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【外伝2話】 『思い出せないのに、涙が出るのはなぜ』


 家に帰る道すがら、春野澪はずっと、胸の奥にチクリと刺さる違和感を抱えていた。


 本に書かれていた“澪”という少女。

 彼女が導いた王と妃――“リアムとフィリア”。

 そして、“異界からの来訪者”という呼び名。


 何もかも、まるで作り話のようで、でも……心がざわめいた。


 頭では信じられなくても、涙が、自然にこぼれ落ちていた。


 「思い出せないのに……」


 澪はつぶやいた。


 「なんで、こんなに……さみしいの?」



 日々の生活は変わらない。


 朝起きて、制服に袖を通し、電車に揺られて、教室へ向かう。


 でも、ほんの一瞬の隙に、現実の輪郭がぼやけてしまうことがある。


 たとえば、昼休みにクラスメートの笑い声を聞きながら、ふと目を閉じたとき。


 たとえば、風の匂いに混じって“焦げた木の香り”を感じたとき。


 たとえば、ペン先が紙を走る音が、どこか“剣を研ぐ音”に似て聞こえたとき。


 何かを思い出しそうになる。


 けれど、いつもそこで終わる。



 「……いたはずなんだよね。私にとって、大切な……誰かが」


 そう母に言った夜があった。


 母は、そっと澪の頭を撫でて言った。


 「あなた、事故のあと……目を覚まさなくて、医者に“戻ってこないかもしれません”って言われたのよ」


 「……うん、聞いた」


 「でもね、不思議だったの。“戻ってきた”その日、あなた……涙を流しながら、“ありがとう”って、何度も言ってたのよ」


 澪は言葉を失った。


 涙の意味は、今もわからない。


 でも、確かに“ありがとう”と伝えたかった誰かがいた。



 眠れない夜。


 澪は、そっとノートを開いて書きつけた。


 ──リアム

 ──フィリア

 ──王国兵

 ──子どもたち

 ──アリア


 名前だけが、浮かぶ。


 でも、それだけでもう十分だった。


 自分の心の奥底が、彼らを大切に思っていると知れたから。



 ふと、携帯のライトを消すと、天井にうっすらと残る白い模様が揺れて見えた。


 それは、あの時見た“光”にどこか似ていて――


 澪は、目を閉じてつぶやいた。


 「……おやすみ。そっちの世界にいる、私の大切な人たちへ」



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