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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Haphazard Fantasy ~雨乞いの少女~

作者: 加藤大樹

「ねえ、見てよ」

「わあ、セルドだ!」


 二人の子どもが遊ぶ手を止めて、セルドを見上げる。彼は、子どもたちに微笑みかけた。すると、きゃあきゃあとはしゃいで子どもたちはセルドの応援をする。


 ――がんばれ、セルド!


 セルドという二十歳になる青年は、村の中でも一、二を争う力持ちで有名だ。今も、二人一組で運ぶはずの土嚢をなんと一人で、二つも抱えて歩いている。

 セルドは力だけでなく、頭も冴えていた。利発な彼は大人しく、時間があれば書物を読み解き、数の理や古き言葉の学び、大地の歴史を学んでいた。

 そんな青年は、村長のみならず、村中の人間から厚い信頼を勝ち得ていた。セルドは村の慣習を学び、祭りには欠かさず参加することで、次第にその地位を高めていった。


「ん?」


 ある朝、セルドはいつものように土嚢を運んでいると、奇妙な光景を目撃した。村の一角に少女が立っているのだ。頭巾を深くかぶっていて、はっきりとした顔立ちはわからない。だが、そのサファイアブルーの瞳が、良い予感なのか悪い予感なのか、とにかくセルドの心を掴んで離さなかった。彼女は、この一帯は灼熱の大地にもかかわらず素足で、肌が火傷しないのだろうか、と青年は心配になった。


 村の人々は、まるでその少女が見えていないかのように、彼女を無視して通り過ぎる。あんまりだ。いくらなんでもかわいそうだと思ったセルドは、親切心から少女に声をかけた。


「おい、君!」

「え!? あ、はい!」


 しまった、というふうに手で口を押さえ、目を丸くし、声をかけられたこと、それ自体が予想外だったとでもいうように、少女は上擦りの声を上げた。


 セルドが少女に言う。


「そこにいては危ないし、なにより暑いだろう。来なさい。小さな村で、今は逼迫した状況ではあるが、それでも客人をもてなすくらいのことはできる」


「はい。あの、でも……」

「遠慮はするな」


 青年の一言で、なにかを観念したかのようにうつむくと、少女は黙ってセルドに手を引かれるがままになった。


 その様子を見ていた村人たちは、突然あらわれた見知らぬ少女がセルドに手を引かれて、長老のいる建物に入っていったのを目撃して、互いを見合わせた。


「あの少女……何者だろう? いつからこの村にいたんだ?」

「なんか……胸がざわつく感じだったな」

「ははあ。そりゃ恋だな。だが、諦めろ。セルド相手じゃ勝ち目がないさ」

「馬鹿野郎! お前、そんなんじゃないぞ!」

「しかし、まあ、きれいな子だったな……。このあたりの日に焼けた女連中と違って、頭巾の隙間から見えたのは真っ白な肌で……」


 口々に勝手なことを言い合う村人たちだった。


「ここで待っていてくれ」

「……はい……」


 セルドは屋敷中に轟く声で村の長を呼んだ。

「村長! 村長はいるか!」

「なんだ。セルド。大声なんか出して……聞こえておるわ」


 ゆっくりとした足取りであらわれたのは、この村の長を務めている老人――デュフォだった。彼は腰が曲がったよぼよぼの老人で、杖がなければ倒れてしまいそうなほどのか弱い外見だった。


 お付きの若者四人を引き連れて、村長はセルドが連れてきた不思議な少女を見た。

 セルドが村長に言う。

「こちらは客人だ。名前は――名前を教えてくれないか?」

「……プカと申します」

 少女――プカは、消え入りそうな声で自身の名を告げた。


「そうか。君の名前は、プカというのか。いい名だ」

 セルドが褒めると、少女は少しだけ顔を赤くして、うつむいてしまった。


 しかし――なんだろう。


 プカを見つめていると、胸がざわつくのだ。まるで、蛇に睨まれた蛙のように、言い知れぬ恐怖を感じるのだ……。


 セルドは首を振って、自身の内に沸いた感情を否定した。彼女はただの少女のはずだ。なんの害もないだろう。疑うなんて、失礼だ。


「ああ、お客人か。ようこそ。こんな辺鄙な村に。よく来なさった。しかし、今は時期が悪く……む?」

 村長がプカに顔を近づけ、凝視すると、それから気が触れたように騒ぎ出した。


「魔女だ! 魔女が来たぞ!」


 お付きの従者が村長を庇うように前に出て、騒ぎを聞きつけた村長の私兵二人が屋敷の中に入ってきて、鋭く尖った槍の先をプカへと突きつけた。

 それを受けたプカは「ひっ」と声を漏らし、後ずさりを始めた。……が、すぐに屋敷の壁へと追い詰められてしまった。


 セルドは慌てて、プカと私兵の間に割って入った。


「ちょっと待ってください! 彼女は丸腰だ! なぜ、そこまで追い詰めるのです!」

「そこを退きなさいセルドよ。お前は魔女の恐ろしさを知らぬから、そのような行動を取れるのだ」

「まずは、確認が先決です。彼女が魔女であるという証拠を」

「……直感だ。お前も感じただろう。彼女と相対したときの『嫌な感じ』を」

「……証拠とするには弱すぎる根拠かと」

 プカは怯えているが、セルドの大きな背中が、まるで盾のように彼女を守っている。

 セルドが彼女を見る。

 プカは、両手で自分を抱き、唇をきつく結んでうつむいていた。


 胸がざわつく……。

 が、しかし、本当に……彼女は恐ろしい存在なのだろうか?

 ……わからない……。

 だが。


 セルドにはやるべきことがわかっていた。


「村長。ここは私が責任を取ります。どうか、この子を預からせてもらえないでしょうか?」


 村長は痰が絡んだような低い唸り声を長い間続けたかと思うと、ふいに、がくりと、その場で膝から崩れ落ちた。

 従者が慌てて村長の無事を確認する。……彼も、もう先は長くないだろう。


「もし、魔女を村に引き入れたとすれば、この村は終わりだ。もっとも、魔女に目をつけられた時点で、この村は終わりだったのかもしれん……女神トーラは残酷だな。信仰心など、なんの役にも立たぬではないか」

「村長……」

 独り言のように恨み言をつぶやき続ける村長は、普段、村の子どもたちを可愛がり、大人たちに知恵を授ける、皆に愛される長の姿からは到底想像がつかぬ取り乱した姿であった。


 長の変わりようにセルドが閉口していると、長老は彼に問いかけた。


「魔女は拷問にかけて必要な情報を吐き出させなければならない。セルド、お前にそれができるか?」

「拷問なんて、とんでもない! こうして、普通に話をするだけで十分です!」

 セルドが言った。


「さあ、プカ。君がなんの魔女か教えてくれ。それが、君を救うきっかけになるんだよ」

「えっと、その……」

 拷問という言葉に明らかに怯え、自身の秘密ともいえる支配する事象の名前を明らかにしても良いものか、魔女は悩んでいるようだ。


 セルドが急かす。

「さあ、村長が強引な手段に出ないうちに……早く!」


「あの……私は、雨の魔女です」


 村長を中心にどよめきが起こった。無理もない。この村は、今、重大な問題を抱えている。それは大旱だ。ここ数ヶ月はもう全く雨が降らず、家畜は死に絶え、村の飲み水も残り僅かとなっていた。現状を見かねて村から脱出する者も少なくなかった。


 住む土地を変えるのか、ここに残り解決の糸口を見つけるのか、重大な決断を迫られた現村長は、その判断ができず、じわじわと、村ごと死に向かって進んでいたのである。


 そこに、雨の魔女の登場だ。これはもう、女神トーラからの使いとしか思えない。村長は目を爛爛と輝かせて魔女に命令した。


「ならば、この地に雨を降らせてみよ! そうすれば、お前の居住権を認めよう! ここに住み、好きに暮らすがよい!」


「村長!? 魔女にそこまで認めるのは……」

 お付きの者が控えめに口を挟んだが、村長はそれを手で制し、彼を黙らせた。


「……失礼いたします」


 雨の魔女、プカは、外に出ると頭巾を取った。

 サファイアブルーの瞳をぱっちりと開けて、空を仰ぎ見て、藍色の髪が風に揺られて舞い上がった。

 魔女が大きく息を吸った。


「――!」


 両手を掲げて、プカの詠唱が始まる。それは唄のようで、透き通る声で村中に声を届けた。

 作業中の村人も、遊んでいた子どもたちも、何事かと手を止めて、唄をじっと聞き入った。三分ほどで詠唱を終えると、プカは恐る恐るといった具合で、村長たちを見た。


 すると、不思議なことが起こった。


 見る見るうちに分厚い黒雲が太陽を隠し、どんよりとした空が一面に広がる。そして、ぽつり、とセルドの手の甲に水の粒が一滴垂れて、やがてそれは、ぽつぽつと音を立てて雨が降り始めたのだ。


「雨だ!」


 村の誰かが言った。


「ああ、女神トーラよ。奇跡は本当に起こるものなのだな」


 村長は全身に雨を浴びながら、安堵のあまり泣きたいような気持ちに襲われた。幸い、雨が降っていたことで、涙を見られることは誰にもなかった。


 ざあざあと激しい音を立てて雨が降っている――。


 巨大な蓮の葉を使った雨傘を用いて、セルドがプカに居住地を案内する。


「村人が何人もこの不毛の土地と化していた村から逃げてしまってね。空きはあるんだ。これも女神トーラのお導きかもしれないね」

「あはは……」

 魔女にとって、女神は天敵だ。そのことを知らず、無邪気に喜ぶセルドに、プカは曖昧に笑って返した。

 プカが家の中に入る。


「ほら、これを受け取ってくれ」


 と言われて、プカが袋を受け取ると、そこには少なくない量の通貨が入っていた。


「そんな! 悪いですよ! それに、私たち魔女は、飲まず食わずでも生きていけますから!」

「いいんだ。この村は死に瀕していた。それを救ってくれたのが君だ。君には、返しきれないほどの恩がある。これは村の皆が持ち寄って集めたお金なんだ」

「そんな……私には重すぎます……」

 なおも返そうとするプカの手を優しく押し戻すと、セルドが言った。


「これからは、僕の責任で君をこの村で預かることになる。相談したいことがあったら、なんでも言ってくれ」

「……はい」

 セルドのその言葉に、プカの瞳に希望の灯がともった。


 セルドがためらいなく手を差し出した。

 プカは顔をほころばせ、そっと手を取った。


「これから、よろしくお願いします」


 ◇


 それからというもの、この地は定期的に雨季が訪れる豊穣な土地となった。もう以前のような、乾燥した不毛の大地ではなくなったのだ。村人も次第に増え、それを治めるセルドという聡明な長の元で、人々は平和に暮らしたのであった。



終わり


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