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さよなら世界ときみが泣いたから

作者: 調彩雨

 結婚なんて、しないつもりだった。

 だって、絶対に面倒なことになるし。相手も、もし生まれたとしたら子供も、幸せにする自信も、守ってあげられる自信もなくて。

 だから、それなら、結婚なんてしない方が良いと、思っていた。

 でも。

 さよなら世界ときみが泣いたから。

 ああ、きみは、死ぬつもりなんだと思ったから。

 だから、いろんなこと、ぜぇんぶ頭から吹っ飛んで、きみの腕を掴んで叫んでいたんだ。


「その人生、要らないなら俺にくれよ!」


 そう、叫ばれて、わたしはたぶん、ひどく間抜けな顔をしたと思う。

 五歳のときから、十二年。一生の七割を婚約者として過ごした相手に、突然裏切られて。

 そのことに傷付くより先に、そんな報告をすれば両親にどんな扱いを受けるかを恐れた。

 そんな自分と人生に、心底絶望して。

 もういっそ、こんな人生、こんな世界、捨ててしまえと。

 そう思って口にした瞬間、後ろから腕を掴まれ、そう言われた。

 振り向いた先、目に入ったのはこの国の第一王子。もう亡くなった側妃の忘形見で、王から溺愛されているが、王位は継がないハズレの王子と、周りからは言われている方。

 でも本当は優しく思い遣りのある方だと知っている。

 だから、これがもし求婚だったら、両親に怒られずに済むなんて思ってしまうわたしには、相応しくない方だ。


「それは、どう言った意味の、お申し出でしょうか」


 一瞬の驚きのあとに返ったのは、そんな言葉。

 それはそうだ。学友として何度も話したことはあるが、相手は婚約者のある身。周りから誤解されるような振る舞いはしないよう、お互いに気を遣っていた。

 とくに俺は、この、気持ちが誰にも知られないようにと、細心の注意を払っていたのだ。

 突然結婚を申し込まれるなんて、思いもしないだろう。

 だからこそ、はっきりと告げる。


「結婚、して欲しいと、言っている」


 真っ直ぐな言葉に、心のみならず身体まで震えた。

 王位を継がないとは言え、国王はこの王子を溺愛していて、だから幸せな結婚をと、望んでいる。

 けれど王子は要らぬいさかいを起こしたくないと、縁談をすべて断っていた。

 ゆえに令嬢からは、縁談が来ても成り立たない相手と、ハズレ扱いされていたのだ。

 だがもし、その王子がどこかの令嬢と、婚姻を望んだなら。

 国王は喜んでその婚姻を受け入れ、相手の令嬢にも令嬢の家にも格別の恩寵を与えるだろう。

 まだまだ新興と軽んじられる家に、なんとか箔を付けたいわたしの両親としては、願ってもない幸運だ。

 わたしが婚約破棄されたことなど帳消しで、むしろ、よくやったと褒められるかもしれない。

 だって、歴史しかない貧乏侯爵家より、王家と縁続きになった方が、明らかに家に箔が付く。歴史はないがお金はある家なので、婿入りにしろ嫁入りにしろ、支えるだけの財力はある。

 受け入れたい。受け入れてしまいたい。でも。


「わたくしには」


 その先に続くのは断り文句だろうと、予測がついた。

 でも、彼女は瞬間、言葉を迷った。

 たとえ婚約者がいても。美しい彼女に恋慕する者は後を絶たず、そのたび彼女は、自分には婚約者がいるからと断っていたのだ。

 けれど今、その婚約者はいなくなった。

 だからいつも通りの言葉を、彼女は飲み込んだのだろう。


「婚約者は、いなくなったのだろう。ならばその座に、俺が座っても良いはずだ」


 その通りだ。ついさっき、わたしは婚約破棄されたところで。十二年も連れ添った婚約者から裏切られたところで。だからいつも通りの、婚約者がいると言う断り文句は、出すことが出来なくて。

 でも駄目だ。駄目なのだ。

 優しくて汚れない彼に、狡くてよこしまなわたしは、相応しくない。

 求婚されてまず打算から頭に浮かぶような女が、彼の隣に立ってはいけないのだ。


「わたくしでは、殿下に、相応しくありません」


 そんなわけあるか。

 度胸も覚悟もない俺と、家のためにどんな結婚でも受け入れようとしていた彼女。相応しくないと言うのなら、俺の方だろう。

 未だに死んだ母を憎む正妃から、妻を守る自信がなかった。だから、どんな縁談にも頷けなかった。

 けれどきみがいま死ぬくらいなら、俺がその手を取って引き上げる。

 その先に待つのがどんな危険でも。悲しみでも。

 きみが死ぬよりずっと良い。

 俺の持てるすべてでもって、きみを守る。


「相応しいも相応しくないもあるか。俺が、きみを妻にと望んでいるんだ」


 そんなはずない。

 きっと、優しい彼はわたしの事情を知っていて。

 憐れみから、こんな申し出をしてくれているのだ。

 ああ。この優しさに、すがり付いてしまいたい。

 誠実なこのひとなら、わたしを裏切った婚約者のように、わたしを見捨てたりしないだろう。

 こんなわたしを妻として、大切にしてくれるだろう。

 だからこそ、彼にはもっと、素敵な女性と添い遂げて欲しい。


「わたくしなど殿下の妻には。もっと、素敵な方がお似合いです」


 素敵な方、なんて。

 みな、見るのは王子と言う地位と、俺に付随する財ばかり。俺を溺愛する父ばかりではないか。

 俺を溺愛する父ですら、見ているのは母の面影だと言うのに。

 校舎裏で、ひっそり育てた青虫が、成虫になるのを共に喜んでくれたもの好きな女の子など、きみしかいないのだ。

 親を亡くした仔フェンリルが、濡れているからと上着を貸し、怪我しているからとハンカチを裂いて手当てしてやるなど、普通の令嬢はしないのだ。


「俺はきみが、好きだと言っている。きみは、俺が嫌いなのか。だから、俺の妻になるのは嫌なのか」


 嫌いか、なんて。

 共にこっそり校舎裏で蝶の幼虫を育てた。蛹から出た蝶が飛び立った瞬間、笑った顔がひどく無邪気だった。

 見捨てられず、無責任に保護してしまったフェンリルを、育ったら強くなるだろうからなんてうそぶいて、代わりに引き取ってくれた。汚れた服では帰れないだろうと、新しい服まで用意してくれた。

 成り上がりの新興貴族と揶揄されるわたし馬鹿にせず、努力と能力を認めてくれた。

 嫌いになんて、なるわけがない。

 胸を張って隣に立てる自分なら、どれほど良かったか。

 嫌いなわけがない。けれど、そのひとことで、殿下をわたしから解放出来るなら。


「き、らい、ですわ。どうして、わたくしが、」


 その先は、大粒の涙のせいで、言えなくなったようだった。

 好きな相手に嫌いと言われるのは、嘘とわかっても傷付くものなのだなと、思う傍ら、上がる口角を抑えられなくて、片手で口許を覆った。

 彼女はどうしようもなく、家に家族に執われている人間だ。毒のような両親と元婚約者に洗脳されたせいで、家のためならば好きでもない相手の、妻になれる子。

 その、彼女が、家にとって利になる縁談を、相手の心象を下げてまで、断ろうとしている。

 これが俺への、好意でなくて、なんだと言うのだろう。


「ほんとうに?家のためを思うなら、受けるべき話だと思うけど?」


 痛いところを突かれた。

 そうだ。ただでさえ、婚約破棄なんて最悪の話題を抱えた状態で。もし、さらに、国王の溺愛する王子からの求婚を蹴ったなんて知られたら、どんな折檻を受けるか、わかったものではない。

 自分のためを思うなら、受けるべきなのだ。

 彼の優しさに、甘えきって。

 答えられないわたしへ、優しい目を向けて、彼は続けた。


「利用すれば良い。俺を。惚れた弱みがあるからな。きみが手に入るなら、俺はどんな理由でも構わない」


 ああそうだ。

 建前も綺麗事も取っ払った、それが俺の本心だ。

 いろいろ言い訳してみても、結局はそれだ。

 彼女が好きで。欲しくて仕方がなくて。手に入るところに落ちて来たから、覚悟も根回しもなく手を伸ばした。ただ、それだけなのだ。

 もうなんだって良い。きみが好きだ。きみが好きなんだ。だからいちばん近くにいる権利が得られるなら、理由なんかどうでも良い。


「きみが好きだ。大好きだ」


 わたしだってと言えたら、どんなに良いか。

 震える片手で、口を覆う。

 余計な言葉が、口を突いてしまわぬように。

 殿下はそんなわたしの、顔を覗き込んで笑った。


「邪魔なだけと思っていたけれど、今日ばかりは自分の地位に感謝しよう。きみがどれほど嫌がろうと、俺が望んだと知れば、きみの両親は間違いなく、この縁談を受け入れる。そうだろう?」


 自分の価値は理解している。正妃がどれだけ俺を嫌おうと、今この国の天辺に立っているのは国王である父で、その父の溺愛する俺には価値がある。王位を継がないとしてもだ。

 だから彼女がどれだけ拒否しようと、彼女の両親は喜んで彼女を俺に差し出すだろう。

 彼女が望むと望まざるとにかかわらず、俺は無理矢理、彼女を妻にすることが出来るのだ。

 腕を掴んだままだったのを良いことに、俺は彼女の腕を引き、華奢な身体を抱き締めた。この身体に、鞭の跡が刻まれていることを、俺は知っている。


「答えは要らない。ずっと好きだったんだ。結婚してくれ。全部俺のためで、全部俺のせいだ。俺が勝手にきみを好きになって、妻に望んで、きみの意思に関係なく、きみを娶るんだ」


 ああ、なんて、なんて優しい方だろうか。

 こんなことを言って。まるで全部自分のわがままで、わたしに選択肢がないようなことを言って。わたしに言い訳をくれようとしているのだ。わたしが選んだわけではない。選ぶ権利がなかったのだと。

 この方に、ここまで言わせて。ここまで覚悟させて。自分は責任のないところにいようなど。そんなことをするならば、今度こそ、わたしはわたしに絶望しきる。

 震える手を、彼の背に伸ばした。


「わたくしも、あなたをずっと、お慕いしていました。あなたが好きです、殿下」


 その、言葉を、口にするのに、どれだけの勇気が要っただろうか。

 あの、悪魔の巣ような家で。悪魔のような婚約者をあてがわれて。逃げることも出来ず、ずっとひとり、背筋を伸ばしていたきみが。

 助けて欲しいと、逃して欲しいと、ずっと言って欲しくて。けれど、覚悟が持てず、手を伸ばせずにいた。

 だが今日からは、大手を振ってきみを守れるのだ。


「そうなら良いのにと、ずっと思っていた。ありがとう。愛している」


 ああ、言ってしまったと後悔する前に、その言葉は告げられて。

 夢のような状況が信じられなくて、それでも、嘘でなければ良いと、殿下の胸から顔を上げた。

 今まででいちばん近くで見る彼の顔は、わたしを見下ろしていて。

 いつか、飛び立つ蝶を共に見たときのような、心の底から嬉しそうな、無邪気な笑顔がそこにあった。

つたないお話をお読み頂きありがとうございました


読みにくいかなと思いつつ

こんな構成も面白いかと


書いている途中からずっと

リア充爆発しろって唱えていました

ハッピーエンドって良いですよね

末永く爆発して下さい

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― 新着の感想 ―
悪魔のような婚約者....どんな奴 なんだろう(^_^;)と思ってしまった.... そんな男に捨てられて良かったね。 お幸せに!
ふたりの想いだけで綴られる構成、とっても素敵でした 願わくば陛下が正妃よりもずーーーっと長生きして、次の国王である弟とも仲良しでありますように!
素敵な構成のお話を読ませていただき、ありがとうございます! 二人朗読劇の様を想像しました。舞台映えキラキラ!
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