する! リュシエル・フランドルチェとの婚約を破棄する!!」


 私はあれから、類まれなる知恵と涙ぐましい努力によっ「リュシエル! お前はシャルロッテを妬み、陰湿ないじめを繰り返した! そんな卑しい者を、王妃に据えるわけにはいかぬ!」


 ああうっさいなぁもう!! 

 こういうモノローグは雰囲気作りに大事でしょうが!!

 遮るんじゃないよ!!


「その反面、シャルロッテは……!! 彼女は優しく気品に溢れ、いつも俺を癒してくれる。民の前で笑顔を絶やさず、誰からも愛される真の淑女だ! この俺が求める王妃は、彼女しかいない!」


 ただでさえ私みたいな奴が主人公なせいで、ジャンルが異世界恋愛(笑)みたいになってるんだから、ちょっとはこう……こう。

 とにかく、配慮しろよバカ!! バカベール!!


「アルベールさま……! わたくしのような卑しい身の上の娘を、そこまで……! わたくしはただ、殿下のおそばで尽くしたいと願っていただけなのに……! このような光栄をいただけるなんて、夢のよう……」


「……なんていじらしいんだ、シャルロッテ。お前は身分が低くとも、この俺を心から慕ってくれている。金でも権力でもなく、ただ俺という人間を……!」


 いやそいつバリバリに金と権力目当てだよ、バカベール……。

 まあアンタ顔だけはいいからさ、そこもあるのかもしれないけど。


 ……そう。

 アルベールはもうなんか普通にバカなのだが、シャルロッテに関してはそうではない。


 彼女は自身の美貌と人心を操る振る舞いによって、平民からここまで上り詰めてきた本物。

 人を騙す才能を持って生まれた、賢しい女だ。


「これこそが真実の愛だリュシエル! お前は彼女を見て何も思わないのか!? 羞恥も憐れみもなく、ただ冷ややかに見下ろすばかりか!」


「……」


「……やはり冷血な女よ。王妃の座など、到底務まらぬ!!」


「どうかおやめくださいませ、アルベールさま……! リュシエル様も、きっと辛かったのでしょう。わたくしのような身の上の者に、殿下のお心が傾いてしまったのだから……。だからこそ、苛立ちや焦りから、あのような振る舞いに走られたのだと思います」


「……なんと気高い心だ、シャルロッテ! お前は辱めを受けてもなお、相手を思いやることができるのか……!」


 しかし、原作のリュシエルは……よくもまぁこんな仕打ちに耐えたものだ。

 よりによって、学園の卒業パーティ。

 王国貴族の子弟が一堂に会し、未来の人脈を築く場であり、噂が最も速く広まる舞台。


 そんな場所で、婚約相手に……公開処刑のようにして、身に覚えのない罪で糾弾されるのだから。

 錯乱してしまってもおかしくない所を、彼女は持ち前のプライドで涙一つ見せずに乗り切ったのだ。


 え、私? 私はと言えば……。うーん。

 原作の彼女と比べるのは失礼な気がする。

 だって、これ全部──茶番だからなあ。


「──シャルロッテ・モンレーヴ。改めて告げよう。俺はお前を新たな婚約者として迎えたい。この俺と共に、未来を歩んでくれるか?」


 さぁ、ここからは──。


 ずっと、私のターンだ。




 原作展開を変えるにあたって私がまずはじめにした事は、この茶番のセッティングだ。

 思い返されるのは、あの日の出来事──。

 王、王妃、そして私の家族が揃った、謁見室での事だ。


「──して、リュシエルよ。お前はあの愚息が、学園で不穏な動きをしていると言ったな」


「──はい。アルベール殿下は卒業パーティの場で私との婚約を破棄し、代わりにモンレーヴ男爵令嬢を選ぶと宣言するつもりです」


「な……っ!」


「愚か者が……! 王位継承者が何を考えているの!?」


「よりにもよって男爵家の娘だと!? そんなもの、国の内外に笑いものになるだけだ!」


 うーん、まぁそりゃ驚くよね。

 バカベールがいくらバカでも、そこまでバカな事をするとは思わないよね。

 

 このまま話が進めば、きっと王や王妃から、バカベールに叱責がとんで──卒業パーティでの騒動は、起こらなくなるだろう。


 ……でもそれでは、意味がない。

 バカは、そう簡単には直らないからバカなのだ。


「──お任せいただけませんか」


「……何?」


「アルベール殿下は、今ならまだ間に合います。ただ叱るだけでは効果はありません。周囲がいくら諫めても、殿下は耳を塞ぎ、何故己の意見が通らないのかと癇癪を起こすだけでしょう。……だからこそ──己の愚かさを、身をもって思い知っていただかなくてはなりません」


「……愚かさを、か」


「はい。殿下が致命的な失敗を犯す前に、私が”この起こると決まった騒動”を逆に利用してみせます。必ずや性根を叩き直してご覧に入れましょう」


「──ほう」


 関心を示す王たちとは裏腹に、両親はどこか慌ただしい。


「リュシエル……お前、そこまで考えて……」


「でも……もし殿下を怒らせれば、あなたの立場が……」


 ──心配してくれるのは分かってる。

 私はあなた達の娘なわけだから。

 けれど。

 私には自信がある。


 バカベールが、私に怒って私の立場を悪くする?

 ヘソで茶沸かすわ!

 出来るものならやってみろ、って話だ。


「ご心配には及びません、お母様、お父様。──ここで殿下を変えてみせます。必ず」


「……よかろう。元より……私がアレの教育に失敗したのだ。リュシエルよ、苦労をかけるな」


「御心にかけていただき、痛み入ります。必ずや結果をお見せすると約束いたしましょう」


 これが、一つ目の準備だった。

 この事件が起こることを、一部の人間はとうに知っているのだ。

 徹底的な根回し。

 アルベールが私に突きつける婚約破棄の宣言は、もう何の効力も持たない。


 

 そして──二つ目の準備はこれだ。


「あの……リュシエル様、私にお話とは一体……?」


 空き教室のがらんとした空気を、刹那のうちに華やかにしてしまう──鈴の音のような声。桜色のゆるく巻かれた髪。


 婚約破棄劇のもう一人の主役、シャルロッテ・モンレーヴ──彼女を味方につけなければ、茶番は成立しない。


 幸いなことに、彼女の目的は単純明快だ。

 ──地位と金。

 だけど、その裏にある理由を、私は原作知識で知っている。


「……シャルロッテ、私は知ってるよ。あんたは話は早い方が好き。だから単刀直入に言うね──王子を狙うのはやめた方がいいよ」


「あら……? いきなり随分なことを仰いますのね、リュシエル様」


 唇に指を添え、小首をかしげて──はぁ。

 仕草ひとつで無垢を演じられるあたり、本当に恐ろしい女だね、私にこれは真似出来ないな……。


「敬語も要らないよ、シャルロッテ。無礼講ってやつでいこう」


 だからとりあえず、引きずり下ろす。

 わざわざ相手の得意な舞台で戦ってやる必要はない。


「……ええと、その」


 ほら、動揺してる。

 私が敢えて貴族令嬢リュシエルではなく、素の私で話している理由はこれだ。


「怒らないから、ほら。普通に話してみそ、かけてみそ。名前呼び捨てにしてみるだけでもいいから」


「……リュ……リュシエル……?」


「はい満点、可愛い口から呼び捨ていただきました。んじゃ私らもうマブね。シャルって呼んでいい?」


「あんた、頭でも打ったの……? あのリュシエルとは思えないんだけど」


「女は仮面被ってなんぼでしょ?」


「頭が痛くなってきたわ……それで、王子はやめた方がいいってどういう意味?」


 よし、仮面壊しのフェーズは完了だね。

 シャルロッテは実際のところ実利にうるさい合理主義で、無駄な牽制の応酬を嫌ってる。


 コッチから素でやろうぜ、と言えば──戸惑いつつも、こうして乗ってくるわけだ。


「どういう意味も何も。あいつバカだから。バカベール。後、確かにシャルは頭がいいけど……王妃の立場ってのは地頭だけで務まるもんじゃない。小さい頃からたっくさん専門教育を受けて、ギリギリだよ。……もう分かるでしょ? あんな奴手に入れたところで、シャルの望みは叶わないよ」


「……王子の頭がよろしくないのは、あたしも認めるわ。でも……まるで、あたしの望みを知っているみたいに言うじゃない」


 ウケる。バカベール、お前シャルロッテにもバカにされてるよ。

 すぐに私が修正してあげるから待っててね。


「知ってるよ? 自分の生まれ育ったスラム街を、支援して復興したい──違う? 今も寄付してるよね。ほんと偉い子。手段がヤバいけど」


「…………っ!」


「図星顔いただきました。シャルはどんな顔しても可愛いね」


「あんたに言われても嫌味にしか聞こえないんだけど……!!」


 さあ、会話の主導権は譲らないぞ。

 ここで畳み掛けてあげよう。


「だからさぁ──シャル、私の妹にならない?」


「……は……?」


 ようは、こうだ。

 シャルの望みは生まれ育ったスラム街の復興なんだ。

 確か小さい頃に友達がお金さえあれば治るはずの病気で死んでしまって。

 シャルも同じ病気になったんだけど、その容姿で男爵令嬢になって、助かって……。


 それで、お金と権力の偉大さを知った。

 だから彼女はアルベールの隣を狙っている。


 ……だったらそれ、王妃の妹兼、侯爵令嬢でも足りるくない?

 というのが私の結論だ。


「約束してあげるよ、シャル。あなたは私の妹になって、権力もお金も手に入れる! 私があのバカをなんとかするから、そしたら国はもっと豊かになる!! ……ね、いい提案でしょ?」


「……どうして、そこまで……」


 ……うーん。なんだろう。

 勿論国のためというのが前提なんだけど、私はこの子──シャルロッテというキャラが結構好きだ。


 取った手段は最悪だし、リュシエルとか他の人のこと全く考えてないし、悪役には違いないのだけれど。

 自分の力を惜しみなく使って、望みを叶えるために頑張れる子だ。


「私、頑張る子、好きだから」


「──っ。本当に、変なやつ……! 後悔しても、知らないんだからね」


 ……この子、素は実はツンデレ属性か……?

 だとしたら可愛すぎるんだけど……。


 ──とまぁ。

 これが二つ目の準備だった。



 そして今。

 バカが、バカをしているわけだ。


「──シャルロッテ・モンレーヴ。改めて告げよう。俺はお前を新たな婚約者として迎えたい。この俺と共に、未来を歩んでくれるか?」


 形式に則って差し出される手。

 その場にいた全員が、息を呑む。

 光に包まれた二人──王子と令嬢は、まるで絵画の中の恋人たちのようだ。


 シャルロッテの瞳には涙がにじんでいた。

 頬を紅潮させ、祈るように胸に手を当てて──その細い指先が、王子の差し出した手に触れようとして。


 ──次の瞬間。


 パシンと、否定を意味する乾いた音が会場に響き渡った。


「いいえ」


「……へ?」


 へ? だって。ウケる。

 おっと笑ってる場合じゃない!

 畳みかけなければ。


「な……おい!? なんだ、お前たち!! 不敬だぞ!!」


「申し訳ありません、殿下。王のご命令ですので──」


「ち、父上の、だと……!?」


 私の送った合図で、近衛兵が一斉に動き出す。

 追いやられたアルベールは武器と壁に身を挟まれ、自由な行動が取れない。


「ど、どういうこと、だ!? これは……なにが、おこって……シャルロッテ……!?」


「はい、なんでしょう──殿下」


「お、おまえは、おれをすきだと……!!」


「──ご冗談を。殿下のような方を、好きになるはずないじゃないですか。真実の愛なんて……くだらない事を」


「は……? は、はは……」


 シャルは、人が変わったかのような冷たい声でアルベールを突き放した。

 氷柱のような言葉が突き刺さった瞬間──アルベールの表情がぐしゃりと崩れる。


「な……な、んで……? おれは……おれはぁ……」


 大きな体を小刻みに震わせ、堰を切った子どものように涙をぶわっと溢れさせる。

 いつもの尊大さも、王子としての威厳も、すべて瓦解していた。

 ただ一人の少年が、初めて世界から拒絶された衝撃に耐えきれず、嗚咽を漏らしている。


 シャルの王族に対する本来なら許されない言動も──私がとっくに王様の許可を取ってるからOKだ。


 人を変える方法というのは、実はとても少ないんだよね。

 説教や忠告をして変わる人間というのは結局、何かをキッカケに自分から変わりたいと思って、能動的な行動によって自分を変えているのだ。


 ならば、どうするか?


 答えは単純。

 精神を徹底的に追い込めばよいのだ。


 アルベールは今、愛するものに見放された。

 さらに、自分を守るはずの近衛兵に何故か拘束されている。

 王族席に座っている王も王妃も、知らんぷりだ。


 つまり、王子としてのアイデンティティを粉々に打ち砕かれた状態だ。

 まさに茫然自失。

 そこに隠し味、私を一滴投入である。


「──アルベール様」

 

 敢えて。敢えて名前で呼んでやる。


「……リュシ、エル……? リュシエル、そうだ。お、おまえは。お前は俺を愛しているのだろう!? だから、いじめなんてことを──」


 縋る、縋る。目の前にあらわれた希望に。

 滑稽な程に──。

 自ら、捨てたはずのものに。


「いいえ、アルベール様。私はいじめなど行っておりませんわ。──そうよね? シャル」


「はい。お姉様。お姉様は一度たりとも、私にそのような行為をなさったことはありません」


「は、ぁ……?」


「哀れね……貴方は利用されたのよ、アルベール。私が間一髪で気づいたから、シャルは改心して、王妃の座を狙うのをやめたの。……私、貴方を助けたくて頑張ったのよ」

 

「利用……された……? たす、ける? 俺を……?」


「ええ、そうよ。哀れで愚かなアルベール。……他の誰がどれだけ貴方を見下して、利用しようとしても──私が貴方を守ってあげる」


 近衛兵を力ずくで引き剥がして、アルベールを抱きしめる。


 ──当然、近衛兵はグルだ。

 私に成人男性に勝る力があるはずないのだから。

 けれど、混乱しているアルベールには気づきようがない。


 アルベールの目からは、私が身を呈して助けに来たように見えていることだろう。


「リュシエル……リュシエル……!!!」


 子どものようにしゃくり上げながら、アルベールは私の胸元に縋りついてきた。

 涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、服を破らんばかりの力で掴み、必死にしがみついて。


 さっきまで婚約を破棄すると高らかに宣言していた第一王子の姿はもうどこにもない。

 残っているのは──母を求める幼子のように、ただ私だけを求める哀れな男の姿だった。


 ──精神を徹底的に追い込む。

 そう。だけど、それだけでは足りない。

 その先に救いを。飴を与えるのだ。


 それが──忘れられない味になる。


「聞いて。アルベール。貴方は選択を必ず間違える。今回のような辛い目にはもう、遭いたくないでしょう?」


 脳髄に刻み込むように、耳元で。


「りゅし、える」


「私の言うことを聞きなさい。そうすればきっと、あなたは幸せになれる。私があなたを守ってあげる」


 頭を撫でて、愛を伝える。

 彼のような人間には結局、これが一番効くからね。


「もし、聞かなかったら、その時は──」


 冷たい声音で彼から手を放すと。

 瞬間、アルベールの瞳の奥に恐怖の色が満ちていくのが分かる。


「き、聞く!!! なんでも、聞く……ッ!!」


「──ええ。いい子ね」


 ──こうして、私のバカ王子改造計画は、完遂された。



 それから。



 結論から言うと、アルベールは驚くほど従順になった。

 私の言葉を真っ先に仰ぎ、決して逆らわない。

 勿論勉強もさせているから、自力での判断も段々できるようになってきた。


「リュシエル。俺、今日はこんなに勉強したんだ。褒めてくれるか……?」


「もちろんです、アルベール様。えらい、えらい……」


「……すまなかったな。俺はお前の献身にも気づかず……とんだ馬鹿王子だった」


 うんうん、脱バカベールおめでとう!!

 顔は普通にカッコイイしね、良き王に私が育ててやるぞ。


 そして──シャルロッテ。


「お姉様、お昼ご一緒してもよろしくて? ……なんて、変かしら……」


「変じゃないよシャル!! 照れちゃって可愛いんだから! 何この妹最高!」


「……リュシエル、あんたね……。はぁ、緊張して損した……」


 彼女といる時は素の私でいられるから、正直かなり助かってる。

 シャルは私の癒しだ。


 彼女の願いだったスラム街の支援も、私たちの力で着実に進んでいる。

 シャルの瞳に浮かぶ光を見ていると、こちらまで幸せになるくらい。


 

 ──そんなわけで王国は、今日も平和に満ちている。


 ──主に私のおかげでな!!!

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隣国の王太子かわいそう笑
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