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01-23 心の選択

 シンと話したことでアキトの気持ちが晴れ、思いを新たにして空を見上げる。すると1羽のフクロウがこちらに飛んでくるのが見える。


「エーデルクラウトが戻って来たな」

「フクロウ?」

「ああ、俺の相棒だ」


 エーデルクラウトと呼ばれた黒いフクロウが、2人の近くに木に留まって羽を休める。彼はシンと召喚契約しているフクロウの悪魔【ストラス】であり、逆立った髪の毛が王冠のように見える気品のある姿をしている。


「初めまして。私はエーデルクラウト、以後お見知りおきを」

「魔法で喋っている!?」

「話には聞いていたが、本当にラプラスの魔眼を持っているようだな」


 エーデルクラウトは低くて渋い男性の声を発する。アキトはフクロウが喋ったことよりも、その声が魔法によって発せられていることに驚いた。


「獲物の場所は?」

「少し行ったところに岩場がある。そこで狐を見た」


 エーデルクラウトは魔法で空気を振動させて、人間の声を模倣した音を発して喋っている。異界の住人【原種生物】は重界に住む人類のような共通言語を持たないため、それを理解して言語による意思疎通ができる彼は非常に珍しい存在である。

 そんな話を聞きながら、アキトはエーデルクラウトに案内されて狐がいるという岩場へ向かう。


「いたな」

「どうするんですか?」

「ここから狙う。見つからないように注意しろ」


 シンが右手で魔力の矢【マジックアロー】を形成して、左手に持ったクロスボウにつがえている。白い狐が何かを探すように雪の上を歩いており、見つからないように岩場の陰から照準を合わせる。


「麻痺の魔法ですか?」


 シンが形成したマジックアローは、麻痺の魔法【パラライズ】に接触を感知する魔法【トリガー】を挟み込んで発動寸前の状態を維持している。それをマジックアローという外殻で保持することにより、魔法を込めた矢を作り出していた。

 狐が雪の中に頭を突っ込んだ瞬間を狙い、シンがクロスボウからマジックアローを放つ。突き出したお尻に矢が刺さると、接触信管のトリガーによってパラライズが発動する。


「よく分かったな」


 マジックアローに込められた魔法を当てたアキトに、エーデルクラウトは感心する。シンは雪に埋もれたまま動かなくなった狐を引き抜くと、ナイフを取り出して刃を入れる場所を探る。


「今からこいつを解体するが、アキトはどうする?」

「見ていても良いですか?」

「ああ」


 シンは狐の首を切り落とすと、血抜きをしながら空き瓶に血を溜めていく。聞けば動物から採取された血液は、洗浄や加工の工程を経て輸血用に精製されるそうだ。こうしてできた物が、キマイラによって重傷を負ったアキトに輸血された精製血液である。


「そういえば、なんでシンさんはわざわざ矢に魔法を込めているんですか?」

「なぜ、とは?」

「あの距離なら、直接魔法を当てられるんじゃないですか?」


 シンが狐を解体する工程を眺めながら、先ほどの魔法について率直な疑問をぶつける。先ほどの狐との間の距離はおよそ数十メートル……アキトとしては魔法で直接パラライズをぶつければ早いのではと考えていた。


「そうか、アキトは外界人だったな。それなら、試しにシールドを出してみるといい」

「シールドを?」

「ああ、それも限界まで遠くにだ」


 アキトは疑問に思いながらも、エーデルクラウトに言われた通りに手を伸ばして魔力を放出する。遠くへ飛ばそうとすると怪我のせいでひりつくような痛みがはしるが、全神経を集中させて少しずつシールドを構築していく。


「……限界っ」


 1分ほど集中してみたが、アキトが形成したシールドは5メートルほどしか距離が開いていなかった。しかも出現したシールドは歪な形をしており、空中保持もできずに地面に落ちてしまう。


「魔力を制御できるのが最大で約20メートル、魔法を発動できるのがその半分の約10メートル……それも今回と同じように、集中できる状態で測定した数字だ」

「僕が未熟なだけじゃないんですね」

「そうだ。訓練をしてもそこまでしか伸びない。そして既に実感しているだろうが、発動速度と精度の両立が求められる実戦における有効距離は更に短い」


 これだけの時間と集中力を使っても、精度の悪い魔法しか発動できない。それを実感したアキトは、自分が想像していた魔法が実戦では使い物にならないことを知る。


「魔法と言うのは自身の周囲でしか発生できない。例えば半径50メートルを爆破する魔法なんて、普通に使えば自爆と同義だ」

「その場合は魔力弾やマジックアローに爆発魔法を込めて、それを50メートル以上遠くに飛ばしてから起爆……ですか?」


 アキトはこの世界で見てきた魔法を改めて思い出す。シンのようにマジックアローに雷撃やパラライズを込めて放つ、キマイラのロックバレットのように魔法で形成した物質を直接飛ばす、あるいはマルームのようにトーチカに魔法を込めて遠隔起動させるか……。

 どの方法であっても、一度身の回りで準備をしてから遠くへ飛ばしている。


「理解が早くて助かる。せっかくだ、試してみてはどうだ?」

「そんな簡単にできるものなんですか?」

「ラプラスの魔眼でシンの魔法を見て、マネすればいい」


 エーデルクラウトが今の話を伝えると、狐の解体を終えたシンにパラライズを込めたマジックアローを形成してもらう。アキトはそれをラプラスの魔眼で観察しながら、グラビティを込めた魔力弾の形成に挑戦する。




……




…………




「凄いな、もうできたのか」

「シンさんがお手本を見せてくれたおかげです」


 何度か失敗したものの、アキトはついに魔法を込めた魔力弾の形成に成功する。圧力感知のトリガーもしっかり機能しており、木の幹に当たった弾がグラビティを発生させる。


「アキト、少し離れたところに兎がいる」

「本当ですか」


 魔法を込める練習している間に、エーデルクラウトが近くにいる獲物を見つけてきた。アキトが案内された場所では、白い兎が木の枝を食べている。


「スノーレプスだ。名前の通り積雪地方に生息し、夏は茶色、冬は白色と毛の色を変える」

「一撃で仕留める必要はない。当てやすい胴体を狙え」

「分かりました。やってみます」


 エーデルクラウトとシンの説明を受け、アキトは重力魔法を込めた魔力弾を形成する。物音を立てないように慎重に狙いを定め、兎の胴体を狙って発射する。


(気付かれた!? でも、グラビティがある)


 寸前で気付かれて魔力弾は回避されたが、近くの地面に当たったことでグラビティが発動する。飛び退いた兎は空中で重力場に捕まり、その場に落ちて地面に拘束される。


「上出来だ。トドメと解体は俺がしとくから――」

「待ってください。最後まで、僕がやります」

(昨日は無我夢中だった。だけど今日は、これからはちゃんと自分の意志で……)


 シンが兎にトドメを刺そうとするが、ある決意をしていたアキトが制止する。それは、暴走したグラビティによる魔法を制御して発動できるようにすること……すなわち、自らの意志で選択したと示すために。


「分かった。好きにしろ」

「ありがとうございます」


 シンの言葉に背中を押してもらい、アキトは兎の首を両手で掴む。暴れる様子はないが、グラビティの重力場に逆らおうと体に力が入っているのが分かる。毛皮越しに伝わる温もりと筋肉の弾力が、確かな生命力を実感させる。


(ためらっちゃダメだ。やるなら一気に……)


 両手に力と共に魔力を込め、効果範囲を定めて満たしていく。そして十分に魔力が行き渡ったところで、アキトは一気に重力魔法を発動させる。強力な重力場が中心に向けて渦を形成し、兎の頭部と一緒に光を呑み込んで漆黒の球体が姿を現す。


「……シンさん。兎の解体のやり方、教えてくれませんか?」


 重力場によって捻り切られた兎の頭部が圧縮され、その肉塊が小石となって手の中から落ちていく。アキトは血で滲んだ包帯ごと右手を握りしめ、改めて命を奪った感覚を刻み込んでいく。

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