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01-17 異世界の医療技術

「なあ、アキト。俺たちも来年は受験生なわけだが……おまえはハルトさんと同じ大学を目指すんだよな?」

「そうだよ。カズヤは志望校決めたの?」


 高校2年生の冬休み……1年の最後日である大晦日に、僕は幼馴染であるカズヤの家に遊びに行った。勉強を終えてゲームで対戦していると志望校の話題になり、僕は兄さんが通っている地元の大学を目指していると告げる。


「俺、就職するわ」

「は?」


 突然、何を言い出すんだ。うちの高校の進路は大学か浪人の2択なのに……。


「よっしゃ、隙あり!」

「ちょ、待って」


 驚きのあまり手を止めてしまった。僕はその隙を突かれて、止める間もなく敗北画面に導かれる。いや、だまし討ちはノーカウントでしょ。


「ははははっ、冗談だって。そんなに驚くとは思わなかったぞ」

「で、志望校は?」

「ぶっちゃけ、決まんないんだよね」


 ゲームの対戦が一段落付いたところで、僕はコタツの上に用意されたミカンに手を伸ばす。当のカズヤはそのまま寝転んで、天井を眺めている。


「この前は上京するって言ってなかった?」

「それを親に言ったら条件出されてよ。地元の大学よりハイレベルじゃないとダメだって」

「兄さんの大学だって、この地方で一番なんだけど……」

「俺もそう言ったさ。そしたら、“だったら、そこに行けばいいじゃん”だとさ」


 特に決まらないなら一緒の大学に行こうと、僕も言っていたと思う。ただカズヤの場合、上京したい意志と両親との意見の衝突が問題なので、一先ずは黙って話を聞くことにした。


「そこ以上って言ったら、もう国内最高峰しかないんだぞ。俺には無理だって」

「でも、うちの高校からだって毎年そのレベルの大学に行く人いるし、カズヤだって頑張れば……」

「それはうちの中でも、さらにできる奴が行くところなの! 俺は浪人もダメだって言われてるの!」

「ええぇ……」


 僕もカズヤも校内では真ん中より少し上程度の成績でしかない。とはいえまだ1年あるので、高い目標ではあるが不可能と言い切るにはまだ早い気がする。


「まあ、どこを受けるにしろ勉強を頑張るしかないでしょ。新学期始まったらすぐに模試もあるし」

「そうだよなー。あ、そう言えばさ」

「なに?」


 どっちに転ぶにしろ、受験生としてやるべきことは勉強に集約される。カズヤも納得してくれたところで、話しながら皮をむいていたミカンをようやく口にすることができた。


「今度、部活の研究を発表するんだろ? 冬休みのんびりしてて良いのか?」

「シンポジウムは2月だし、研究も目途が付いているから大丈夫だよ」


 僕の所属している科学研究部は、毎年2月に開催されるシンポジウムに参加している。そのフィードバックを3月中にまとめ、4月からは新入部員と後輩に研究テーマの引継ぎを行う。それが終わった5~6月に部内で研究の最終発表をしたら完全に引退となる。


「それが終わったら、引退まであっという間なんだろうな」

「俺も夏の大会で終わりか……」


 残り半年あるとはいえ部活の終わりが見えてきたことに、僕の胸の中に寂しさが込み上げてくる。そんなセンチメンタルな気分に浸りながら食べるミカンは、いつもよりも酸っぱく感じた。






――――――――――






 周りから何やら物音や話し声が聞こえてくる。ぼんやりとした意識の中を漂っていたアキトだったが、突然入ってきた光が眩しくて思わず目を開ける。


(ここは……?)


 目の前にはマルームとシイがおり、アキトは状況を確認するために体を起こそうとする。しかし、体中に焼き付けるような痛みが巡っており、呼吸をするのもやっとなほどで思うように声が出ない。


「うう、あ……」


 痛みに耐えながら自分の状態を確認すると、上半身は裸にされており左胸の下あたりから右側の脇腹にかけて爪痕があるのが見える。血は拭われているようだが、傷口から新たに血液が湧き出してきて腹部を赤く染めようとしている。


(そうだ、僕は……僕は)


 アキトは自身の身に起こったことを思い出す。頭の中ではキマイラに引き裂かれた瞬間だけではなく、コボルトが目の前で頭部を狙撃された瞬間、味方の騎士が炎に焼かれる瞬間……今まで見てきた人が死ぬ瞬間がフラッシュバックしていく。


「アア……アァァ!」


 最後にはソフィア王女を初めて見た時の光景が浮かび上がる。その姿が今の自分と重なり、死の恐怖から恐慌状態に陥ったアキトは声にならない叫びを上げる。


(このまま僕も、僕も死ぬんだ。嫌だ、嫌だ……死にたくない!?)

「アキト君!?」


 動かない体を強引に動かそうと身をよじりながら暴れだしたアキトに、治療の準備をしていたマルームが落ち着かせようと声をかける。しかし聞こえていないのか、収まる気配はなかった。


「アキト君、大丈夫……私たちがちゃんと治してあげるから」

「アア……あぁぁ……」


 マルームはアキトを落ち着かせるために包み込むように抱きしめる。その温もりは彼に生きている実感を与え、心地よさから自然とその身を任せるようになった。


(おかあさん……)


 マルームに頭を撫でられながら、アキトは昔病気になった時に母が看病してくれたことを思い出す。小さい頃は病気になるとよく不快感からぐずっていたが、母が頭を撫でてくれると不思議と安らかになったものだ。


「大丈夫だからね」


 落ち着きを取り戻したアキトは、力を抜いてマルームに身体を預ける。その間にシイが赤い液体が入った袋をスタンドに取り付け、伸びたチューブの先端についた針を手に持って準備を済ませる。


「シイ、精製血液は足りるわね?」

「もちろんです。駐屯地で補充できましたからね」

「それじゃあ始めましょう。アキト君、左腕を出してくれる?」


 マルームによって体を寝かせたアキトは、言われた通りに左腕を差し出す。シイが静脈に針を刺すと、輸血用に調製された血液【精製血液】が体内に供給されていく。


「腹部全体を麻酔します。アキト君、もう少し我慢しててください」

(麻酔は魔法なんだ)


 シイが人差し指の先に魔力で針を形成し、そこに麻酔作用のある魔法【ペインブロック】を込める。傷口の周辺を手で探りながら刺す位置を見極め、針の先端を腹部に当ててゆっくりと差し込んでいく。


「いっ――」


 神経に針が刺された痛みで、アキトは思わず仰け反りそうになるが、こぶしを握り締めて歯を食いしばることで何とか耐える。若干涙目になりつつも、数か所に針を刺して局部麻酔が完了する。


(……あ、痛みが消えた)

「傷の間隔が狭いところはまとめて切除して、そのまま切開します」


 麻酔が回り、今まで感じていた腹部の強烈な痛みから解放される。マルームは二本束ねた指の先に薄くて鋭い魔力の刃を形成すると、傷口の間隔が狭くなっている場所をゆっくりとなぞりながら皮膚を切除していく。


(うげぇ)


 大きく切り開かれた自分の腹部を見てしまい、アキトは顔をしかめる。そこには血に染まった内臓があり、ところどころから血液が流れだしている。落ち着きを取り戻したことで、自身の負った怪我の大きさを改めて実感する。


「横隔膜に亀裂、胃に穴、腸に亀裂と断裂が複数……」

「もう少し深く入ってたら抉り取られてましたね」


 アキトの容態を観察しつつ、2人は怪我の状況を冷静に把握しながら手術を進めていく。シイが輸血用の容器に新しい精製血液を補充し、真空パックのようなものから肉塊を取り出す。


「横隔膜と胃からやるわ。切り出しをお願い」


 マルームの指示に従い、シイが先ほど取り出した肉塊【人体修復材】を薄く切り出す。それは内臓だけでなく筋肉や皮膚にも使える優れものであり、支給されたリュックサックの中にも応急手当用として少量ではあるが入っていた。


(シンさんから聞いた通り、本当に貼り付けて使うんだ)


 マルームが切り出した人体修復材で亀裂を塞ぎ、身体組織を変形・生成する魔法をかけて溶接していく。この人体修復材が時間経過とともに患者の身体組織へと作り変えられることで、内臓が修復される仕組みになっている。


「破損の大きい部分を切除するわ。チューブの準備を」


 亀裂の補修が終わり、今度は腸へと移る。シイが準備をしている間に、マルームが腸の破損が大きい部分を切除していく。脇に置かれたトレーに、腹部の皮膚と一緒に切除された腸が置かれていく。

 そして切除した腸の代わりに、シイが準備したチューブのような物を接合していく。これも人体修復材の一種で、血管や腸などの管状の場所に用いられる。


「接合完了……修復材の残りは?」

「大丈夫です。足ります」


 腸の接合が完了したため、シイが人体修復材を何枚も切り出していく。マルームがそれを受け取ると、切開したアキトの腹部を塞ぐように貼り合わせていく。

 その様子はお腹に食用の肉を並べているような奇妙な光景だったが、溶接していくに従って1枚の皮膚になる。元の皮膚と色の違いこそあるものの、綺麗に接合されている。


「アキト君お疲れ様。これで手術は終わりだからゆっくりお休み」

「ふう……ありがとうございます」


 手術が終わり、アキトは息を大きく吐いて緊張を体から抜く。マルームにかけてもらっている代謝促進の回復魔法が心地よく、彼は安心してそのまま眠りについた。

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