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【第1章完結】ラプラスの魔導士 〜魔眼で魔法を解析し、重力を操る異世界の理術使い〜  作者: 盆妖幻鳥
第1章 アルヴヘイム事変

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01-24 雪中行軍

――1月20日

 狩ってきた動物を保存食にして、僕らはまた雪山の中を進み始める。順調にいけば後2日ほどでエルフの里に到着する。このまま見つからないことを祈るばかりだが、僕らの不安を表すように天候が崩れていく。出発時は晴天だった空が曇天に変わり、気温の低下と共に雪が降り始める。


 エーさんがしきりに右脚をさすっている。






――1月21日

 遠くでは人を乗せたキマイラが、空中を旋回しているのが時々見える。昨日から降り続けた雪が昼過ぎに吹雪に代わったため、ビバークして弱まるのを待つ。

 夕暮れになっても吹雪がやむ気配はなく、巨大なエスクードで囲って風を防ぎながら雪洞を掘る。内部は魔法によって温められているが、これまでに負った傷が疼いてなかなか眠れない。


 遭難しても僕らに救助隊は来ない。






――1月22日

 今日も吹雪のままだった。天候のせいかキマイラが飛んでいる姿は見えないが、雪崩が発生してルートの迂回を余儀なくされる。ただでさえ吹雪で歩みが遅くなっているのに、さらに行程が遅れる。

 それにしても寒い……防寒着を着込んでいるのに体が震える。歩いているときは交代でシールドを張りながら風をしのぎつつ、折を見て魔法で作り出したお湯を飲んで体を温める。口に手を当てて外気に触れないようにして飲んだのだが、ソフィア様なんかは直接口内にお湯を作って飲んでいる。器用なことをするなと思いつつ、僕は魔法が存在することに感謝する。


 魔法は便利だが魔力は有限だ。






――1月23日

 朝起きたら騎士の1人が目を覚まさなかった。連日の吹雪で体力と魔力を消耗し、体温の上昇が追いつかずに凍死してしまった。死体は火葬し、持っていけない荷物を墓標代わりにする。マルームさんはずっと泣いていたが、僕らに悲しむ余裕なんてなかった。必要な荷物を分配したことで増えた負担が、多くの仲間を失ってしまったという事実を突きつける。


 吹雪はまだやまない。






――1月24日

 雪は降っているものの、連日続いた吹雪がようやく止んだ。遠くからは雪崩が起こる音が断続的に聞こえ、キマイラがまた空を飛び始めた。今日はシンさんと一緒に狩りに出掛けた。狐を何匹か見つけたが、僕が仕留められたのは1匹だけだった。

 この日からエーさんの様子が少しおかしくなった。右脚がうまく動かせないらしく、何度も転倒しそうになっていた。時折妙なうめき声を漏らし、その度にジェイコブ隊長とソフィア様に介抱されていた。

 いや、エーさんだけじゃない。昨日まで悲しみに暮れていたマルームさんが、一言も喋らなくなり感情が消えた。それに気付いたのはすでに日が暮れた後だった。


 今日は全く寒くなかった。






――1月25日

 久々に雪がやんだが、雲が晴れないせいで気温が上がらない。今日も上空をキマイラが飛んでいる。昨日の反省を踏まえ、シンさんに探知魔法を教えてもらった。さらに魔力弾を複数形成して散弾のように飛ばすスタイルに切り替えたことで、飛んでいる鳥を狩ることができた。

 どんなに体を温めても、エーさんの容態がよくならない。意識が朦朧としていて、時折足を止める。絞り出すような声で、「俺を置いていけ」と言った。僕らは無視して介抱した。


 耳元でキマイラの雄叫びが聞こえる。






――1月26日

 また雪が降り始めた。エルフの里にはいつになったら辿り着くのだろうか。遠くではいつものようにキマイラが僕らを探して飛んでいる。いつ見つかるかわからない緊張感と凍てつく寒さのせいで、体力的にも精神的にも僕らは疲弊していた。

 そしてついに限界を迎える。エーさんが暑いと言って服を脱ぎだした。僕らの制止も聞かず、防寒着どころかその下の服まで脱ぎ捨てる。そして「助けが来たんだ、人がいるぞ!」と叫びながら走り出すと、凍った川を渡り出した。そんな状態でまともに走れるわけもなく、転倒した衝撃で氷を割って沈んでいく。


 僕らは天に見放されたのだろうか?






――――――――――






 凍り付いた川の対岸には、人影どころか見間違えそうな物すらなかった。エーの死体を川から引き揚げたアキトたちは、改めてエルフの里までの行程を話し合う。


「エルフの里はこの山を越えた先にある。山を登って一直線に進むルートと、麓を回り込むようにして迂回するルートがある」


 ジェイコブ隊長が地図を広げ、進行ルートを指でなぞりながら説明する。試算では一直線に突き抜ける最短ルートなら1日、麓の迂回ルートなら3日といったところだった。


「雪崩が少し怖いが、麓は開けた場所が多くて敵に発見されやすい」


 ジェイコブ隊長の言う通りここからその山を眺めると、ところどころで雪崩が発生しているのが見える。つまり敵に見つかりにくいが危険で短いルートか、敵に見つかりやすいが安全で長いルートを選ぶことになる。


「……そこで俺の意見だが、ここは二手に分かれようと思う。ソフィア様を連れた本命の部隊が最短ルートを一気に進む。残りは囮部隊として迂回ルートを進む」

「振り分けはどうするんですか?」

「ソフィア様、シン、アキト……そしてマルームの4人だ」


 アキトの質問に、ジェイコブ隊長はソフィア王女を含めた4人の名前を挙げた。しかしそれだと、残る囮部隊は2人だけになってしまう。


「待ってください。それだと人数で囮だとバレませんか?」

(それに言いたくないけど、囮なら2人は別々の方が……)


 最後にロザリアの追走部隊と遭遇した時、アキトたちを含めてクロムウェル隊は8人だった。それが2人だけで行動していたら、部隊を分割していることが露見ししまう。

 それに囮という役割を考えるなら、ソフィア王女とマルームは部隊を分けるべきではないのかと、アキトはふと思ってしまう。


「ああ、バレるだろうな。だからエーの死体を回収した」

「どうしてですか?」


 単純に亡くなったエーを弔うためだと思っていただけに、アキトはその意図について聞き返す。だがジェイコブ隊長から返って来た言葉は、彼にとっては受け入れがたいものだった。


「エーをリビングデッドにして連れて行く」

(そんなの嫌だ。でも、他の方法なんて……)


 ジェイコブ隊長の計画に、アキトはログラスの町でリビングデッドにされたデイの姿を思い出す。脳裏に浮かぶ光景から嫌悪感が沸き上がるものの、その感情を吐き出す気力は残っていなかった。


「それとスノーゴーレムを作って、予備の防寒着と鞄を持たせて頭数を増やす」


 凍死した騎士から予備として回収した防寒着とリュックサックをスノーゴーレムに持たせることで、遠目からは判別できないようにする。それがジェイコブ隊長の考えた作戦だった。


「スノーゴーレムは私が作るわ」

「俺の防寒着と鞄も持って行け、これでゴーレムをもう1体用意できる」


 シンは防寒着を脱いで渡すと、元々着ていた自身のジャケットを羽織る。リュックサックの中身を移している横で、ソフィア王女が魔法で雪をかき集めてスノーゴーレム2体の作成を始める。


「あの、リビングデッドとゴーレムの違いって何ですか?」

「違いなんてないさ。ただ、肉体として死体を使うかどうかだ」


 エーの死体をリビングデッド化しているジェイコブ隊長に、アキトはゴーレムとの違いを尋ねる。

 異界から呼び出した魂を用意した肉体に憑依させる。それがゴーレムであり、外部から命令を送ることによって自在に操作することができる。そして死体で作ったゴーレムをリビングデッドと呼んでいる。


「それじゃあ、ソフィア様。無事にエルフの里で落ち合いましょう」

「ええ、待ってるわ」


 エーのリビングデッド化、スノーゴーレム2体の作成と擬態が完了する。準備を整えたジェイコブ隊長と最後に残った騎士が囮部隊として出発する。アキトたちはそれを見送ると、時間をおいて別ルートを進んでいく。

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