番外編①『卒業後の手紙──図書館に届いた“魔王様”からの便り』
これは澪が大学卒業後に図書館司書になった時のお話です。
春の光がやわらかに差し込む、朝の図書館。
澪は、静まり返った閲覧室で、一冊一冊丁寧に本を棚に戻していた。
市立図書館の司書となって一年目。
まだ慣れない部分もあったが、それでもこの空間は、心のどこかが安らぐ。
「……静かでいいな。今日も」
窓の外では、桜がゆらゆらと舞いはじめている。
そんな中、カウンターの奥にある“届出郵便棚”に、一通の封筒が差し込まれているのに気づいた。
「ん……? あれ、誰宛?」
職員用の配達ボックスに、差出人不明の一通。宛名は、確かにこう記されていた。
──“春野 澪 様”──
「えっ……?」
その瞬間、胸の奥がざわり、と音を立てた気がした。
見覚えのない字体。けれど、どこか懐かしさが胸を掠める。
指先がふるえながら、ゆっくりと封を切る。
便箋には、短く、それでも深く沁みる言葉が綴られていた。
⸻
“我が花嫁へ。
君が記録を継ぐ者として歩んでくれたこと、確かに届いた。
あの瞬間、君と出会えて良かった。
交際0日婚も──悪くなかった。
ありがとう。……君を、心から愛していたよ。
──魔王グラディウス”
⸻
澪の手が、便箋の上でそっと止まる。
胸に、風が吹き抜けたように空白が生まれる。
だけど、その空白は、どこかやさしく、あたたかかった。
「……もう、そんなの、ずるいよ……」
声が震える。頬を伝った涙が、指先を濡らす。
大学を卒業し、司書としての道を選んだのは、
あの世界で“記録”というものに出会ったから。
そして、誰かの人生を知り、残し、伝えることの尊さを知ったから。
彼と出会わなければ、こんな道を選ぶことはなかった。
──でも、今はもう、“記録”じゃない。
それは、“想い出”。
「……これは、誰にも渡せない。私と、あなたのだけの……永遠の秘密」
澪はそっと封筒に手紙を戻すと、館内の一番奥にある“非公開資料棚”の裏側に──
ひっそりと自分の記録ノートと共に、それをしまった。
図書館のどこかにある、けれど、誰も知らない場所。
彼女の“心の棚”。
そして、立ち去る前に、もう一度だけ小さく囁く。
「ありがとう、魔王様」
窓の外、桜が舞う中、微かに風が吹いた。
その風の中に、ふわりと聞こえた気がした。
──『記録は消えぬ。想いは、永遠だ』
「……ふふっ、最後まで、詩人みたい」
澪は笑う。小さく、でも確かに。
もう涙は、流れない。
それは、“終わり”ではなく、“継がれたもの”だから
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