エピローグ
けじめをつけさせて欲しい。そうヴィクトルが言ったのは社交シーズンの終盤、吹き抜ける風に秋の気配が混じり始めたころのことだった。
いつになく真面目なその表情に、ちらと不安が掠めてしまうのは、婚約の解消を告げられた日のことが、記憶に色濃く残っているからだろう。
その不安が面に出ていたのか、ヴィクトルが少し慌てた顔で言った。
「そうじゃない、ルーナ。きみを傷つけるようなことは絶対にしない。これは……俺がきみの隣に胸を張って立てるために必要なことなんだ」
それなら今教えてくれても良いと思うのに、ヴィクトルはそれ以上は頑なに口を開こうとしなかった。
どうやら彼なりに、こだわるものがあるらしい。
ヴィクトルは日を改めると言って、ジョナサンに話を通した後で、ルーナと外出の約束を取り付けた。
それから数日経って、花束を手にしたヴィクトルがルーナを連れ出したのは王都の外れ、大聖堂の脇にある霊園だった。ひと区画を丸ごと使った霊園は広く、木や花が植えられたさまは公園のようにも見える。だが敷地に足を踏み入れてもひとの気配はなく、煉瓦敷きの道沿いに石造りの霊廟が並ぶばかりだった。
ルーナの手を取って進むヴィクトルの足取りに迷いはない。向かう道筋はルーナにも覚えがあるもので、もしかしたら、と思ったとおりに、ヴィクトルが足を止めたのはメイヴィス家の霊廟の前だった。
天使像が立派な門柱、その奥に異国の神殿めいた三角屋根の廟がある。入り口の扉は鉄製で、亡き母の好きな花が象られていた。ヴィクトルは手にしていた花束を扉の前に供えてから、胸元に手を当て頭を垂れた。
その隣でルーナも母に祈りを捧げる。
ここしばらくのうちに起こった騒動について報告していると、不意にヴィクトルが身じろぐ気配がした。
顔を上げて横を見る。目が合うとヴィクトルは、ルーナに柔らかな笑みを向けて言った。
「きみと家族になる前に、男爵夫人にはきちんと挨拶をしておきたいと思っていたんだ。きみには酷いことも、不義理もたくさんしてしまっただろう? そんな俺がきみと夫婦となるには、夫人の許しが必要だからな」
「それがあなたの言う、けじめ?」
「思い込みのようなものだとは分かっているんだが……それをせずには家族になれないからな。きみも、ここに来るのは久しぶりなのだろう? メイヴィス男爵から、そう聞いている」
ヴィクトルが差し出す手を取り、来た道をゆっくりと引き返す。
葉陰の落ちる道を歩きながら、ルーナはよく晴れた空を振り仰いだ。
「……お墓は亡くなった誰かと対峙する場所だけれど、それって自分の心とも向き合うことでもあるでしょう? わたくしは身勝手で我が侭だから、それを突きつけられるようで苦手なの」
「俺にしてみれば、きみの我が侭は可愛らしいばかりなんだが。むしろ、もっと聞かせて欲しいと思うし、もっと俺に甘えてほしいと思う。さらに言うなら、きみの身勝手さに振り回されるなら本望だ」
「それなら屋敷に帰ったら、仕事を手伝ってくれる? 出掛けにね、既製服店の内装デザイン案が届いたの。壁紙と絨毯の候補はいくつか絞ったのだけれど、やっぱり男性の意見も聞きたいから」
「なるほど。そのくらいなら、お安いご用だ。……他には?」
「他? ……ええと、そうね。午後のお茶を一緒にいかが?」
「それは頼まれるまでもなく、押しかけるつもりだった。ほら、もっと言って。他に、なにをして欲しい?」
停めておいた馬車にルーナをエスコートしながら、ヴィクトルが蕩けそうに甘い声で言う。
馬車のステップに脚をかけて、ルーナを見上げる琥珀の瞳には、疑う余地もないくらいに愛情が籠められている。
彼になにをして欲しいのか、唐突に自覚してしまって、かあ、と頬に血が上る。それでルーナは素早く周囲に視線を走らせると、思い切って彼に手を伸ばした。
肩に触れて身を屈ませる。
今この瞬間、一番してほしいと思った願いごとは、重なる唇に飲み込まれて言葉にはならなかった。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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