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【第1章完結】ラプラスの魔導士 〜魔眼で魔法を解析し、重力を操る異世界の理術使い〜  作者: 盆妖幻鳥
第1章 アルヴヘイム事変

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01-26 伸ばした手が掴むもの

 ジェイコブ隊長たちと別れた翌日、エルフの里まであと少しというところでロザリアの襲撃を受けてしまう。


「そんな、もしかしてジェイコブ隊長たちは……」

「アキト、今は目の前に集中しろ」


 敵はロザリアとゲシュペンスト隊のサイレンサーとリーパー……それと、彼女たちを乗せてきたキマイラが1頭いる。


『キマイラの高度には注意して。下がれば狙われる』

『了解』


 ロザリアとキマイラの攻撃で部隊が分断され、アキトとシンはサイレンサーとキマイラに乗ったリーパーに襲われている。


「シンさん、次が来ます!」


 アキトの号令と共に、2人はシールドを張りながら別々の方向に動いてその場を離れる。彼らがいた場所に音もなく暴風が吹き込み、飲み込まれたものを切り刻んでいく。


「結構引きはがされたな……アキト、お前は――」


 援護を頼む――そう言ったはずのシンの声は、音にならずにかき消される。ソフィア王女たちとこれ以上離れるわけにはいかなかったが、アキトとの意思疎通すら困難になってしまった。


(周囲の音を消された。例の消音魔法か)


 シンは雪の中に魔力弾を撃ち込んで、積もった雪を舞い上がらせる。いつの間にか放たれた風の弾丸【エアショット】がその中を通り、空気の流れが可視化される。


(くっ……音が無いだけで、ここまで厄介だとは)


 シンは直撃こそ避けたものの、エアショットを左肩に受けてしまう。空気であるため目で見えず、消音魔法で空気が流れる音と発射音が聞こえない。咄嗟に対応して見せたものの、後手に回らざるを得ない状況だった。


(魔法である以上、アキトの方は問題ないだろうが……こんなことなら、念話も教えとけばよかったな)

『アキト聞こえるな? 返事はしなくていい。悪いが少しだけ注意を引き付けてくれ』

(シンさん? 分かりました。やってみます)


 シンからの念話を受け取ったアキトは、心の中で返事を返すとサイレンサーに魔力弾を撃つ。ラプラスの魔眼を頼りに発射のタイミングを見切り、距離を詰めることでプレッシャーをかける。


(重力魔法? でも、この程度なら)


 魔力弾は全て盾とシールドで防がれるものの、グラビティが発動してその場に拘束する。サイレンサーは足元に魔法で突風を発生させ、発生源の魔力弾を吹き飛ばす。


『サイレンサー、下がれ』


 反動でサイレンサーが距離を取ると同時に、上空からキマイラのロックバレットが降り注ぐ。アキトはシールドで防ぎつつ木の陰に隠れてやり過ごす。


『アキト、待たせたな』


 ロックバレットの雨がやんだところで、シンは顔を出してクロスボウからマジックアローを発射する。矢はサイレンサーを無視してその後ろの木に刺さると、破裂するように幾多の魔力で形成したワイヤーを周囲に射出して張り巡らされる。


『ワイヤーにトラップを仕込んだ。押し込むぞ』

(分かりました)


 念話を送ったシンは槍に持ち替えて接近戦を仕掛け、受け取ったアキトはその隙をついて魔力弾を放つ。サイレンサーは魔力弾を盾で防ぐが、出力方向を調整したグラビティによって左腕が弾かれる。体勢が崩れたまま回避したことでワイヤーを引っかけてしまい、仕込まれたパラライズが発動する。


(くっ、やってくれる)


 その隙をついて、ブースターで加速させた雷を纏った槍の一撃【雷光一閃】をシンが叩き込む。サイレンサーはシールドを形成すると同時に、麻痺して動かなくなった左腕を魔力で強引に持ち上げて盾にする。


(遅いっ!)


 シールドを砕き、サイレンサーの左腕が宙を舞う。シンは返り血を浴びながらも追撃しようとするが、キマイラが放つロックバレットに阻止される。


(意識が逸れた今のうちに)


 魔力弾を放ちながら接近するアキトに対し、サイレンサーは自分を中心にルフトシュトロームによる竜巻を発生させる。それにより魔力弾を防ぐと同時に、周囲に張ってあるワイヤーをまとめて除去する。


(消音魔法が消えた。追い込んでいるのか?)


 風が収まるのと同時に消音魔法が消滅したことを察知したアキトは、右手に魔力を集中させながら距離を詰める。シンはそれを援護するようにクロスボウを放ち、サイレンサーはシールドを形成して身を守る。


「行け、アキト」

「はい!」


 意識が逸れた一瞬の隙をついて、アキトは懐に飛び込む。遅れて振り下ろされた剣を左腕に形成したシールドで受け止めつつ、サイレンサーの心臓に右手を伸ばす。


「女の人!? でも――」


 アキトの右手が掴んだのは、黒衣に隠されたサイレンサーの左胸だった。服越しに伝わってくる確かな存在感と柔らかい感触に、彼女が女性であることに驚く。それでも魔法を発動させることから意識を離さない。


「これで倒れてくれ!」


 アキトの右手から強力な重力魔法【ディストーション】が発動する。漆黒の球体が空間を捻りながら、サイレンサーの左胸を巻き込んで一点に収束する。


「うぐっ……これが、あの時の!」

「仕留めきれなかった!?」


 サイレンサーは剣を薙いでアキトを引き剥がすと、抉れた左胸を肘から先を失った左腕で抑えながら即座に距離を取る。ロックバレットの援護もあり、彼は攻撃をシールドで受け止めながら後退していく。


(胸がなければ、死んでいたかも……)


 ディストーションが心臓まで届かなかったことに感謝しつつ、サイレンサーは抉れた左胸をスキンバリアで塞ぐ。左腕の切断面も同様に塞いでおり、黄色い魔力の膜は内側から溢れる血液によって赤く滲んでいた。


「なんとか、もう一撃――!?」

「なんだ!?」


 アキトとシンが追撃しようとした矢先、地響きと共に小さな雪玉が転がり落ちてくる。サイレンサーはリーパーの駆るキマイラに回収されるが、今はそれを気にしている状況ではなかった。


「雪崩が来る。2人と合流するぞ」

「でも、その後はどうするんですか?」

「お前の重力魔法と王女様の風魔法で体を浮かせるんだ。そうすれば、俺のバウンドブロックで4人を空中まで運ぶことができる……頼んだぞ」

「任せてください」


 雪崩の発生を察知したシンとアキトは、荷物を回収しつつソフィア王女たちの元へと急ぐ。2人は走りながら雪崩から逃げる方法を決定し、全員で助かるために全力を尽くす。




……




…………




 マルームに扮したソフィア王女はレイピアを振るい、エーデルクラウトとともにロザリアと対峙する。トーチカは全基破壊され、状況は悪くなる一方だった。


「健気なもんだ。手足にガタが来てるのに、私に挑むとは」

「くっ、だとしても――」

(左腕の魔力……リニア!?)


 縦横無尽に振り回される蛇腹剣に気を取られた隙に、ロザリアから風の砲撃魔法【リニアストーム】が放たれる。ソフィア王女は左腕に形成したエスクードで収束していく烈風を受け止めるが、完治していない手足では踏ん張りが効かずに吹き飛ばされる。


「ソフィア様、下がってください」

「いえ、援護します!」


 ソフィア王女に扮したマルームは、エーデルクラウトの制止を無視して貫通力を高めた風の槍【ウィンドスピア】を放つ。ロザリアの握る蛇腹剣は伸びきっており、魔法を撃った反動を抑えている僅かな硬直を狙う。


(ソフィア様は守ります。私の命にかえ――)


 そしてマルームの右脚が脛から両断される。


「ぐあ、ああぁぁ!!」

(節の間を埋めていた魔力刃をブースターにしたのか!?)


 伸びきったままの蛇腹剣が、その状態のまま高速で振り下ろされていた。エーデルクラウトが割り込ませたシールドは避けられ、マルームが放ったウィンドスピアは右脚と一緒に斬り裂かれた。


「これで王手だ。諦めて王女を渡しな。そしたらアンタたちは見逃して――!?」

「うう、ああぁぁ……こんな、時に」


 右脚の先を失ったマルームは体勢を崩してしまい、血に染まる雪の中に膝をつく。そしてロザリアの降伏勧告をかき消すように、雪崩の兆候である地響きが聞こえて来る。


「すぐに応急処置を――」

「ダメ……です。ここにいたら……雪崩に」

『もう時間がありません。ソフィア様、すぐに2人が来ますので撤退を』


 ソフィア王女は魔法で地面をせり上げて雪の壁を形成しながら、マルームの元へ駆けつける。彼女が応急処置をしようとするも雪崩が迫っているため拒否され、エーデルクラウトの念話によって説得される。


「何を……離して、ください……」

「王女の護衛が最優先です」

「だから、こそです。このままでは……貴女も、一緒に……」


 それでもソフィア王女は荷物の回収は諦めて、片足を失って動けないマルームを支えながらすぐさま斜面を下る。こちらに向かってくるアキトとシンを見つけるが、後ろではロザリアが雪の壁を切り刻んで迫ってくる。


「こんなもので、私を止めたつもりかい!」

(ダメですよ。私はソフィア様を守るために、こうして……)


 ソフィア王女はエアショットを放って牽制するが、マルームを支えながらでは時間稼ぎにもならない。気付けば雪崩も視界に映る距離にまで迫ってきており、残された時間はあとわずかだった。


「ソフィア様……ごめんなさい」

「え?」


 マルームが何かを呟いたかと思うと、ソフィア王女は背中に大きな衝撃を感じて突き飛ばされる。投げ出された身体は斜面を離れて宙を舞い、下方にいる2人の元へと飛び込んでいく。


「マルームさん!」

『私が残れば、ソフィア様は確実に助かる……だから、行って』


 ソフィア王女を受け止めたアキトの声は、迫りくる雪崩の轟音に虚しくかき消される。残ったマルームは近くの木にもたれかかると、崩れるようにしてその場に座り込む。


「もう限界だ、全員飛べ」

「でも!」


 エーデルクラウトの言葉にアキトは思わず反抗してしまう。しかし、雪崩が迫ってきているこの状態で、マルームを助け出す手だけがなかった。


「アキト、このままだと俺たちまで巻き込まれる」

「彼女の決意を、無駄にすることはできないわ」

「うぅ、はい……」


 もうすぐそこまで雪崩は迫っている。アキトは目に浮かぶ涙をこらえながらシンとソフィア王女にしがみ付き、グラビティと彼女の風の魔法で体を軽くする。

 そしてシンのバウンドブロックを蹴ることで、3人は空中の足場を飛び移るように高度を上げていく。そのまま振り返ることも言葉を交わすことも無く、エーデルクラウトに先導してもらいながら雪崩の届かない場所へ退避した。




……




…………




「ハハ、ゴメンね……私、もう疲れちゃった」


 3人を見送ったマルームは、そのまま力なく木にもたれかかる。失った右脚の先から流れ出す血を止める事すらせず、目の前に迫った雪崩をただ眺めるだけだった。


「ここまで来て、死なれてたまるか!」

「ロザリア隊長!」


 サイレンサーの制止を無視して、ロザリアが地響きに足を取られながらも近づいてくる。マルームにはその姿と表情が、エスカが自分を心配して焦っているように見えていた。


「ああ、エスカ……そんな顔しないでよ。そっちにはシグレもいるんでしょ」


 手を伸ばすロザリアに対して、マルームは定まらない焦点で見つめながら手を差し出す。エスカがこの手を取ってくれれば、シグレのいるところまで連れて行ってくれる。そうすれば、また3人一緒になれると信じて……。


「くっそおお――ッ!」


 雪崩に飲まれかけたロザリアが伸ばした手は、リーパーの駆るキマイラの脚を掴む。悔恨の念を叫びながら飛び去ってもなお、マルームの目には変わらずエスカが映っていた。


「2人の子供……見たかったな。ねえ、エスカ――」


 親友たちの幸せな未来を想像しながら、マルームは雪崩に飲み込まれていった。周囲一帯は真っ白に染まり、舞い上がった雪が太陽をも覆いつくす。

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