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【第1章完結】ラプラスの魔導士 〜魔眼で魔法を解析し、重力を操る異世界の理術使い〜  作者: 盆妖幻鳥
第1章 アルヴヘイム事変

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01-20 マルームの決意

(僕は、なんて無力なんだ……)


 駐屯地ではエスカとシグレを見送ることしかできず、キマイラに襲われるシイもただ見ていることしかできなかった。アキトはクロムウェル隊が命を懸けて戦っているのに、守られているだけである状況に無力感を募らせる。


(でも、無理に戦おうとすればあの時の二の舞になる。今はラプラスの魔眼と雑用で、皆の力になるしかない)


 キマイラに引き裂かれた上半身に手を当てながら、アキトは自身の実力では通用しないことを再確認する。そして改めて自分にできることを考え、そのためにすべきことを見出す。


(移動中に襲われると、どうしても背負っている荷物が邪魔になる。僕が重い荷物も運べるようになれば、少しでも楽になるはず)


 テント、調理器具、食料、医療品など、最初は馬車に乗せて運んでいた荷物も今は全員で分担して運んでいる。その負担を軽減するためにも、アキトは雪玉を作って手の上に乗せて魔法の練習を始める。


(魔力弾の発射に使っている反発の魔法……これは瞬間的に大きな力を発生させる魔法だ。この時、力を抑えて一定の出力で持続させれば)


 アキトが魔法で力を加えると、手の上で雪玉が宙に浮いて浮き沈みを繰り返す。安定化したところで両手を添え、それぞれから別方向の力をかけて雪玉を捻るように潰す。


(力の制御はできる。後は出力を上げていけば、持ち上がるはず)


 次にアキトは自分が背負っていたリュックサックの前に立つ。両手から魔力を放出して雪玉と同じように力をかけていく。重さもあり中々地面から離れないが、焦らずゆっくりと出力を上げていく。


「やった、できた!」


 顔の高さまで持ち上げられたリュックサックを見て、アキトは嬉しさのあまり声を上げる。だんだんとコツを掴んだのか、上下左右思った方向へとゆっくりではあるが動かせるようになった。


「あ、マルームさん。見てください。これで荷物も楽に運べますよ!」

「凄いじゃない。半月で重力魔法が使えるようになるなんて」


 ちょうどそのタイミングでマルームが様子を見に来たので、アキトは声をかける。彼女の方も重力を操作する魔法【グラビティ】を習得した彼の姿に驚きを隠せなかった。


「そうだ、マルームさん。ずっと気になっていて、聞きたかったことがあるんですが」

「何かしら?」

「属性は魔、天、霊、妖の4つで、魔力の色は青、黄、緑、赤ですよね。なら、キマイラの白い魔力は何なんですか?」


 最初にキマイラに遭遇した時は怪我をしてそれどころではなかったが、今回シイを殺したキマイラも白色の魔力を放っていた。アキトはそのことについてマルームに疑問を問いかける。


「白い魔力は無属性よ。4つのどの属性にも当てはまらないわ」

「5個目の属性ということですか?」

「ええ、そうよ。普通なら種族で4属性のどれかが大体決まるけど、ごく稀に無属性になることがあるの」


 無属性……それは4属性のどれにも当てはまらない、白い魔力を持った属性のことである。マルームによると無属性を持つ生物は希少な存在であるそうだが、それを聞いたアキトにある疑問が浮かぶ。


「あれ? だとすると、2頭続けて無属性ってことがありえるんですか?」

「普通ならありえないわ。わざわざ無属性の個体を厳選する意味もないし」

「そうなんですね」


 そもそも魔法を発動させるために構築するマトリクスが同じであれば、4属性であっても無属性であっても同じ魔法が発動する。故にマルームの言う通り、戦力としてわざわざ無属性であることを求める意味は無い。


「ほんと、アキト君は偉いわね。巻き込まれただけなのに、ちゃんと敵を分析していて。それに比べて私は……」

「マルームさん?」

「いえ、何でもないわ。私も頑張らなないと、って思っただけだから」


 2頭のキマイラが希少なはずの無属性だったことについて考えていると、その姿を見ていたマルームがふとその心中を漏らす。その内容が気になったアキトが声をかけるが、その時には既に何かを決意した表情で空を見上げていた。


「怪我もまだ完治したわけじゃないから、アキト君も魔法の練習はほどほどにね」

「はい、ありがとうございます」

「それじゃあ、私はソフィア様に用があるから」


 マルームはアキトの体を労わると、ソフィア王女を探してその場から立ち去っていった。




……




…………




「肩の傷は大丈夫かしら?」

「この程度なら自分で処置できる。それより1人で出歩いて大丈夫なのか?」


 ロザリアから受けた傷の処置を自分で行い、シンは野営地から少し離れた場所で見張りをしていた。そこにソフィア王女が姿を現したため、1人で来たことを心配する。


「そちらもご心配なく。手足の回復を優先して、動かせるようにしましたから」

「その驚異的な回復速度、“加護”によるものか?」


 エルフの特徴は尖った耳と翠色をした精霊の眼であり、それ以外は人間と変わらない。にもかかわらず四肢粉砕と腹部貫通という大怪我から、わずか半月ほどで最低限の日常生活は送れるほどに体を動かせるようになった。


「ご想像にお任せします」

「そうか……それよりも、この先についてだ」


 その驚異的な回復速度に疑問を抱いていたシンだったが、ソフィア王女の言葉にこれ以上の追及は諦める。それよりも明日からの行程について考えなければならない。


「それはジェイコブ隊長たちも考えているわ。ただ――」

「そう簡単に有効な手立ては見つからないか」


 今日の襲撃で仲間を2人も失い、敵との戦力差がさらに広がった。ただでさえ空戦型キマイラによって制空権が奪われているこの状況では、クロムウェル隊が取れる選択肢は限られていた。


「それなら、私がソフィア様になります。それで敵の目を欺くことが出来ます」


 2人の話を聞いていたのかマルームが姿を見せると、ソフィア王女との入れ替わりを提案する。いざとなれば自身の身柄を引き渡すことも視野に入れて……。


「軽い傷なら俺も処置することが出来る。だが、重傷を負ったらお前に頼るしかない」

「それを知らない貴女ではないでしょう?」

「もちろんです」


 反対するシンとソフィア王女だったが、すでに覚悟を決めているマルームは腰に下げたレイピアをおもむろに引き抜く。そして刀身をサイドテールの隙間に通すと、一気に振り上げて髪を斬り落とす。


「後輩たちも命を懸けたんです。それを無駄にしてしまったら、エスカとシグレに合わせる顔がありません」


 斬り落とされた金色の髪の毛が、風に乗って周囲に舞い散る。マルームは自身の決意を示すように、役割を失った髪留めのリボンを握りしめてソフィア王女に差し出す。


「分かりました。ジェイコブ隊長と協議して具体的な方針を立てましょう」

(……ここまで来たが、まだ先は長そうだ)


 マルームの決断を認めたソフィア王女が、彼女の手から髪留めのリボンを受け取る。シンは彼女たちが野営地へ戻るのを見届けると、沈みゆく夕日を眺めながら物思いにふける。






――――――――――






「マルームさん。おはようございます」

「あらアキト。わたくしは“マルーム”ではありませんよ」


 一夜明け、出発の準備を整えたアキトはいつものようにマルームに挨拶をする。しかし彼女から返って来たのはソフィア王女の声だった。


「え、マルームさん? でも、声が……」


 マルームの口調や仕草は、完全にソフィア王女を真似ていた。そんな彼女の姿に混乱したアキトは、事情を聞こうと辺りを見渡してソフィア王女を探し出す。


「これは彼女の提案です。姿を入れ替えることで、敵の目を欺きます」

(そうか、それで昨日ソフィア様を探していたんだ)


 防寒着に身を包んだ本物のソフィア王女が被っていたフードを外しながらアキトに声をかける。彼女の髪が伸びており、それをリボンで束ねてサイドテールにしている。よく見ると腰にはレイピアを差しており、その姿は昨日までのマルームにそっくりだった。


「ソフィア様、その恰好は……それに声も」

「魔法で髪を伸ばして声も彼女に近づけました」

「そこまでするんですね」


 どちらも金髪翠眼のエルフで背格好もほぼ同じ、その上で髪型と装備……さらに声まで入れ替えている。実際にはマルームの方が5歳年上なのだが、フードを被った状態では判別はできないだろう。


「彼女がソフィア・L・アルヴヘイムでいる間、私がマルーム・ナスエットになります。だから呼び方には気を付けてね。アキト君」

「……分かりました。“マルームさん”」


 口調もマルームに寄せるソフィア王女に対し、アキトも違和感がありながらも呼び方を変える。現在の地点は、駐屯地からエルフの里のちょうど中間くらいになる。2人の入れ替わりを悟られないように、クロムウェル隊は残りの行程に足を進める。

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