ミリア様に聖水をかけないで!
そこらへんのスライム
私はスライムだ。名前? そんなものはない。少なくとも、つい最近まではただの「スライムその1」だった。森の奥、湿った洞窟の片隅で、ぼんやりと存在していただけの私。意思を持つなんて、普通のスライムにはありえないことだ。なのに、なぜか私は「考える」ことができる。どうして? さあ、知らない。たぶん、魔力の濃い場所で生まれたせいか、はたまた神々の気まぐれか。
その日、私はいつものように洞窟の苔をむしゃむしゃ食べていた。すると、突然、ガサガサと音がして、血まみれの女性が洞窟に倒れ込んできた。白いローブに金髪、透き通るような肌。まるで絵画から抜け出したような美人だったけど、胸には深い傷。明らかに致命傷だ。
「うっ…くそっ、野党め…」彼女は呻きながら、力尽きたように動かなくなった。
私はビビった。だって、スライムだぞ? こんなドラマチックな場面に出くわすなんて、想定外すぎる! でも、彼女の目を見たら、なんだか放っておけなかった。彼女の体から光が漏れ出し、私の体に吸い込まれるような感覚があった。次の瞬間、頭の中に声が響いた。
「お願い…私の使命を…続けて…」
え、なに? 使命? 私、スライムなんですけど!? でも、彼女の体は光の粒になって消え、洞窟には静寂が戻った。私は呆然としながら、彼女が落としたローブを触手(?)でつついてみた。すると、ビリッと電撃のような感覚が走り、私の体が勝手に動いた。みるみるうちに私のゼリーみたいな体は人間の形に変わり、気づけば金髪の美女に変身していた。
「うわっ!? な、なんだこれ!?」
鏡はないけど、近くの水たまりに映った姿は、まさにさっきの女性そのもの。聖女ミリアと呼ばれていた彼女だ。私は彼女の記憶の一部を受け継いでいた。ミリアは王国で「聖女」として崇められ、癒しの力で人々を救ってきた。でも、野党の襲撃に遭い、命を落としたらしい。野党…名前はわからないけど、ミリアを裏切った人間たちの集団だ。
「よし、わかった。とりあえず、この姿で外に出てみるか」
問題は、私がスライムだということ。人間の姿を保つのは、めっちゃ集中力が必要だった。ちょっと気を抜くと、腕がドロッと溶けたり、足がグニャッと崩れたりする。しかも、ミリアの記憶によると、彼女はすぐ近くの村で「聖水の儀式」なるものを執り行う予定だったらしい。儀式って何!? スライムにそんな大役、務まるわけないじゃん!
でも、もし私がここでミリアの死を放置したら、村人に「スライムが聖女を殺した!」と誤解されるかもしれない。スライム=即殺されコースは避けたい。こうして、私は聖女ミリアとして生きることを決意した。…いや、決意させられた、と言ったほうが正しいか。
聖女の仮面
村に着いた瞬間、歓声が上がった。
「ミリア様! お待ちしておりました!」
村人たちが一斉に跪く。うわ、めっちゃ注目されてる! 私は内心パニックになりながら、ミリアの記憶を頼りに微笑んで手を振った。笑顔、笑顔…よし、なんとか人間っぽい!
「え、えっと、皆さん、ごきげんよう! さ、さあ、儀式を始めましょう!」
言葉遣い、合ってるかな? ミリアの記憶は断片的で、細かいマナーまではわからない。村人たちは特に疑う様子もなく、広場の中央に設けられた祭壇に私を案内した。そこには、でっかい水晶の器に満たされた透明な液体が置かれていた。…これが聖水?
「ミリア様、聖水を村人たちに振りかけてください。病や災いを祓う、聖なる儀式です」
村長らしきおじさんが説明してくる。ふむふむ、なるほど。聖水をパシャパシャかけるだけなら、簡単…じゃ、ない!? 待てよ、聖水って、なんかスライムにヤバいんじゃなかったっけ!? 記憶の片隅で、聖水=スライム溶解のイメージがちらつく。うわ、マジか!?
「ミ、ミリア様? どうかされましたか?」
村長が怪訝な顔をする。まずい、まずい! ここでビビってたらバレる! 私は急いで水晶の器に手を伸ばし、聖水を指先で触ってみた。…う、うおっ!? チリッと軽い痛みが走ったけど、溶けるほどじゃない。どうやら、ミリアの姿を保ってる限りはギリセーフらしい。よ、よかった…。
「さあ、始めますよ!」
私は聖水を手にすくい、村人たちに振りかけた。パシャパシャ。村人たちは感激したように頭を下げ、「ミリア様、ありがとう!」と叫ぶ。ふふ、意外とイケるじゃん! でも、気を抜いた瞬間、指先がグニャッとゼリー状に崩れた。
「ひっ!?」
慌てて手を後ろに隠す。村人の一人が不思議そうに首をかしげた。
「ミリア様、手が…何か光ったように見えましたが?」
「え、気のせいですよ! ほら、聖なる輝き! ハハハ!」
必死に誤魔化しながら、内心冷や汗(スライムに汗はないけど)。なんとか儀式を終え、村人たちから感謝の品(主に食べ物。スライム的にラッキー!)を受け取り、村を後にした。ふう、初陣はなんとかクリア。だけど、この先どうするんだ、私?
野党の影
ミリアの記憶を頼りに、私は王都へ向かった。ミリアはそこで聖女としての活動をしていたし、野党の情報も得られるかもしれない。道中、森で魔物に襲われたり、川でうっかり体が半分溶けたり(水流が強すぎた!)、なかなかハードな旅だったけど、なんとか王都に到着。
王都はでかい。石造りの建物が立ち並び、人がごった返してる。ミリアの姿の私は、すぐに注目の的になった。
「聖女ミリア様! ご無事でよかった!」
神殿の司祭たちが駆け寄ってくる。どうやら、ミリアが野党に襲われたことは、まだ知られていないらしい。私は適当に「ちょっと旅に出てました」と誤魔化し、神殿に案内された。
神殿の中は豪華絢爛。ステンドグラスから光が差し込み、まるで別世界だ。でも、私の目的はくつろぐことじゃない。ミリアを殺した野党を見つけること。司祭たちにそれとなく聞いてみた。
「最近、怪しい動きをする輩はいませんか? 野党とか…」
司祭の一人が顔を曇らせた。「実は、最近、裏で不穏な動きがあると噂されています。貴族の中にも、聖女様の力を疎ましく思う者が…」
おお、情報キター! でも、具体的な名前は出てこない。むむ、こりゃ地道に探すしかないか。とりあえず、ミリアの日常をこなしながら、情報を集めることにした。
聖女の仕事は忙しい。朝から晩まで、病人を癒したり、儀式をしたり、貴族の相手をしたり。人間の姿を保つだけで精一杯なのに、こんな多忙なスケジュール、頭おかしくなりそう! しかも、ミリアの記憶によると、彼女はめっちゃ真面目で優等生タイプ。私の適当な性格じゃ、キャラ崩壊がバレそうでヒヤヒヤだ。
聖水の危機
そんなある日、最大のピンチが訪れた。神殿で年に一度の「大聖水の儀式」が開催されることになったのだ。この儀式、聖女が全身で聖水をかぶり、魔を祓うっていう超重要なイベントらしい。全身で!? 聖水!? やばい、絶対溶けるじゃん!
「ミ、ミリア様、準備はよろしいですか?」
司祭がニコニコしながら巨大な水晶の桶を指差す。そこには、キラキラ輝く聖水がたっぷり。見てるだけで体が縮こまる思いだ。
「え、えっと、ちょっと待って! 私、今日ちょっと体調が…」
「まさか、聖女様が儀式を拒むなんて! 民が失望しますよ!」
うっ、プレッシャー! 仕方なく、私は震える足で祭壇に立った。村人や貴族たちが集まり、期待の目で見つめてくる。逃げ場なし。やるしかない。
「ひぃ…溶けないで、私の体!」
聖水がドバーッと頭から降り注いだ瞬間、全身がチリチリと焼けるような痛みに襲われた。
「うわああ! 溶ける! 溶けるよぉ!」
…って、心の中で叫びながら、なんとか耐えた。ミリアの姿を保つために、全神経を集中。すると、聖水の効果が弱まるのを感じた。どうやら、ミリアの聖なる力が私のスライム体を保護してくれてるみたい。よ、よかった…!
でも、油断した瞬間、足元がグニャッと崩れた。ギャッ! 慌てて足を固め直すけど、貴族の一人が怪訝な顔でこっちを見てる。
「聖女様、足が…何か変な動きを…」
「え、気のせい! 聖なるダンスですよ!」
即興で謎のダンスを踊って誤魔化す私。貴族たちは「さすが聖女様、神秘的だ!」と拍手してくれたけど、内心は心臓バクバク(スライムに心臓はないけど)。なんとか儀式を終え、控室に逃げ込んだ私は、ドロドロに崩れてグッタリした。
「もう…聖女、辞めたい…」
野党の正体
そんなドタバタを繰り返しながら、私は少しずつ野党の手がかりを掴んでいった。神殿の裏でこそこそ話す貴族、怪しい手紙、夜中に神殿を出入りする影…。どうやら、ミリアを殺したのは、貴族の一派と結託した野党らしい。彼らはミリアの力を恐れ、王国の支配を握るために彼女を排除したのだ。
ある夜、私はミリアの姿で貴族の屋敷に潜入した。スライムの体は便利だ。隙間からスルッと入り、壁に張り付いて盗み聞き。ついに、野党のリーダーらしき男の名前を聞き出した。ガルドン男爵。こいつがミリアを裏切った黒幕だ!
「ふふ、聖女の力はもうない。次は王を…」
ガルドンの言葉を聞いて、怒りが湧いてきた。ミリアの記憶がフラッシュバックし、彼女の優しさや使命感が胸に響く。私はスライムだけど、ミリアの心を継いでる。こいつら、絶対許さない!
聖女の逆襲
ガルドン男爵を追い詰めるため、私は大胆な計画を立てた。神殿で大規模な「癒しの儀式」を開催し、貴族たちを一堂に集める。そこで、ガルドンの罪を暴くのだ。問題は、私のスライム体がどこまで持つか…。
儀式当日、広間に貴族たちがズラリ。ガルドンはニヤニヤしながら最前列に座ってる。私はミリアの姿で堂々と演説を始めた。
「皆さん! 聖女として、真実を明らかにします! ミリアを殺したのは、ガルドン男爵です!」
ざわつく会場。ガルドンは顔色を変え、「何だ!? 証拠もないのに!」と叫ぶ。でも、私はミリアの記憶と盗み聞きした情報を元に、ガルドンの裏取引を次々暴露。貴族たちも動揺し始め、ガルドンは追い詰められていく。
「くそっ、聖女め!」
ガルドンが剣を抜き、私に襲いかかってきた。その瞬間、ついに私の体が限界に達し、ドロッとスライムの姿に戻ってしまった。
「ひゃああ!? スライム!?」
会場は大パニック。でも、私はスライムの力をフル活用。触手を伸ばしてガルドンの剣を奪い、彼をグニャグニャに絡め取った。
「これが…聖女の裁きだ!」
…って、ちょっとカッコつけてみた。結局、ガルドンは衛兵に捕まり、野党の仲間も次々逮捕された。私はスライムの姿をなんとかミリアに戻し、「聖女の奇跡」と称賛されながらその場を乗り切った。
スライムの聖女
ガルドンたちが裁かれ、王都は平和を取り戻した。私は聖女ミリアとして活動を続けつつ、時々森に帰ってスライムらしい生活を楽しんでる。聖水の儀式は相変わらず苦手だけど、なんとか慣れてきた(溶けないコツを掴んだ!)。
ミリアの使命を継いだ私は、今日もドタバタしながら人々を救ってる。スライムだけど、聖女の心はちゃんと持ってるよ。たぶん、これからもこの二重生活、続けていくんだろうな。
「さて、今日も聖女、頑張るか!」