02-08 代理決闘Ⅰ
社交界での騒動から一夜明け、貿易都市リオール郊外の平原で決闘が行われようとしていた。そこには社交界に参加していた貴族たちだけでなく、噂を聞きつけた一般市民も見物に来ていた。
「アキトさん、ごめんなさい。私の我が儘でこんな……」
「そんなこと言わないでください。僕だって分かっていて引き受けたんですから」
「でも、向こうも代理を出すなら強い大人の人を呼ぶんじゃ?」
自分が原因で決闘の代理人になってしまったことを謝罪するカナに、アキトは自らの意思であることを告げる。それを聞きながらもユースケは相手が呼ぶ代理人に不安を覚える。
「そうでもないみたいだぞ」
そしてシンが眺めている方向に目を向けると、カナに婚約を迫ったグリドリンと話す少年の姿があった。
「まったく、決闘するために来たわけじゃねえのに……」
「ロッシュ、すまないが頼んだぞ」
「お前らしくねえな。まあ、それだけこの婚約が大事ってことなんだろうが」
タクティカルジャケットを着た金髪金眼の少年が、グリドリンに決闘の代理人を引き受けたことに少々の愚痴を漏らす。話が終わると彼は決闘相手のアキトの視線に気付き、フランクな感じで声をかけてきた。
「お前が狭霧アキトか? 恨みはないが、手は抜かねえからな」
(研究者みたいな格好して、武器は長い棒ねぇ……ラプラスの魔眼が使えるってことは、本業はそっちか?)
「こちらこそ、全力で挑ませてもらうよ」
(武器を持ってないということは、魔法主体かな? もしくはイシュテナみたいに、魔力で武器を形成するタイプかも)
ロッシュとアキトは挨拶を交わしつつ、お互いに相手の格好から戦い方を予測しようとする。準備が整ったところで2人は所定の位置へ移動し、立会人のピョートル伯爵がその中央に立つ。
「これよりカナ・C・バーストン代理、狭霧アキトとグリドリン・ベルトランド代理、ロッシュ・カーティスによる決闘を行う」
決闘のルールは単純に、負けを認めるか戦闘続行が出来なくなるまで行われる。ピョートル伯爵の宣誓が進むにつれ、周囲は緊張感に包まれていく。
(シュヴァルツシルトで初手を防いで、グラビティで足止めする)
アキトは黒に近い紺色をした樫の杖【セイファート】を正面に構えて、重力魔法による魔力の盾【シュヴァルツシルト】を展開する。通常の魔力の盾であるエスクードは魔力の色で光るが、シュヴァルツシルトは光を吸い込んで黒色に見える。
(エイビス起動……黒いけど、強化エスクードか?)
対するロッシュは両手を下に向けて球状の魔力の塊【エイビス】を形成すると、腰をわずかに落としてアキトを見据える。彼はシュヴァルツシルトを、通常のエスクードより魔力を込めた強化エスクードの一種だと推測している。
「それでは……開始!」
開始の合図と共にアキトは重力魔法を込めたアステロイドを、ロッシュは両手のエイビスから魔力を剥離させて鳥の形をした緑色の魔力弾を生み出す。
形成速度はロッシュの方が早かった。
(こっちの手の内が割れてないうちに畳みかけるか)
(左手はそのままで、右手の魔力弾のみ弾道設定?)
ロッシュの周囲に浮いていた鳥型魔力弾が斉射され、視界を覆いつくすように広がっていく。その様子をラプラスの魔眼で観察したアキトはシュヴァルツシルトを構えたまま走り出し、直進してくる魔力弾を防ぎながらアステロイドを上空に向けて打ち上げる。
(直進弾は囮……前面に気を取られたところを、時間差で包囲攻撃するのが目的か)
「まさか、その格好で接近してくるタイプだとは思わなかったよ」
(散らばった魔力弾は誘導弾じゃない。このまま詰めれば当たらない)
弾速が同じで弾道が違う魔力弾をばら撒く……その狙いに気付いたアキトは、足を止めることなく距離を詰める。それと同時に上空へ放ったアステロイドがロッシュへ降り注ぐが、両手が塞がっている状態でも体勢を崩すことなくシールドで受け止める。
「うぐっ、重力魔法!? 尖った形状はこのためか」
(それに右腕に集まる、目に見えるほどの魔力……)
「いいぜ。撃ち合いで俺に勝てると思うなよ!」
地面に刺さったアステロイドがグラビティを発動し、ロッシュの動きを止める。一瞬膝が崩れかけるが、魔力で全身を持ち上げることで対抗する。そしてシールドで防いだアステロイドを横目に見ながらも、アキトが右腕に魔力を集めているのを見逃さない。
(グラビティで、動きが鈍っているうちに!)
アキトは右腕を突き出しながら拳から魔力を照射すると、それを導線として収束するように纏っていた魔力を撃ち出す。ロッシュは正面にシールドを張ると、展開した鳥型魔力弾全てに炎を纏わせて反撃態勢を整える。
「そんな、リニアブラストでシールドを割れない!?」
アキトが放った砲撃魔法【リニアブラスト】は、この決闘を見据えてシーリスに教えてもらった魔法だった。習得が比較的容易でシールドを割る威力を出せることから、派生魔法を含めて広く普及している。
(一夜漬けとはいえ、威力は十分のはずなのに……)
ラプラスの魔眼で視たマトリクスをトレースしながら反復するという手法で、アキトは強引に一晩でリニアブラストを覚えた。構築精度についてはまだ粗い部分もあるが、“自身のシールド”では防げない威力があることは実証している。
だからこそ、シールドで防がれたことにアキトは驚きを隠せなかった。
「そう気を落とすなよ。俺だから防げたんだ」
(次が来る!?)
ロッシュは軽口を言いながらも、間髪入れずに炎を纏った鳥型魔力弾【カーディナル】を放つ。目の前の中間地点に向かって一斉に飛び込んでいく火の鳥は、その地点で軌道を変えると鋭い炎の槍となって一直線にアキトを目指す。
「死にたくなかったらしゃがめよ!」
「アキトさん!」
収束後にさらに魔力の噴出で加速した火の鳥が、アキトが構えるシュヴァルツシルトに直撃する。全身を飲み込むほどの爆炎が吹き荒れる光景を目の当たりにして、見守っていたカナが心配で思わず声を上げる。
「はぁ、はぁ……大丈夫です。ちゃんと防ぎました」
「嘘だろ!? 強化エスクードをぶち抜く、全弾収束のカーディナルだぞ!」
そこにはシュヴァルツシルトを構えたアキトが無傷のまま立っていた。その姿に今度はロッシュが驚愕し、カナをはじめシーリスたちも胸をなでおろす。
とはいえ盾にはへこみが見られ、アキトが衝撃で吹き飛ばされなかったのも両手でセイファートを保持して踏ん張ることでギリギリと言ったところだった。
「さすがに硬すぎだろ。その黒いエスクード」
「そういう君こそ。強化シールドでもないのに、そこまで硬いのは勘弁してほしいよ」
ロッシュは足元に魔力を集めて衝撃波を発生させ、グラビティを発動しているアステロイドを破壊して後退する。その隙にアキトは呼吸を整えながらシュヴァルツシルトを修復し、状況を仕切り直す。
「はぁー。相手が凄いのは分かるんだけど、どのくらい凄いのか分からないよ」
「通常のシールドが強化シールド並の防御力です。それに加えてあの魔法……かなりの魔力量をお持ちなのでしょう」
決闘の雰囲気に呑まれていたユースケが吐き出した言葉にケビンが答える。通常のシールドを瞬間的に圧縮して防御力を高めたシールド【強化シールド】は、展開面積の縮小と持続時間の低下と言った欠点がある。
しかしロッシュのシールドは通常と同じ面積と持続時間でありながら、強化シールド並の防御力を持っていた。これは精度と速度の両立はもとより、豊富な魔力量が必要となる。
「アキト君の盾が普通のエスクードだったら、今の攻撃で決着がついてた」
「そんなに!?」
「そもそも強化エスクードで防げない攻撃なんて、人に対しては過剰火力もいいところだよ……それを防ぐシュヴァルツシルトも大概なんだけど」
シーリスの解説にユースケはさらに驚く。おそらくロッシュは圧倒的な火力を見せつけて降参させるつもりだったのだろうが、アキトが相手でなければ惨事になっていたと血の気が引く。
「……アキトさん、勝てますよね?」
「相性は悪くない。ラプラスの魔眼を持つアキトを、魔法だけで崩すのは至難だ」
「だが、互いの防御力が火力を上回っている。他に攻め手がなければ長期戦になる」
シーリスたちの話しを聞いて不安になったカナが、シンとイシュテナに決闘の行く末を尋ねる。これまでの戦いぶりから2人は長期戦になると予測した。
「イイさん……狭霧アキトは確か、冒険者になったばかりのはずですよね?」
「以前の経歴は不明ですが、登録が領都バーストンなのは確かです。共同とはいえ初依頼で魔物を討伐していますから、実力の過小評価はできないかと」
「そうだな……」
ロッシュの実力を知るグリドリンは、拮抗する狭霧アキトに事前情報の真偽を疑う。だが実際に目にした光景と、イイと呼ばれた従者が直前までに調べ上げた情報から、肩書と実力が一致しないことを認識する。
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