第8話 ──白き記憶と、“命を懸けた”選択
「……澪」
グラディウスの叫びは、神殿に響き渡った。
澪の身体は地に伏し、黄金の光が淡く揺れている。
だが、その光はどこか儚く、まるで“炎が消える寸前”のようだった。
その姿は――三百年前、あの日に見た“ユリアの最期”と、あまりにも重なっていた。
「違う……今度は、違う……!」
魔王は澪の身体を抱きかかえ、魔力を込めて治癒の術を施す。
だが、神の加護による代償は“肉体”の治癒を拒む。
それは“命”を直接削る行為だった。
「動くな! もう力を使うな、澪……!」
「……っ……ごめん……でも……」
薄く目を開いた澪は、かすかな笑みを浮かべた。
「あなたを……守りたかったの……。
この世界も、私の“居場所”も……」
グラディウスの喉が震える。
「なぜ……どうして……」
「あなたが悲しい顔するの、嫌だったから……」
澪の手が、震える指先で、彼の頬に触れる。
「私はね……“契約のため”なんかじゃなくて、あなたと一緒にいたかった。
あの日、はじめて名前を呼んでくれた時から……少しずつ、あなたに惹かれてた」
それは、もう後戻りのきかない、
一人の少女が捧げた“愛”の告白だった。
「やめろ……そんな顔で……」
魔王はかつてないほど動揺していた。
戦場でも、滅びの予言を前にしても揺らがなかった彼が――
いま、ただ一人の少女のために、声を震わせていた。
「俺は……お前を“道具”として選んだ。
契約を結び、加護を利用するためだけに……お前を巻き込んだんだ」
「……でも、それでもよかった。
あなたが変わっていく姿を見て、私のことを、ちゃんと“花嫁”として呼んでくれて――」
澪の指が、そっと彼の胸元の装飾を掴む。
「私は、この世界で“あなたに必要とされた”ことが……嬉しかったんだよ」
その瞬間――
グラディウスの瞳から、ひとしずくの涙が零れた。
「……俺の負けだ」
言葉は、ひどく静かで――けれど、決意に満ちていた。
「澪。
お前を救う方法が“存在しない”なら――俺が創る。
神だろうと、運命だろうと、貴様を奪わせはしない」
魔王の魔力が、激しくうねる。
その力は、怒りでも、絶望でもない。
希望を選ぶ覚悟の魔力だった。
「俺は、お前と生きたい。
契約のためでも、世界のためでもない――
お前がこの世界に笑っていてくれるだけで、俺は、それでいい」
「……グラディウス様……」
その言葉は、確かに澪の命に届いた。
澪の身体が、微かに温かくなる。
彼女の指輪――魔王との契約の証が、優しく光る。
そして、石碑の前に立っていた“神殿の封印”が静かに開き、神の声が響いた。
『――問いかけに答えよ。汝が望むは、世界の平穏か、たった一人の命か』
その声は、確かに試していた。
“選ばれし魔王”に、選択を迫っていた。
だが――彼の答えは、迷いなく。
「世界も、命も、両方だ。
お前が“片方しか選べぬ”というなら――俺が、第三の道を示す!」
その瞬間、神殿に響き渡る閃光。
澪の胸元に眠っていた“第二の契約刻印”が発動し、
彼女の命が、光とともに再構築されていく。
それは――かつて誰にも到達できなかった、“共存の奇跡”。
彼女の命は消えず、神の加護も保たれたまま――
世界の滅びを止めうる“真なる契約”が、今ここに誕生した。
◇ ◇ ◇
「……私、まだ生きてる……?」
目を開けた澪の視界に、赤い瞳の魔王がいた。
「遅くなったな、澪」
その声には、もう“冷たさ”も“仮面”もなかった。
ただ一人の“夫”として、愛する人に語りかける声だった。
「これからは、俺と共に――この世界を生きよう」
澪は、涙をこらえきれず、彼に抱きついた。
ただの契約で始まった関係が、今――本物の愛になった。
──第9話へ続く。
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