第6話 ──揺れる心、仮面の魔王と“夫婦”の意味
あの夜の戦いのあと、澪は三日間眠り続けた。
魔王城の医師たちの診断によれば、「神の加護が急激に目覚めたことによる反動」だという。
それは、まるで命そのものを燃やしたかのような代償だった。
◇ ◇ ◇
――三日目の朝。
澪が目を覚ましたとき、最初に目に入ったのは天井ではなかった。
魔王・グラディウスの寝顔だった。
「……っ!?」
驚いて跳ね起きそうになった身体を、すんでのところでこらえる。
近い。とても近い。
椅子に座ったまま、顔を伏せるようにして、彼はベッドの傍でうたた寝していた。
(うそ……ずっと、ついてくれてたの……?)
魔王として冷酷に振る舞い、花嫁であるはずの澪とも距離をとっていた彼が。
誰よりも真っ先に、誰よりも近くで彼女を見守っていた。
その事実に、胸があたたかくなっていく。
「……グラディウス様」
小さな声で呼ぶと、彼はゆっくりと目を開けた。
赤い瞳が、焦点を結び、澪の顔をとらえる。
「……目覚めたか」
「うん。ごめんね、心配かけて……」
グラディウスは黙って立ち上がり、ベッドのそばに近づいた。
しばらく無言のまま、じっと澪を見つめたあと――
「お前が……死ぬかと思った」
「え……?」
その声には、かすかに震えがあった。
「この手に、お前の力が必要だった。
だから契約した。それは事実だ。だが……」
その続きを、彼は言葉にできず、澪の手をそっと握った。
「……怖かった」
それは、魔王としての顔ではなかった。
たった一人の命を想って泣きそうになる、一人の男の、素顔。
澪の心に、熱い何かが流れ込んだ。
この人は、“魔王”という仮面の奥に、誰にも知られていない想いを抱えて生きてきたのだ。
「ありがとう、守ってくれて。
でも……次は、私もちゃんと、あなたを守るから」
微笑みながらそう言った澪に、グラディウスは静かに問う。
「……お前は、なぜそこまでこの世界に関わろうとする?
元の世界に帰る望みすら、今は持っていないのか?」
「……正直、今も夢みたいで、ふとした拍子に目が覚めるんじゃないかって思ってる。
でも、ここで生きてる“私”がいる。
あなたがいて、みんながいて、私の力を必要としてくれてる」
だから、と澪は言う。
「ここで“私の居場所”を見つけたい。
ただの契約じゃなくて――“夫婦”として、ちゃんと向き合いたいんだ」
その言葉は、確かにグラディウスの心を揺らした。
彼は一歩だけ距離を詰めて、言った。
「……その想いが、いつか重荷にならぬことを祈る」
「……それ、すごくずるい言い方だよ」
「分かっている」
だが、表情のどこかに、かすかな“照れ”が滲んでいた。
それは“魔王様”ではなく、
ただのひとりの“夫”としての姿だった。
◇ ◇ ◇
澪が回復したその夜。
王城では、緊急の会議が開かれていた。
「“黒の教団”が動き始めました。今後、我々への直接的な攻撃が増す可能性があります」
「グラディウス様、対抗するには“神の加護”をもつ姫の力が不可欠です」
重臣たちは焦燥を隠せず、澪の能力を重要視している。
だが、魔王は――その声を遮るように、静かに言った。
「彼女を“兵器”のように扱うことは、今後一切許さぬ。
澪はこの世界に与えられた“希望”であり、我が正妻だ。敬意を持って接しろ」
場が静まり返る。
誰もが――その言葉が、かつての魔王からは考えられない発言であることを理解していた。
けれどそれは、確かな“変化”の証だった。
◇ ◇ ◇
その夜。澪の寝室に、また彼が訪れた。
「明日、お前に“神殿の奥”を見せる。
そこで、予言に記された“本当の使命”を明かす」
「……本当の使命?」
「ああ。お前がこの世界に“嫁いできた”本当の理由が、そこにある」
グラディウスは、迷うように視線を落とし――そして一言。
「……澪。お前が、このまま俺の隣にいてくれることを、願っている」
それは、初めて彼の口から零れた、
“魔王”ではない、“一人の夫”としての――本音だった。
──第7話へ続く。
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