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【第1章完結】ラプラスの魔導士 〜魔眼で魔法を解析し、重力を操る異世界の理術使い〜  作者: 盆妖幻鳥
第1章 アルヴヘイム事変

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01-27 決意の日

 ついに目的地であるエルフの里へとたどり着いた。里長の計らいで衣食住を恵んでもらい、アキトたちはソフィア王女と一緒に保護される事になった。これまでの旅路で溜まった汚れを落とし、温かい食事と快適な寝床を満喫し、ようやく安全な場所に着いたのだと実感する。

 アキトは今までの疲れが一気に出たのか、この数日はずっと泥のように眠っていた。


(ジェイコブ隊長たち……やっぱり来なかったな)


 これまでに負った怪我も包帯を取れるまでは治ったが、アキトの気分はすぐれなかった。エルフの里に到着して4回目の朝を迎えるが、ジェイコブ隊長たちの姿はなかった。


「アキト、こんな所で何してるんだ?」


 朝早くから狩りに出かけた里の猟師たちが帰ってきた。シンもその集団と一緒に出掛けていたらしく、狩ってきた数頭の鹿を任せてアキトに声をかけてきた。


「外が気になったんです。どうでした?」

「……何もなかったさ」


 雪崩の後、ロザリアたちはアキトたちを放置してキマイラで飛び去って行った。怪我人の治療を優先したのか、本命だったソフィア王女以外は眼中になかったのかは分からないが、少なくともマルームとの入替りについては気付かれていないようだった。


「おお、2人とも。ここにいたか」


 2人が話していると、里の猟師たちと入れ替わるようにエルフの老婆がやってきた。彼女はこのエルフの里の里長であり、彼らを見つけて声をかけてきた。


「どうかしましたか?」

「ソフィア様が2人を呼んでおる」


 里長が言うには、アキトとシンに話があるらしい。ソフィア王女の待っている場所を告げられ、2人はその場所へと向かう。




……




…………




 アキトとシンはソフィア王女がいるという、里から少し離れた場所に向かっていた。人里の近くとはいえ、雪山の中というのに変わりはない。2人は寒さに耐えながら先へと進んでいく。


「それにしても、話って何でしょうかね?」

「さあな、俺にも分からん」


 呼ばれていた川辺に到着して辺りを見渡すと、祈りを捧げながら滝に打たれているソフィア王女を見つける。雪は降っていないとはいえ、寒さを感じないのかとアキトは不思議でしょうがなかった。


「来るのが早かったか?」

「いいえ、ちょうどいいわ」


 シンが声をかけると、ソフィア王女はこちらに気付いて滝から出てくる。一切の衣類を身に付けておらず、白い肌にすらりと伸びた手足は金色の長髪と相まって気品を感じさせる。


「ちょっとソフィア様、何をしているんですか!?」

「この滝で身を清めていました」

「そうじゃなくて……」


 その格好にアキトは思わず突っ込みを入れるが、ソフィア王女は気にも留めていないようだった。できるだけ見ないように意識はするものの、どうしても初めて会った時のことを思い出して彼女の身体に視線を向けてしまう。


(僕もそうだったけど、あれほどの怪我が綺麗に治るんだ)


 今のソフィア王女の身体には、傷跡はおろか治療痕すら存在しなかった。まるであの日の出来事がなかったかのように、貫通したはずの腹部が完全に元通りになっている。

 アキトは潰れた内臓も元通りになっているのかも気になって、自分のお腹をさすりながら彼女のお腹にも意識を向けてしまう。


「それで、俺たちを呼んだ理由は?」

「貴方たちに頼みがあります」


 そんなアキトに代わって、シンが話を進める。ソフィア王女は魔法で体に着いた水滴を落とすと、着替えと一緒に置いていたレイピアを手に取る。


「これで、わたくしを殺してほしいのです」

「おい、正気か!?」

「そうですよ。何を言っているんですか!?」


 ソフィア王女はレイピアを見つめながら、2人に殺して欲しいと名のみを告げる。シンとアキトは動揺しつつも反対するが、彼女の覚悟に揺るぎはなかった。


「わたくしはアルヴヘイム王国を取り戻すために、これまでの自分を捨て去ります。これはそのための儀式です」

「だとしても、アキトにさせる必要はないだろ?」

「無理を言っているのは重々承知です。ですから、断わっても構いません……その時は、わたくしは自分で刺します」


 そしてソフィア王女は迷うことなく、手に持ったレイピアをアキトの目の前に差し出す。暗にシンが代わりになると伝えるも、彼女はそれを拒否する。


「何で、僕なんですか?」

「狭霧アキト、貴方は生き延びました。これからは無理に戦いに出る必要もありません。ですがもし、冒険者になり戦場へ出るのであれば……次は自らの意志で選択しなければなりません」


 ソフィア王女が問うのは人の命を奪う覚悟……それがないのであれば武器を置けばいい。今ならまだ平穏な道に戻れると、アキトに投げかける。


「……僕は、一度死んでこの世界に転生しました。そして今日までに何度も死にかけました。シンさんに助けられ、クロムウェル隊の皆さんがここまで命を繋いでくれました。今度は僕が、誰かの命を守る番です」


 守ってくれたクロムウェル隊はもう存在しない。そして冒険者になれば、自分の命は自分で守らねばならない。アキトの意志は既に決まっていた……自分だけじゃなく、彼らのように誰かを守れるようになりたいと。


「だからと言って、貴女を殺すことはできませんし……自分で殺すこともさせたくありません」

「国を奪われ、臣下を失い……第1王女ソフィア・L・アルヴヘイムは、雪崩に巻き込まれて死にました。その痛みを、わたくし自身に刻まなければならないのです」

「それでも――」

「大丈夫です。これはただの儀式……わたくしは必ず、アルヴヘイム王国を取り戻します」


 本当に死ぬわけではないのだろうが、剣を突き立てるわけにはいかなかった。しかし同時にソフィア王女の覚悟が本気であることも、アキトは感じていた。それは横で黙って見守っていたシンも同じだった。


「アキト、王女様もおまえと同じだ。彼女の覚悟は揺らがない」

「分かりました……そこまで言うなら、信じますからね」


 シンに背中を押してもらったアキトは、ソフィア王女が差し出すレイピアを手に取る。鞘から抜かれた刀身は銀色の光沢を輝かせ、決意に満ちた彼らの顔が映し出される。

 シンからソフィア王女の異常な回復力については聞いている。それでも、緊張を抑えるためにアキトは深呼吸を繰り返す。


「それじゃあ、行きますよ」

「ええ、いつでもいいわ」


 アキトはレイピアを両手でしっかりと握り、刀身を垂直にして切っ先をソフィア王女の胸部に向ける。強く握りしめたことで治ったばかりの左手から痛みが伝わってくるが、そのままゆっくりと腕を引いて突き刺すための姿勢を整える。


「これは、ソフィア様が国を取り戻す誓いための――」

「アキトが冒険者として、戦う覚悟を持つための――」


 受け入れるように両腕を広げたソフィア王女に飛び込むように、アキトは両手で構えたレイピアに体重を乗せて一気に突き出す。切っ先が正確に胸の中心を捉え、皮膚の下にある胸骨による抵抗を受ける。


(これが、この感覚が……)


 それでもアキトは力を込めるのを止めることはしなかった。そして胸骨を貫通した刀身が、一気にソフィア王女の体内へと埋まっていく。


「ううっ……ああぁぁ」


 体内で何かが破裂するような感覚が、腕を伝ってアキトに重くのしかかる。その度にソフィア王女から痛みに耐える声が漏れるが、心臓を貫いたレイピアの刀身を根元まで埋めるまで止めることはしなかった。


「……ありがとう」


 ソフィア王女は密着状態になったアキトを抱きしめると、感謝の言葉を告げる。彼はその言葉を受けて、背中まで飛び出したレイピアをゆっくりと引き抜いて行く。刀身を伝って流れ出す血液が、傷口から溢れて彼女の白い肌を赤く濡らしていく。


「傷が、塞がっていく……」


 胸を押さえてうずくまるソフィア王女から魔力が溢れ出すのを、アキトはラプラスの魔眼を通じて捉える。それはたった数秒間の出来事だったが、傷口が完全に塞がれたのだ。


「ソフィア様!?」

「はぁはぁ……大丈夫です。向こうに少し開けた場所がありますから、そこで待っていてください」


 魔力が収まったのを見てアキトが声をかけるが、死なないと分かっていても肝が冷える。大丈夫だというソフィア王女の言葉を信じて、2人は言われた場所へと足を運ぶ。




……




…………




「これって」

「石碑……いや、墓標か」


 アキトとシンが、ソフィア王女に言われた場所にたどり着く。そこは少し開けており、中央の土が盛られた場所に1つの石碑があった。


「皆の名前……ソフィア様も」

「表向き、王女は死んだことにするつもりか。だから、あんな事を」


 近づいて文字を読んでみると、その石碑にはソフィア王女とクロムウェル隊全員の名前が刻まれていた。それを見たシンは先ほどの彼女の行為について合点がいく。


「残った遺品は、これだけになってしまったわね」


 しばらくすると着替えを済ませたソフィア王女が現れ、2人と一緒に石碑と向かい合う。そしてマルームが身に着けていた髪留めのリボンを取り出すと、納刀したレイピアの柄と鞘を結んで固定する。


「今は雪に覆われているけど、春になるとこの辺りはエルフィリスの花で埋め尽くされるそうよ」


 エルフィリスの花はアルヴヘイム国王の国花であり、国の紋章のモチーフにもなっている。彼らの身に着けていたマントにも描かれており、マルームの持っていたレイピアの柄にも刻まれている。


「皆さんの命、無駄にはしません。いつか必ず、アルヴヘイム王国を取り戻します」

(僕はこの世界で何ができるのだろうか)

(レン……約束は守るからな)


 ソフィア王女はレイピアを石碑の側に突き立てると、膝をついて祈りを捧げる。アキトは自分がすべき事について考え、シンは彼らと共に弟について思う。3人はここにたどり着くまでに犠牲になった者達に向けて黙祷を捧げ、彼らの冥福を祈る。




――神暦9102年2月1日


アルヴヘイム王国第1王女

 ソフィア・L・アルヴヘイム


アルヴヘイム王国軍近衛騎士団クロムウェル隊

 ジェイコブ・クロムウェル

 エスカ・A・出雲

 出雲シグレ

 マルーム・ナスエット

 ……

 ……


精霊の加護による安らかな眠りがあらんことを――

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