たまごが好きな先輩
桜の蕾が少しずつ顔を出し始めた三月半ば。
私と先輩は、高校の部活帰りにいつものコンビニへと向かっていた。
先輩と出会ってから二年間、毎日のようにこの道を歩いては買い食いをして、他愛もない会話をする。こんな日常が私にとって、いつしか一番幸せな時間になっていた。
けれど、そんな日々は今日で終わりを迎えようとしている。
「先輩、三年間お疲れ様でした!」
「あぁ、ありがとう」
「三月まで部活なんて、顧問も気合い入れすぎですよね」
「そうだな」
「でも、その分先輩と一緒にいれてすごく楽しかったです!」
「あぁ」
先輩は寡黙な人で、普段からあまり表情に出ないタイプ。正直、いつも何を考えているのかよくわからない。
今日も私の心に春の風が吹き付ける中、この想いに反して一瞬でコンビニに着いてしまった。聞き慣れた入店音が私たちを迎え入れる。
「先輩、今日くらいは奢らせてくださいね! 好きなもの選んでいいですよ!」
「好きなもの……」
先輩は腕を組み考え込んでいる。そして目の前に置かれたものをゆっくりと指さして言った。
「……おでん」
「いいですねおでん! じゃあ私は……大根とたまごにします! 先輩は何にしますか?」
「……大根とはんぺん」
「わかりました! すみません、大根二つと……」
おでんを受け取った私たちは外のベンチに腰掛け、最後の味を噛みしめる。
「これめっちゃ美味しいです! 先輩はおでんが好きなんですね!」
すると突然、私の言葉を聞いた先輩の表情は一変し、真剣な眼差しが向けられた。
「……さっき、好きなもの選んでいいって言ったよな」
「……はい!」
「実は俺……きみが……」
ボソっとこぼれた先輩の言葉。その視線の先には、黄身がちらりと覗く私の食べかけのたまご。そういえば、さっきのおでん鍋の中には……
「先輩……もしかしてっ!」
「!!」
「たまごが好きなんですね!? すっ、すみません! 残りの一個私が選んでしまって!」
「えっ!?」
「あのっ! 先輩が嫌じゃなければ口つけちゃいましたけど……要りますか?」
「いっ、要らないから! 今日はたまごの気分じゃないから」
少し焦ったような先輩の言葉は、意地を張った子どものよう。
こんな表情もできるのかと、二年間一緒に居てもまだまだ知らないこともあるなんて、先輩は魅力的な人だ。
「それに俺はっ、食べ物は正直何でもよくて……好きな人と食べれる方が嬉しいからさ」
おでんの温かさのせいなのか、春の暖かさのせいなのか。先輩の顔は確かに赤らんでいた。
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