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【外伝3話】 『教科書に載った、知らない“わたし”』


 それは、なんでもない一日の、なんでもない五時間目だった。


 春野澪は、世界史の教室の隅に座り、眠気と闘いながら配布された副教材をめくっていた。


 先生が説明しているのは、「仮説と記録の狭間――未解明の文化事象」という章。


 現実の歴史資料では解き明かされない“空白”や“伝承”に対して、近年ではフィクションと現実の境界線すら揺らいでいる──


 そんな趣旨だったと思う。


 けれど、そのページをめくった瞬間――


 息が止まった。


 


 > 『白き継承者アリアと、異界から現れし来訪者──春野澪』

 >

 > 歴史的記録において、“異界の少女・澪”は王国ルヴィエールの王位継承危機を救い、

 > 後に双子の王子と王女の名付け親となったともされる。

 >

 > 一部文献には彼女の名が、“春野澪”とフルネームで記載されている。


 


 ――現実の、私の名前が。


 


 ありえない。


 けれど、そこに書かれているのは、紛れもない自分のフルネーム。


 春野澪という文字を、見間違えるはずがない。


 ページを握る指先が震えた。


 


 「え……これ、澪の名前じゃん!」


 近くの席の男子が、軽く笑いながら言った。


 「すげー偶然じゃね? 同姓同名とかさ」


 


 「まさか本人じゃねーだろうな〜? 異世界から来ました〜とか言ったらウケる」


 「春野って名字、けっこう珍しいよね? “澪”って名前もおしゃれだし……」


 


 クラスの視線が澪に集まる。


 でも、澪は言葉が出なかった。


 胸の奥がざわついて、喉が締めつけられるようで。


 


 「春野、どうかしたか?」


 先生が心配そうに声をかけてくる。


 


 「い、いえ……ちょっと、似てる名前だったので……」


 震える声で、そう答えるのが精一杯だった。


 誰も本気にはしなかった。


 けれど、澪だけは知っていた。


 “あれは偶然じゃない”。


 


 ページの最後に、こう記されていた。


 > “春野澪という少女の存在は、複数の記録に登場するが、その出自はいまだ不明。

 > ただ、王国ルヴィエールの歴史において、その名は“帰還者”として刻まれている”


 


 “帰還者”。


 


 あの時、交差点で見た光。

 異世界での記憶が断片的に蘇る。


 リアム。フィリア。王国兵。魔王の娘。双子の赤ん坊。


 あの国で、私は――確かに、誰かを救った。


 


 そして今、この世界に“戻ってきた”。


 その証が、教科書のページにあった。



 授業が終わったあと、澪はひとり、屋上にいた。


 遠くで風が吹いている。


 彼女は呟いた。


 


 「やっぱり、私……夢じゃなかったんだ」


 


 思い出せなくてもいい。


 けれど、“証明”されていたことが、ただ嬉しかった。


 私という存在が、あの世界で確かに“生きた”。


 その記録が、歴史になっていた。



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

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