第2話 ──魔王城と、冷たい旦那様
「こちらが、今宵から奥様の寝室となります」
広すぎる扉が、静かに開かれた。
澪が通されたのは、高級ホテルのスイートルームのような部屋だった。天井には星のように光る宝石が埋め込まれ、ベッドは大人三人が寝転んでも余裕がある広さ。シルクのカーテンと金の装飾が、非現実感を際立たせていた。
「こ、これ……お姫様の部屋じゃん……」
思わずぽつりと呟いた澪に、隣のメイド服の女性が微笑んだ。
「ええ。魔王様の花嫁様なのですから」
「花嫁様」。その響きがどうにも落ち着かない。
さっきの結婚式めいた儀式も夢のようで、現実味がまるでない。
「……本当に、私……結婚しちゃったんだ」
目の前の鏡に映る自分は、確かに制服姿のまま、異世界に迷い込んだただの高校生だった。
でも、指には確かに銀の指輪がはめられている。
契約の証。魔王の“伴侶”である印。
「奥様、魔王様からの伝言を預かっております」
「えっ?」
メイドが淡々と口にした。
「“必要なものは何でも与える。だが干渉はしない。こちらに関わるな”――とのことです」
「…………は?」
言葉の意味が分かるのに、理解が追いつかない。
魔王様って、あの赤い目のイケメンでしょ?
あれだけ“花嫁になれ”って強引にプロポーズしてきたのに――
関わるな?
「えっ、あの……結婚したんですよね、私たち? 関わらないって、どういう……」
「政略上の“契約”だということです。これ以上は……私たちにも分かりかねます」
冷たい対応。でも、それは彼女のせいではない。
ただ、グラディウスという“夫”が、そういう人間(?)なのだ。
――交際0日婚、どころか、会話0日婚じゃん。
「……分かりました。ありがとう」
精一杯の微笑みで答え、澪は一人きりの部屋に入った。
扉が閉まると、広すぎる空間にしんとした静けさが落ちる。
孤独。緊張。不安。そして、寂しさ。
彼女はベッドに腰掛け、小さく息を吐いた。
「……どうしよう、これから」
異世界。知らない土地。知らない文化。頼れる人も、帰る場所もない。
あるのは――冷たい魔王と、宙ぶらりんな“結婚”。
けれど、ふと指輪に触れたとき、不思議なあたたかさが伝わってきた。
体の奥から、光が滲むような感覚。
まるで、誰かに包まれているような――優しさ。
「神の加護」――そう、グラディウスは言っていた。
(……この力が、本当に“世界を救う鍵”なら)
自分にできることがあるなら、逃げたくない。
この世界で、生きる意味を見つけたい。
そう思ったとき、扉の向こうから声がした。
「……澪」
ドア越しに、低く深い声。あの――魔王の、声。
「あなたの……部屋ですか?」
戸惑いながら聞き返すと、彼はほんの一瞬だけ沈黙した。
「……いや。ここは、お前だけの場所だ。
我は……別の階に住まう。契約は交わした。だが、それ以上を望むな」
その声には、感情がなかった。
怒ってもいない、優しくもない。
ただ、遠ざけるような、どこか――悲しそうな、声だった。
「……分かりました。おやすみなさい、魔王様」
そう告げると、彼はそれきり何も言わず、立ち去っていった。
ドアの前に立ち尽くしたまま、澪は小さく呟く。
「……なんで、そんなに寂しそうな顔するの?」
その夜、澪は眠れなかった。
だけど、胸の奥では確かに、何かが始まろうとしていた。
――冷たい魔王と、世界の命運を握る花嫁の、“本物の愛”の物語が。
──第3話へ続く。
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