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第4話 ──魔王の過去と、封じられた予言


 澪が神の加護を示してから三日。


 魔王城の空気は、静かに、しかし確実に変わり始めていた。


「奥様、今日は講義の時間となります。世界の歴史と、魔王領の統治制度についてお学びくださいませ」


「……うん、分かった。ありがとう」


 魔王の花嫁となった澪は、毎日王城内の学者や魔導士たちから、世界の知識や魔力理論を学ぶ生活を送っていた。


 授業は難解だったが、澪は真剣だった。


 ここで、何かの役に立ちたい――

 あの“加護の光”を見て、皆が希望の目を向けてくれたことが、心に残っていた。


 そして何より――


(魔王様、私のこと、少しは……見直してくれたのかな)


 それだけが、ちょっとした励みになっていた。


 初日は「話しかけるな」と突き放していた彼も、澪の加護を見て以降、時折短く声をかけてくれるようになっていた。


 無表情のまま、「体調はどうだ」「無理はするな」などと口にするその姿に、澪は何とも言えない温度を感じていた。


 ツンデレって、こういうのを言うのかな――と、思わなくもない。


 


 ◇ ◇ ◇


 


 その日の夜。


 講義を終え、自室に戻った澪の前に、突然“本人”が現れた。


「……!」


「驚くな。……用があって来た」


「え、う、うん……どうぞ……」


 こんな時間に、彼が自室に来るなんて。


 澪の心臓は、どくんどくんと速くなっていく。


 だがグラディウスは、いつもの調子で淡々と話し出した。


「お前の中に宿る“奇跡の加護”について、いくつか……話すべきことがある」


「話す……こと?」


「――かつて、この世界には“白き花嫁”と呼ばれる巫女が存在した」


「白き花嫁……?」


「神の声を聞き、天の加護を受けて、世界を破滅から救った存在だ。

その力は数百年に一度、異世界から訪れる者に受け継がれる――とされている」


 澪の胸が、きゅっと締めつけられた。


「……それって、私……?」


「おそらく、そうだ。

あの水晶が“白き契約”の証を発したのは、数百年ぶりだ」


 グラディウスは静かに目を閉じる。


「そしてもうひとつ。

白き花嫁は、神と契約することで“滅びの予言”を覆す存在になると伝えられている」


「滅びの……予言?」


 グラディウスの瞳が、かすかに揺れた。


 まるで、長年押し込めてきた過去を口にするように――


「この世界は、近いうちに崩壊する」


「……!」


「大地は割れ、空は裂け、魔の獣が全土を喰らう。

それを止められるのは、唯一“神に選ばれし花嫁”だけだと」


 予言。それは未来の確定事項のように、重く、冷たい響きだった。


「俺は……それを止めるために、王であり続けてきた。

支配し、均衡を守り、誰にも心を開かず、感情を殺し――」


「……」


「だが……お前と契約したあの日から、俺の中で何かが変わった」


 赤い瞳が、澪をまっすぐに見つめる。


「正直に言おう。

お前に神の加護が宿っていなければ――即座に契約を破棄するつもりだった。

だが……お前が“本物”だったことで、俺は、迷い始めた」


「……迷い?」


「これは……“ただの契約”では済まないのではないか、と」


 そう呟いた彼の顔には、初めて感情の揺らぎが宿っていた。


「俺は……世界を救うために、お前を選んだ。

だが――お前を、守りたくなったのは……理由が違う」


 その言葉は、まるで恋の始まりのように、澪の胸を打った。


「魔王様……」


 澪は、ふと彼に手を伸ばしそうになった――そのとき。


 突然、部屋の空気が一変した。


「……ッ、これは……魔力の揺れ……?」


 グラディウスが立ち上がる。


「城の結界が、破られた。侵入者だ――!」


「え……!」


 澪は思わず彼の腕を掴んだ。


「私も……行く!」


「馬鹿を言うな。お前は――」


「この力が、世界を救うためのものなら。……使いたい。

誰かを助けるために、私、ここに来たんでしょ?」


 そう言った彼女の瞳を、グラディウスは数秒、じっと見つめ――


 静かに頷いた。


「分かった。俺の後ろを、絶対に離れるな」


「……うん!」


 こうして、“契約だけの夫婦”だったはずの二人は――

この日、初めて“共に戦う”という選択をした。


 世界の命運を背負うその背中に、まだ確かな絆はない。

だが、それは確かに――恋の始まりだった。


 


──第5話へ続く。



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