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プロローグ

 消毒液の匂いで満たされた室内に、昼下がりの穏やかな日差しが降り注いでいる。

 ベッドサイドに据え置かれた椅子に腰掛けていたルーナは、驚きと戸惑いで身じろぎも出来ずにただ目を瞬かせた。

 ベッドの上で身を起こしているのは、癖のある栗毛が印象的な美青年だ。彼は澄んだ琥珀色の瞳をきらきらさせて、ルーナをひたむきに見つめている。そこにいつもなら当たり前のように滲んでいた蔑むような冷たさは見当たらず、どころか好意的と言うには過ぎる熱がある。

 彼とはそれなりに付き合いのあるルーナだったが、そんな目で見られるなんて覚えている限りでは初めてのことだ。

 はっきり言って異常事態である。

 おかげで普段はよく回る思考はいたずらに空転して、しっかと握られた手の存在も、どこか遠くのことのようだった。

 一方彼はルーナの態度を何と思ったのか、握る手に縋るようにして身を乗り出した。

「――美しい方、どうか名前をお聞かせいただきたい」

 冴え冴えとした容貌と同様、凍りつきそうな態度が常の彼とはとても思えない、興奮に少し上擦った声で言う。その声音もさることながら、告げられた内容にルーナは思わず目を瞬かせた。

 ――美しい方? まさか、彼が口にする言葉とは思えない。

 それよりも何よりも今、聞き捨てならないことを言わなかっただろうか。

「……名前? わたくしの?」

「不躾で恥ずべき行いであることは承知している。だが美しい人を前にして、行動を起こさないのは愚かだ。だから――どうか、名を。それとできれば、あなたを口説く権利をいただきたい。ああ、その前にひとつ聞かせて欲しい。その髪型を見るに既婚者ではないとは思うが、恋人は? 婚約者はいるだろうか?」

 婚約者なら、いる。それもルーナの目の前に。

 だが、どう見ても様子のおかしい彼に、そのことを告げて良いとは思えず、ルーナはそっと静かに天井を仰いだ。


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