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01-25 1月10日―駐屯地陥落―

 時は戻りクロムウェル隊が霊の国へと脱出した後、駐屯地に残ったエスカは魔王軍四天王ロザリアの侵攻を1人で食い止めていた。人のいない建物の中で、両者の攻撃が火花を散らす。


「素晴らしいじゃないか」


 伸ばした蛇腹剣に風刃を纏わせた一撃【風斬り】によって、駐屯地で補充したばかりのエスカの盾が破壊される。


「エスカって言ったかい? このまま敗軍の将になるくらいなら、今からでも魔王軍に来る気はないか」

「……」

「アンタの実力なら、すぐにでも部隊を任せられる。なんなら息子の嫁に来てくれても良い。それなら高位の地位も一緒に与えることが出来る」

「私はシグレの妻だ。そうでなくともアルヴヘイム王国の騎士として、裏切り者になるつもりはない」


 ロザリアは自身と対等に渡り合うエスカの強さを認め、魔王軍へと勧誘するも断られる。両者は失った盾の代わりに魔力でエスクードを形成し、手を止めることなく一進一退の攻防を続けている。


「なら、旦那と一緒に来な。子供がいるなら、その子の安全と生活も保障するよ」

「見え透いた嘘を」

「嘘じゃないさ。それだけの対価を払ってでも、アンタを引き込みたい。侍の旦那が付いてくるならなおさらだ」


 ロザリアの言葉は嘘ではないだろう。四天王という立場であれば、それだけの対価を用意する権限を持っていてもおかしくはない。だが申し出を受けるつもりのないエスカにとっては、その真偽を問うことに意味はなかった。


「聖浄なる天命は――」

「それが答えか」


 その回答とばかりに、エスカはランスに天使の輪を纏わせて詠唱を始める。ロザリアは魔力の翼による超加速からの一閃【ヘヴンズドライブ】を警戒して、エスクードを構えつつさらにシールドを形成する。


「ちっ、目くらましかい」


 その瞬間を見計らって、エスカは自身のエスクードから閃光を放つ。シールドが張られた胸部を避け、ブースターで加速をつけた光の槍【セイントチャージ】がロザリアの顔面を貫く。


「ガア……アアァァ」


 眼球が飛び出し鮮血と同時に脳髄が巻き散らされ、頭蓋骨を貫いたランスが壁に打ち付けられる。それなのに、ロザリアの紫色の目に睨まれたような奇妙な感覚をエスカは受ける。


(まだ生きてる)


 ロザリアの右腕が動いていることに気付いたエスカはランスから手を離し、左腕のエスクードを構えつつ迎撃態勢を取る。


(こんな状態で、何をする気だ?)


 ロザリアの右肩から先の腕が消え、身に着けていた籠手が蛇腹剣を握ったまま地面に落ちる。下に着ていた服の袖が垂れ下がり、腕の形をした緑色の魔力の霧がエスカに向かって伸びていく。


(うぐっ……なんだ、この感覚は)


 ロザリアの右腕が、エスクードと鎧……そしてエスカ自身の体をすり抜けた。貫かれた感覚は全くないが、自分自身という存在そのものが強引に後ろへ引っ張られるような感覚に支配される。


「貴様、私の魂を……」


 掴まれたのは、エスカの生命の根源【魂】そのものだった。魂は肉体との繋がりを保とうと抵抗するが、押し込まれるロザリアの腕によって少しずつ引き剥がされていく。

 それに伴って消失していく意識と感覚の中、エスカは肉体を強引に動かして魔力と共に拳を握り込む。


(シグレ、おまえと会えて私は幸せだったよ)


 エスカが腹部に拳を叩きつけると同時に、ロザリアが引き剥がした魂を握り潰す。そして残された彼女の肉体が、糸が切れた人形のように倒れ込む。


(私を本気にさせたのは、ガリウス様以来だよ。ホント、敵だったのが勿体ないね)


 ロザリアは引き抜いたランスをエスカの横に突き刺すと、潰れた顔から彼女の勇姿を称える。最期の一撃でヒビの入った鎧を脱ぎ捨て、落とした蛇腹剣を拾って自らの首を切り落とす。


(外はグライヴに暴れさせときゃ良いとして……敵が捨て身になる前に指揮官を叩くか)


 ロザリアはこの戦闘で失った装備……そして頭部をエスカから補充し、駐屯地を制圧するために指揮官を探し始める。




……




…………




 霊の国へと繋がる駐屯地の門の前で、シグレとグライヴは戦っていた。長時間に渡って攻防を続けていたが、その均衡も永遠には続かなかった。


「そろそろ決着にしようぜ!」


 グライヴが長巻を構えて自慢の高速で空を駆ける。その動きに迷いはなく、ただ一直線に突き進む。対峙するシグレは臆することなく、魔力を纏わせた刀を振り下ろす。探知魔法と連動した魔法【不俱戴天】により、範囲内であれば距離を無視して刃を届けることが出来る。


「言ったはずだよ。どこにいても、君の動きは全て分かる」

「知らねえなッ!」


 纏わせた魔力を斬撃の瞬間に全て放出することで威力を跳ね上げる。シグレが振り下ろした一撃【斬徹】は、グライヴが形成した赤色のシールドとその先の肉体を両断する。


「止まらない。正気か!?」

「左腕1本なら、安いもんだろ!」


 それでもグライヴは減速することなく、シグレに肉薄する。不倶戴天の反応により回避を試みるが、避け切ることが出来ずに袈裟斬りを受けてしまう。胸当てをしていたため致命傷にはならなかったが、下部の肋骨数本が折れて右脇腹を斬られる。


「ハハッ、こりゃ凄い。最強である俺の腕を落としたのは、シグレが初めてだぜ!」

「はぁはぁ……嬉しくないよ。戦闘狂に褒められても」

(魔力も残り少ない。だけど彼だけは、ここで何としてでも)


 シグレは両断された胸当てを脱ぎ捨て、はみ出した血まみれの腸を押し込んで表面にスキンバリアによる防護膜を形成して応急処置をする。グライヴも同じことをしており、片手で長巻を構えて高速で突っ込んでくる。


「くっ、こんな時に」

「貰ったぜ、シグレ!」


 怪我の痛みと残存魔力低下による倦怠感から、不倶戴天の探知が乱れてシグレの反応が一瞬遅れる。その状態では魔法で高速化されたグライヴの動きに追い付けず、構えていた刀が弾かれる。振り上げられた長巻を即座に逆手に持ち替えたかと思うと、一瞬の間に振り下ろされていた。


「がはっ、まだだ……まだ!」


 シールドが形成される前の魔力の塊を押しのけ、胸骨を砕いて心臓を串刺しにする。それでもシグレは体勢を崩すことなく踏み止まった。

 刀は弾かれたが手放してはいない。左手でグライヴの腕を掴んで逃げられないようにし、長巻が食い込んでいくのもお構いなしに踏み込んでいく。


「届け……届けええええ――ッ!」


 突き刺さる長巻に押し負ける前に、最後の血液が循環しきる前に……渾身の叫びと共に腕を伸ばし、全ての魔力を注ぎ込んで父から受け継いだ愛刀をシグレは振るう。


「良いぞ、良いぞ! こうでなくちゃ面白くねえ!」


 魔力が溢れ出す刀身は全ての防御を斬り裂く一刀【煉獄】となり、グライヴのシールドを消滅させてその首を狙う。可視化されるほど高濃度の魔力が、赤い軌跡となって一閃される。


(エスカ、これからも君と一緒に……)


 折れた刀身が宙を舞い、地面を跳ねる音が決着を告げる。シグレの一撃はグライヴの頬を斬り裂いたが、致命傷を与えるには至らなかった。

 シグレが握りしめたまま残された刀身から溢れていた赤い魔力が、まるで命の灯であるかのように静かに散って行った。


「……どうだ、俺は最強だろ」


 グライヴは勝利の余韻に浸るように、黄昏の空を眺める。そこには魔王軍の勝利を伝える信号弾が放たれ、駐屯地全域に副団長の放送が響き渡る。これにより両軍の戦闘が終了し、生き残った王国兵は武装を解除して魔王軍に投降していった。




――神暦9102年1月10日

 戦死したクレイン師団長に代わり、副団長がロザリアの降伏勧告を受け入れた。これにより北部国境駐屯地が陥落し、アルヴヘイム王国の城塞都市ミンガム以東の地域が全て魔王軍に占領されることとなった。






――――――――――






「先に王女を捕らえてれば……」


 水面に映る長い銀髪に青い目をした自分の顔を見て、ロザリアは駐屯地での戦闘を思い出していた。王女を捕らえるのに時間と人員を浪費しているこの状況に、思わず無意味な仮定が頭の中をよぎる。


「いや、その程度で従うような奴じゃないな」


 ロザリアは冷たい水で顔を洗って雑念を押し流すと、頭を切り替えて現在の状況に集中する。渓谷での戦闘以来見失っていたクロムウェル隊を探すべく、彼女の部隊はとある山の山頂付近に野営して捜索を続けていた。


「ロザリア様、ターゲットを発見しました。どうやら人数が減っているようです」

「どういうことだい?」


 遠くまで見渡せる魔眼【千里眼】で捜索していたゲイザーが、ついにクロムウェル隊を捕らえる。しかし人数が足りないという報告に、ロザリアは疑問を抱く。


「見える人影は5つ、残り3名の姿が見えません」

「本命は見えるか?」

「この距離でははっきりとは見えませんが、体格的に1人はギガースの騎士でしょう。それと槍を持った男がいません」


 体格の大きいエーの存在はすぐに認識できたが、槍とクロスボウを背負っているはずのシンがいないことに気付く。つまり、残り4人の人影は彼らを除いた誰かということになる。


「先日の悪天候で脱落したか、部隊を分けたか……どちらにしろ、ここからでは判断できませんね」


 人数が減った理由をゲイザーは推測するが、現時点では判断できない。


「こっちは足止めを食らったが、アイツらは進み続けただろうからな」

「あの吹雪に突っ込めば、こちらにも被害が出ていたでしょう。原住民の村を見つけられたのは幸いでした」


 追跡部隊はクロムウェル隊との戦闘で、その戦力を大きく減らしていた。しかしそれにより、残ったキマイラヴィント3頭で全員を運ぶことができた。そして西に大きくずれたところに原住民の集落を発見し、そこで吹雪がやむのを待っていた。


「良い所だったな。精霊たちが原種の姿のままで共存する。まさにガリウス様が目指す理想郷そのものだった」

「人類の支配するこの世界に残された僅かな希望です。私たちの手で、彼らが隠れて暮らす必要のない世界を作りましょう」


 ロザリアとゲイザーはお世話になったその集落のことを思い出す。魔王ガリウスが唱える理想郷が実在したことに、彼らは決意を新たにする。


「ロザリア様、それで見つけた部隊はどうしますか?」

「……ゲイザー、アンタはキマイラで先行して監視を続けな。絶対に見失うんじゃないよ」

「了解」


 ロザリアは少し考えたのち、ゲイザーにキマイラに乗って先行するように指示を出す。そして自身は残りのメンバーを集め、ソフィア王女奪取のための作戦会議に取り掛かる。

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