異世界
――――かの地には『神』が居た。
全てを愛し守護する最優の『神 』が。
――――かの地には『龍』が居た。
全てを等しく見守る最等の『龍』が。
――――かの地には『魔』が居た。
全てを窘める最頼の『魔』が。
最優の『神』は『人間』を創り出し
最等の『龍』は『亜人』を創り出し
最頼の『魔』は『魔人』を創り出し
――――『皆、手を取り合い、生きるのだ』とおっしゃった。
最優の『神』は『人間』の脆弱さを心配し『天使』を創り
最等の『龍』は『亜人』の無関心を心配し『使竜』を創り
最頼の『魔』は『魔人』の傲慢さを心配し『悪魔』を創り
――――『皆、力を合わせ、補うのだ』とおっしゃった。
最優の『神』、最等の『龍』、最頼の『魔』は安堵した。
『人間』の飛び抜けた団結の強さに
『亜人』の飛び抜けた力強さに
『魔人』の飛び抜けた賢さに
――――最優の『神』がかの地を去った
『誰よりも優しき者であれ』と遺し
――――最等の『龍』がかの地を去った
『誰よりも等しき者であれ』と遺し
――――最頼の『魔』がかの地を去った
『誰よりも信ある者であれ』と遺し
『人間』、『亜人』、『魔人』は手を取り合いそれぞれの遺した言葉を刻み次世代へと遺した。
そして、『天使』、『使竜』、『悪魔』はそれぞれが『神』、『龍』、『魔』の代わりとなるべく力を蓄えた。
――――【争い】が、起きてしまった。
初めは気にすることも無い些細なことであった
次は話し合える程度の事柄であった
最後は譲れない問題であった
互いが互いの正義を主張した戦いだった
――――【災い】が現れてしまった。
それはどこから現れたのか、『人間』のようでもあり『亜人』のようでもあり『魔人』のようでもあった。
奴らは下僕を連れていた。
酷く醜悪な――――獣。
私たちはそれを『悪獣』と呼ぶ。
――――時が過ぎ、恒久の平和がありはしないことを知る
『人間』はやはり脆弱だった。
――――弱すぎる『心』を持つが故に。
『亜人』はやはり無関心すぎた。
――――己の力に溺れるが故に。
『魔人』はやはり傲慢だった。
――――その身が優秀すぎたが故に。
――――『神』、『龍』、『魔』の言葉を忘れるべからず
いつの日か、かの地に戻られた際に悲しまれないように
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
パタン、と読み終えた本を閉じる。
周りには読み終えた本がいくつも積み上げられていた。
「んん〜……」
長時間読んでいたせいか固まった身体をほぐすようにして背伸びをすると同時にあくびも出てきてしまう。
―――――時の流れとは早いもので、俺が新たな生を受けてから6年の月日が流れていた。
その間何もしていなかった訳では無い。
もはや魂にすら染み付いてしまった『蓄える』ということ。
生まれてから少しづつではあるものの手を出せるものには片っ端から貪欲に取り込んで行った。
まずは『知識』。
この世界の歴史や前の世界との違い。
そもそも言語が違うことに若干苦労したが生まれてからずっと聞き続け学べばある程度は問題なくなるようで、今では特に困ることは無い。
戦う力も蓄えたかったが、そこは流石に両親に止められてしまった。
幼い俺を案じての事だとは分かっているため強く反発はしない。
――――勿論、何もしない訳では無いが。
何せこの世界には【魔法】が存在している。
科学技術が発展しなかった代わりに【魔法】が広く発展していたのだ。
『十分に発達した科学技術は魔法と見分けがつかない』という言葉を聞いたことがある。
つまり、それが言えるのであれば逆もしかり。
―――――【魔法】さえあれば科学は必要が無いのではないか。
それを実際に行い、成功した世界がこの世界なのである。
生活の至る所に【魔法】がつかわれており、なるほど科学技術では困難なことも【魔法】によって補われていた。
知れば知るほどに知りたいことが出てくる。
そして、知っていて損になることは、ない。
――――とはいえ、【魔法】について知っているのは本から得た知識のみ。
例えば今俺は【魔法】と言っているが【種族】によって呼び名は様々変わる。
俺たち人間の場合は――――【神術】。
亜人の場合は――――【躯術】。
魔人の場合は――――【魔術】。
その程度の基本的な事以外を知らず本格的に学ぶことはまだ出来ていないのだ。
――――何せ【神術】は誰にでも使いこなせる訳では無く、ある程度『適正』がないといけないらしい。
そういったことからこの世界では、何処の国もある一定の年齢を過ぎると【神術】の『適正』を調べることになっており、俺の住むこの国―――――【エリュカス王国】では爵位を持っていようと居なかろうと、貧乏であろうと裕福であろうと関係ないらしく、皆が適性を調べる。
以前は爵位を持った家柄の者しか調べられていなかったらしいのだが、数年前に国王の座についた人が国民全てを調べるよう命令をしたらしい。
そのお陰もあってか、【エリュカス王国】は近年、他の国と比べて【神術】を使える者が多いと言われており、その質もなかなかのものだと言う。
つまり、【神術】を学ぶにはいい国に生まれたというわけだ。
更に言うのであれば、今の自分の環境も最高と言うべきだろう。
もちろん父さんと母さんの子供に生まれることが出来たのもあるが、ありがたいことに家が爵位持ちだったのだ。
この先何があるかわからないため、様々なことを蓄えるにあたり権力、地位というものはあって困ることは無い。
しかも特殊な立場となればその分利点もある。
母さんの名前は『アリス=ドゥ=オーヴィット』。
父さんの名前は『オスカー=ドゥ=オーヴィット』。
俺の家『オーヴィット家』は爵位を与えられており、その爵位は【伯爵】。
――――しかし、それとは別に両親は爵位を与えられており、母さんは【術爵】、父さんは【騎士爵】を与えられているらしい。
どちらも前の人生では聞いたことのない爵位だったがどうやらどちらも【公爵】と同等の権限を持っているらしく、武功を上げた個人に与えられる一代限りの爵位らしい。
武功を上げた個人に与えるにしては過ぎた地位な気もするが俺が調べた限りこの爵位を与えられた者は片手で数えられる程度だったため、よほどの事をしたのだと思う。
「―――――ユトゥスここにいたんだね」
『オーヴィット家』の特徴の濡れ羽色の髪をした少年が家の書庫となっているこの部屋のドアを開けて顔を出していた。
たれ目気味の優しげな顔つきであり、どうやら最近は女顔なのを気にしているらしい。
「アルフ兄さんどうかしたの?」
顔を出していたのは俺の兄の『アルフ=ドゥ=オーヴィット』。
楽しげな表情を浮かべながら、部屋の中に入ってくると俺の隣に座った。
「今日は何の本を読んでいるんだい?」
優しく俺の頭を撫でながらそう聞いてくるアルフ兄さん。
「ちょっと歴史の本を読んでたんだ」
「ユトゥスはいつも難しい本を読んでいるね……」
俺の周りに積まれた本を軽く見回したアルフ兄さんは何となしに一冊手に取って言う。
「俺がユトゥスくらいの時は本を読むより外で体を動かすのが好きだったからね」
「それは今もでしょ?」
「間違いないなぁ」
手に取った本を開き軽く目を通したようだが肩を竦めて本を閉じる。
アルフ兄さんはどちらかと言えば実際に身体を動かして覚えるタイプのためあまり本を読まない。
まぁ全く読まない訳では無いため脳筋ではないはずだ。
「ユトゥスのことだから明日を楽しみにしすぎて【神術】関係の本を読んでるだろうと思ってたけど勘が外れたかな」
「それならもう読み終わったからそっちに」
「……あぁ〜……」
俺の指さしたテーブルの上には俺の周りに積まれていた本よりも多い山が作られており、アルフ兄さんは苦笑いを浮かべていた。
【エリュカス王国】での【神術】の適性検査を受けるのは6歳を迎えてからとなっている。
何でもその適性検査でまずは【神術】を使うための力である【神力】――――統一名称であれば【マナ】を目覚めさせるらしい。
そしてその後に適性があるかを確認――――とは言ってもその適性の確認というのは【神力】の量や質の確認程度。
しっかりとした【神術】の適性に関しては学校に通ってから判別するようだ。
――――【神術】の適性とは言ってもまずは【神術】が使える下地が必要だ。
その下地というのは【神力】の量と質。
必要最低限度の【神力】が無ければ【神術】を使おうにも使えないのだという。
そして、【神力】の量と質があると分かれば、次に必要になってくるのは『適正』。
とはいえ、『適正』がないと【神術】がまったく使えないかと言うとそうではないらしく、例え『適正』がなくとも【神術】を使うことはできるらしい。
その次の上の段階である使いこなすとなると『適正』が無いと難しいようだ。
学び蓄えた知識でのみ知り得た内容ではあるものの日に日に近づく自らが実際に触れることが出来る日が待ち遠しい。
【神術】にはいくつか種類があり、大きくわけて5つに分類される。
神術陣を構築、投影、【神力】を流して行使する――――【投陣神術】。
詠唱によって現象を発現させ行使する――――【詠唱神術】。
魔法陣の代わりに文字を綴り行使する――――【文字魔法】。
火、水、風、土、聖、闇の六大精霊との契約により行使する――――【精霊神術】。
物体等に刻み込み【神力】を流すことで行使する――――【紋章神術】。
他にも【複合神術】という2つ以上の【神術】を混合させて行使する【神術】もあるらしいが流石にそこまで詳しいことは家の中の本には書いてなかった。
自分にはどの『適正』があるのかと考えているとアルフ兄さんが俺の顔をのぞき込みながら笑っているのに気がつく。
「ユトゥスはやっぱり【神術】が使いたいのかい?」
「そりゃまぁ……使いこなしたいよ。
父さまと母さま、それにアルフ兄さんを守りたいから」
俺が笑いながらそう言うとアルフ兄さんは俺の頬を優しく摘みながら先程までの笑みとは違う表情でどこかいたずらっぽく笑った。
「弟のくせに生意気だぞ〜!
そういうのはお兄ちゃんの役目だよ」
アルフ兄さんは今年で12歳になる。
【神術】はあまり得意ではないらしいのだが、いつも父さんにしごかれているからか、剣術は得意らしく、アルフ兄さんが通っている学校でも上位の実力者らしい。
「まぁ、僕はあんまり【神術】は得意じゃないからね、多分父さん似だ。
でもユトゥスは母さん似だからきっと【神術】が得意になるんじゃないかな」
「そうかな?」
「うん、きっとそうだよ。
ユトゥスが【神術】が得意だったら母さんも喜ぶよ!
何せ『私も息子に教えたい』って父さんに愚痴ってたらしいからね」
アルフ兄さんの話を聞いて、愚痴っている母とそれを聞く父の姿が目に浮かぶ。
2人とも俺たち息子を溺愛してくれているのだ。
アルフ兄さんが剣術が得意なために、【王国軍】の【騎士】になると言った時には一悶着あったのを思い出す。
2人は危ないからと止めさせようとしていたのだ。
―――――自分たちは【王国軍】に所属しているというのにも関わらず。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―――――翌日。
俺は【神術】の適性検査を受ける為に母さんと一緒に会場を訪れていた。
俺が会場を訪れた時には既に他の子供たちが適性検査を受けているところであり、楽しみにしていたのも相まってついついそちらへと視線が向いてしまう。
「オーヴィット卿。
ご子息の検査でしょうか?」
どうやら受付をしていた男性は母さんのことを知っているらしく深々とお辞儀をした。
「えぇ、今日が息子の検査日なの。
息子もとても楽しみにしているみたいだけど私もワクワクしてしまって仕方がないの」
ニコニコと笑みを浮かべて上機嫌に語る母さん。
受付の男性はそれに相槌を打つと俺を検査の順番待ちをする列へと案内してくれる。
母とはここで一旦お別れである。
俺は自分の前方―――――先に適性検査を受けている子供たちに視線を戻す。
まずは【神力】を目覚めさせるために、【覚醒】というものを【神術】を使える人にかけてもらうことになっているらしい。
【覚醒】により、今まで閉ざされていた自分の中にある【神力】の入った器の蓋が開けられるのだという。
そしてその後に設置された水晶によって【神力】の量や質を測定するという順番で進んでいく。
「―――――それでは次は『ユトゥス=ドゥ=オーヴィット』くん」
「はい」
俺の名前が呼ばれ、定められた位置に移動する。
するとそこには腰の中ほどまである濡れ羽色の髪をした女性――――何故か母さんがいた。
「母さま……」
俺はなんとなく事情を察した。
どうやら俺に【覚醒】をかける担当を変わってもらったらしい。
「いくら母さまが【術爵】って立場だからってそれは……」
「だ、だって自分の息子には私が【覚醒】をかけたかったんだもの!」
アルフ兄さんの時は母さんが忙しかったために、付き添いが母さんではなく父さんだった。
そのため息子に【覚醒】をかけることが出来なくて残念だったと言っていたのを何となく思い出す。
俺は溜息を吐き出して、本来の担当になるはずだった女性に頭を下げるが、気にしないでと言わんばかりに暖かい視線を向けられたためそれまでとする。
「……こういうことはもうしないようにね?」
「はーい……」
息子に叱られてしょんぼりと肩を落とす母さん。
今年で30歳になる母さんだが、その外見が若々しいためにそれが似合ってしまう。
「……取り敢えず母さま、お願い」
母さんの方を向いてそう言うと、満足気に頷き俺の頭に手を触れさせる。
俺は目を閉じで深呼吸をして母さんの【神術】の発動を待った。
「開け、汝の器。
森羅万象全てを解き明かしし力を此処に―――――【覚醒】」
どうやら【覚醒】の【神術】は【詠唱神術】らしく母さんの声が聞こえてくる。
――――瞼の裏に巨大な器の蓋が開かれるのを幻視する。
―――――刹那、風が吹き荒れた。
「っ!?」
事前に母さんに聞いていたこととは違う現象に驚きが隠せない。
本来であれば本当に【神力】を目覚めさせたのかと本人にはあまり自覚のない程度のことにしかならないと母さんは言っていた。
しかし、今自分の身に起きている現象は何だというのだろうか。
――――ぐにゃりと、空間が歪んでいた。
俺の身体から漏れ出す【神力】だけで。
流石にこれはまずいのではないかと何とかしようと試みるものの、そもそも方法がわからない。
こんなことなら無理を言ってでも母さんに【神術】について聞いておくべきだったと歯噛みする。
――――が、しかし。
この【神力】というものはかなり便利なもののようで、俺が漏れ出す【神力】を抑え込まないと、消さないと、と思えばまるで最初から収まっていたかのように漏れだしていた【神力】は俺の体の中へと溶けていく。
その後周りを確認してみると、子供たちや大人たちは俺を凝視していた。
【神力】を目覚めさせたばかりの子供たちや未だ順番を待つ子供たちは単純に凄いものを見たと言わんばかりの視線を。
大人たちは信じられないものを見たと言わんばかりの視線を。
「……ユトゥス今あなた……【神力】を抑え込んだの……?」
目をぱちぱちとさせながら母が問いかけてくる。
「……正直わからない……。
収めないとって思ったら【神力】が勝手に……」
その発言に大人たちは更に驚愕の声を漏らす。
どうやらそれは普通のことではなかったらしい。
しかも、聞こえてくる大人たちの会話に耳を傾けてみれば、俺の【神力】の量や質が見たこともないほどに高いらしい。
それは計測するまでもなくわかる事実のようだ。
そして俺は思い出した『神様』に願ったものを。
(これが……守れる力ですか……)
たしかに守れる力ではあるだろうけれど……俺は引きつった笑みを浮かべた。
「……限度ってものがあるでしょう……」