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【第2章完結】ラプラスの魔導士 〜魔眼で魔法を解析し、重力を操る異世界の理術使い〜  作者: 盆妖幻鳥
第2章 リオール疎開

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02-24 別れと旅立ち

「ピョートル伯爵、こんな私にまだ用があるのか?」

「この状況で何もないわけないだろ……」


 バーストン公爵たちが退出した応接間で、ピョートル伯爵は降格が決定したベルトランド伯爵をこの場に残す。彼女がメイドにコーヒーを用意するように伝えると、大きなため息と共にソファに身を預けた。


「私はグリドリンに家督を譲って引退する身だ。ほとぼりが冷めるまでは、妻とのんびり隠居生活を――」

「させるわけないだろ!」


 対面に座るベルトランド伯爵に、ピョートル伯爵が激しい剣幕で詰め寄る。その内容は、今後のリオール領の行く末を左右する重大事項だった。


「コッチ男爵だけじゃなく、優秀な領兵も抜けたんだ。政治的にも軍備的にも、今のリオール領は穴だらけ……魔王軍が連邦に忍び込んでいるのも確実視される中、アンタを遊ばせる余裕がどこにあるって言うんだい?」

「お前の旦那たちは?」

「昨夜からフル稼働だよ」


 両家はリオール領がセレスフィルド連邦に編入する以前から、国政を担う大臣を代々務めてきた貴族である。実際にピョートル伯爵の前は、ベルトランド伯爵の父親が領主を務めていた。

 それは貴族と言うだけではなく、蓄積されたノウハウと引き継いだ能力があるからこそでもあった。


「表に出れないなら、裏でこき使わせてもらう。カナ様がグリドリンを補佐にしたように、アンタも私の元で禊を済ませな」

「相変わらず、無茶を言う……」


 運ばれてきたコーヒーに角砂糖を何個も入れるピョートル伯爵を見て、ベルトランド伯爵は苦笑いをする。差し出されたコーヒーは寝ずに働けという圧でもあったが、彼はそれを受け入れて何も入れずに口に運ぶ。


「やるべき事はたくさんある……さて、どれから手を付けたものか」

「それなら、ラディウス法国の貴族が持つ傭兵を私の伝手で雇う。魔王軍の動きが不安だが、領兵再編の時間稼ぎはできるだろう」


 立ち回りに政治的理解が求められる以上、冒険者よりも貴族が運営している傭兵の方が望ましかった。しかし他国の戦力を借りることになるので、表立って動かすことはできない。

 あくまでも、ジェニスたちが抜けた領兵の穴を埋めるまでの代わりである。


「なら、コッチ男爵の遺産を使いな。領庁を通さない政策費は、ここから出す」

「余りは防衛支援としてバーストン公爵に渡しておく。魔王軍が動いても、こちらは戦力を出せないからな」

「そうしておくれ」


 アルヴヘイム王国にいる魔王軍が動けば、最初に戦場になるのはバーストン領だ。連邦軍も準備は進めているだろうが、領民の最終防衛線は領兵の役目である。

 ベルトランド伯爵の提言はそれを支援するものであるが、バーストン領への根回しも含まれている。足りなければ自らの資産から出すだろうことも、ピョートル伯爵は理解していた。


「ああ、それと。ここでの話はカナ様たちに言うんじゃないよ。今は新しいことに集中させてやりたいし、何より――」

「アキト君たちを明るく見送りさせてやりたいのだろう?」

「ふふ、分かってるじゃないか」


 ピョートル伯爵とベルトランド伯爵が、示し合わせたようにコーヒーカップを軽く当てる。2人が思い描く若者たちとリオール領の未来……それを実現するための始まりの合図が、鳴り響く。






――――――――――






 誘拐事件が終わってから数日が経った。事件直後はその話題で騒然としていた街中も、今では魔王軍の脅威に対する言い知れぬ不安が漂っていた。


「コッチ男爵が事件を起こすなんて、信じられないよ」

「魔王軍と繋がってたって話だぜ。この数日で連邦軍の出入りが増えたのも、そのせいだろうな」

「怖い事言うなよ。奴らが居るのはアルヴヘイムのはずだろ」


 街の人たちの視線の先には、武装した連邦軍の兵士が巡回している。日常生活が変わったわけではないが、情勢の緊張感を否応なく突き付けられている。

 そんな雰囲気を肌で感じながら、シンとルーメリアはイシュテナと共にある場所を訪れていた。


「……着いたな」

「ここが例の孤児院ですか」


 コッチ男爵が運営していて、事件の最中に職員と孤児が全員失踪した孤児院……ピョートル伯爵の依頼でもあるため、シンたちは立ち入り禁止のロープを無視して中へ入る。


「わざわざ見るようなところも無さそうだな」


 3人が来たのは、悪質な“置き土産”が無いか確認するためだった。イシュテナが見回すが特に荒れた様子はなく、空っぽになった生活空間だけが残されている。


「アンデッドの心配もありませんね。人が殺されるようなことは起きていません」


 依然としてジェニスたちが見つからない状況に、孤児院の失踪者は口封じで消された可能性が浮かび上がった。ユースケが憑依されたときに脅された生贄召喚も視野に入れていたが、その痕跡がないことにルーメリアが胸をなでおろす。


「失踪というより夜逃げだな。それも用意周到な」

「そうだな……ん、この先は礼拝堂か?」


 いくつかの部屋を見て回ったが、乱雑な所はあっても暴れた形跡は見られなかった。結局は最初の推測通り失踪とシンが結論付けたところで、礼拝堂があるのをイシュテナが見つける。


「意外ですね。簡易的ですが、きちんと教会の様式に則っています」

「こっちの扉は外か……ちょうど建物の裏側だな」


 施設内からではなく、外からも参拝者が入れるようになっている。広くはない礼拝堂だが、ルーメリアとシンはこの孤児院が秘匿のために隔離された場所ではないことを知る。


「これは……どこのスイッチだ?」

「イシュテナさん、付けてもらって良いですか?」

「分かった」


 小さな祭壇の脇にあるスイッチをイシュテナが見つけた。ルーメリアに促されてスイッチを入れると、天井に埋め込まれたステンドグラスの中にある照明が点灯する。


「……ここには無属性も含まれてるんだな」

「見慣れてて気にしたことは無かったが、確かにそうだな」


 ステンドグラスには4色の月と、重なった部分に5色目の月が模様と共に描かれている。中央の月からは白色の光が、それに重なる4つの月からは青色・黄色・緑色・赤色の光が、祭壇の手前に差し込んだ。


「世界の光は、生きる者全てを等しく照らします……」


 その光景を2人が眺めている中で、ルーメリアが5色の光の下に身を置く。彼女は片膝をついて指先を胸の前で組むと、静かに目を閉じて祈りを捧げた。


――そこに言葉はなく、穏やかな静寂が満ちる。






――――――――――






 一方その頃、アキトたちは誘拐の現場になった新設の孤児院を訪れていた。


「ついに出発するんですね」

「テトラ様と面会できる日が決まりましたからね」


 ラディウス法国の連邦大使館から連絡を受け取り、アキトたちが旅立つ準備が完了する。そんな彼らにカナが名残惜しそうに声をかけた。


「ロッシュ君は一緒に来てくれるんだね」

「まあな。実家に帰るついでだ、案内は任せてくれ」


 当たり前のように見送られる側にいるロッシュに、シーリスが確認するように尋ねる。彼女の表情はにこやかで、彼の同行を歓迎していた。


「皆、本当にありがとう。君たちが助けてくれたから、ボクは自分の道を決めることができたよ」

「僕からも礼を言わせてくれ……ありがとう」


 今回の一件で心の整理を付けたユースケとグリドリンが、改めて感謝の言葉を告げる。それはこの場にいる者だけでなく、あの日に奮闘した皆へ向けられていた。


「そうだ、アキトにはこれを」

「……タイトルもない、白紙の本?」


 グリドリンが鞄から1冊の本を取り出すと、それをアキトに渡す。その革装丁の本にはタイトルは無く、ページをめくっても全て白紙だった。


「魔法の研究に興味があるなら、その“未完の魔導書”を使って記録を残すと良い」

「本というより、ノート?」

「ああ、本に綴じたページに魔法を使って文章や図を書くことができる。確定したページは取り外して、保管や製本するんだ」


 カバーの中には魔石と魔力回路が組み込まれている。この魔法道具の本【未完の魔導書】は、本の作成を補助するために多くの機能を備えている。


「良いんですか!? こんな貴重な物を」

「構わないさ。そのために持って来たんだから」

「ありがとう」


 高級そうな贈り物に驚くアキトだったが、グリドリンの言葉を聞いて素直に感謝する。ちなみにこの未完の魔導書、綴じるページは自分で補充する必要があるとのことだった。


「本ができたら、是非見せてください。約束ですよ!」

「まだ何も決めてないですけど……そうですね、その時はまた会いに行きます」


 カナとアキトが交わした約束が、それぞれの胸の中に染み渡る。今日のような晴天の元、笑って再会できる日を願って……。




……




…………




 最後に全員が集まってピョートル伯爵邸で昼食を取り、そこで別れの挨拶を済ませた。アキトたちの馬車は貿易都市リオールの門をくぐり、太陽の歓迎を受けながらシンの運転で旅立つ。


「随分と賑やかになったな」

「張り詰めたままよりは、ずっと良いじゃないですか」

「ああ、そうだな」


 最初の想定ではシンとアキトだけでラディウス法国へ入るつもりだった。ルーメリアとはそこで合流する予定だったが、その彼女も隣にいる。

 後ろから伝わってくる彼らの団欒している様子に、2人は明るい旅路を想起して顔がほころぶ。


「アキト、その本はなんだ?」

「グリドリンに貰った未完の魔導書……せっかくだから、何か書こうと思って」


 イシュテナの関心に答えるように、アキトは手にした未完の魔導書を開いた。彼が魔力と共に書きたい内容を送ると、青色の光に包まれた本に文章が記されていく。




――神暦9102年3月26日

 貿易都市リオールで起きた誘拐事件は、首謀者であるコッチ男爵の死亡によって終息した。カナさんたちは新しい孤児院を運営して、僕たちは虚無の魔導士テトラ・ニヒルスに会いに行く。

 選んだ道は違うけど、この世界で進むことを決めたのは同じだった。


読んでいただきありがとうございます。

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