命を燃やして
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
おー、つぶらやくん、だいぶ靴底すりへってないか? けっこう年季が入っているんだねえ、その靴。
晴れた日にはいいかもしれないが、雨とかが降っていると危なっかしいんじゃないかい? 濡れた路面では滑りやすくなるし、なおもすりへった靴を履き続けていると、足の変な部分に力がかかり、痛みを覚えるケースもあるとか。
思い切って処分してしまうのがいいのだろうけど、いつも自分の足を支えてくれてた相棒には違いない。別れるのに、名残惜しさを覚えることもあるだろう。
それが天寿をまっとうしたと思えるほど、使い古した実感があるならいい。
けれども、異様にくたびれるのが早いことがあれば、警戒するべきことかもしれないね。
僕が以前に友達から聞いた、不可解な話なんだけど耳に入れてみない?
友達が小さいころ、ひも靴よりもマジックテープの靴を好んで履いていたという。
ちょいと子供っぽいイメージがあるけれど、ひもを結ぶよりはお手軽。友達の履くものは貼り付けることのできる面積が広く、靴のきつさを簡単に調整できるものだったんだ。
その日も「おニュー」の靴をおろして、学校へ向かう友達。新しい靴を履いたとき、一番心地よさを覚えるのは、地面を踏みしめる靴底の感触。遠慮ない跳ね返し具合に、意気の良さというか、容易に譲らない頑固さというか、ゆるぎなさを覚えていたそうなんだ。
学校へ着いてからは、下駄箱の中。体育などで外へ出る機会以外は、下校際まで出番がなく閉じ込められたままのはず。
それがいざ、帰るときに履いて外へ出ると、違和感を覚えた。
滑りすぎる。この日は昼頃に小雨が降り、大々的な水たまりなどはできなかったが、地面を濡らすには十分。そこへ踏み出した友達は、昇降口の排水溝の蓋の上で、つい足を取られそうになったんだ。
かろうじて転倒を避け、体勢をととのえる友達。試しに、軽く片足をなんでもないところで踏もうとして、これもまた危うく前へ持っていかれそうになったという。
見ると、今朝がたまで存在した、深々とした靴のみぞたちはどこへやら。友達が目にしたのはもう何年も世話になり、履きつぶしたかのような、のっぺりとした靴底だったのだとか。
もしこのまま大きくしたのならば、スキー場のゲレンデにでもなるんじゃないかという、足の指の付け根からかかとにかけての、ゆるやかなカーブと起伏。それは友達が今朝に期待を寄せた、クレバスだらけの荒れ地にはほど遠い。
そのうえ、靴をどかしたところの下駄箱をよくよく見ると、湿り気をたっぷり含んだ黒い影ができており、へこみさえ見られたんだ。
――誰の仕業だ、こいつは!?
真っ先に疑うのは、他人のいたずら。
自然な消耗で、ここまでの惨事になるはずがない。だとすれば、自分を良く思わない何者かの仕業と考えるのが自然だ。
いまいましいが、この仕事ぶり。よっぽど上等なヤスリなりの工具を用いて、一分のスキもなくみぞを奪い去り、それでいて底を突き破るような真似をしていないのは見事といわざるを得ない。
なればこそ、これを成すことができるのは相応の技術なり根気なりを持つ誰かだ。この学校内という時間に縛られた環境の中、やるとしたら生徒にしても先生にしても大がかりな手間をかけているはずだ。
あるいは……学校の時間割にとらわれない、外部から侵入してきた誰かがひっそりと靴を奪って、この職人技を手掛けたのか。
友達は一度決めると、ケリがつくまで納得しない御仁。
新しい靴を用意した翌日、登校した友達は、トイレや保健室行きなどを怪しまれない程度に駆使して教室を離れては、時間の許す限り下駄箱を見張っていたのだという。
そもそも犯人が来る保障さえなく、あらゆる信用を失って得られるものとしては、釣り合いがとれない。
でも、このときの友達には強い確信があった。いや、自分の靴がああもいいようにされるとは絶対にただ事じゃないし、また来るはずという願望もあったか。
そして3コマ目のなかばで、友達はそれに出会ったんだ。
下駄箱を遠巻きに見ていたとき、唐突に聞こえてきたものがある。
がりがり……がりがり……。
木と硬いものがこすり合う音。やすりなどを想像していた友達にとっては、少々雑で低めな音に聞こえたが、何かが何かを傷つけている気配に違いない。
――仕掛けてきたな。
容易ならざる手段だとは、うすうす見当がついていた。
周囲をうかがってみても、犯人らしき姿は見当たらない。ならば、じかに近寄るしかない。
どこから見ているかもしれないヤツの視線を探りつつも、抜き足差し足忍び足。自らの下駄箱へ近づく友達。
がりがり! がりがり!
間違いない、自分の下駄箱からだ。でも、どうやって遠隔でいたずらを?
その考えが違うことに気づくのに、時間はかからない。靴が自らフタを開けて、飛び出してきたからだ。
胸で受け止めた友達だったが、服の胸部はたちまちちぎれ、肌へ達するや鋭い紙を滑らせたかのような痛みと出血が走った。
そのわずかな間、靴の裏は確かにチェーンソーを思わす速さで、自ら振動していたという。それが服や肌を大いに傷つけたのだと。
友達の下駄箱の底は、すっかり削り取られている。そしておとなしくなった靴裏は、やはり溝が一切ない、平べったい顔を見せつけてきたのだとか。
寿命を捨ててでも、靴たちは何かをしようとしていたのだろうかと、友達は思っているらしい。