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ニート俺、動物のナマケモノに「怠けてんじゃねえぞ! ブッ殺すぞ!」と怒られ、就活に励むようになる

 俺はニートだ。

 今日も万年床で寝転がりながら、スマホをいじくって時間を潰している。

 スマホってのは偉大な発明だね。これさえあればアニメを見たり、ゲームやったり、誰かと対話したり、なんでもできる。暇を持て余すニートの味方だ。

 スマホがない時代のニートはきっと大変だったろうなぁ、なんて思いも馳せる。大昔にニートなんて言葉はないか。


 年齢は27歳。普通ならまあ働いてる年だよな。なんでニートやってるかっていうと、社会に心を壊されたとか、心身に問題を抱えてるとか、そんなことは全然ない。ただやる気がないだけだ。

 これでも俺は大卒なんだけど、就活が上手くいかなくて、いわゆる無い内定のまま卒業した。落ち込む俺に、親は「ゆっくり仕事を探せばいい」なんて励ましてくれた。だが、俺はこれに味をしめてしまった。

 仕事はゆっくり探せばいい、いつか自分の天職が見つかる、と就活もせずだらけた毎日を送り、気づいたらなんにもやる気のない人間になり果てていた。


 一年ぐらい前までは、親からも怒られたり、なだめられたりしてたけど、今はもう何も言ってこない。さすがに諦めたんだろうな。

 「言われるうちが花」なんて言葉があるが、俺としてはむしろ「言われなくなってからが花」だ。これからもとことんニートを満喫してやる。

 親が死んだらどうするんだと思うこともあるが、親だってあと20年、30年は生きるだろうし、その頃には高齢無職者を救済する政策も豊富にあるに違いない。生活保護を受けるという手もある。

 そういうのがダメなら軽犯罪でも起こして刑務所入るとか、ホームレスになるとか、まあどうにかなるだろう。

 怠惰なポジティブシンキングで、さして危機感を抱くこともなく、俺は今日もニート生活を続けていた。


 だが、一つの怒声から俺の生活は一変することになる。


「起きろコラァ!!!」


 なんだいきなり。親父か?

 こんな声じゃなかったはずだが。

 声がした方向に振り向くが、誰もいない。


「怠けてんじゃねえぞ! ブッ殺すぞ!」


 さらに声が響く。俺は慌てて起き上がる。


「え? え?」


「こっちだこっち!」


 三度目の声がしたので、俺は目をやる。

 そこにいたのは――


「ナマケモノ……?」


「お、そのぐらいは分かるか」


 紛れもなく動物のナマケモノだった。

 体は小さく、全身を茶色い毛で覆われ、長い爪を持っている。

 顔つきは穏やかなのだが、口調はひどく荒い。


「俺はナマケモノだ。お前を更生させに来たぜ」


 わけが分からない。

 なぜナマケモノが俺の前に現れたのか。なぜ人語を喋ってるのか。なぜこんなに口調がヤンキーめいているのか。なぜ俺を更生させようとしているのか。

 次々浮かぶ疑問を処理しきれない。


「まだ状況を理解できてねえのか。さすがニート、頭の回転が鈍いことだぜ」


 こんな状況、たとえエリートサラリーマンでも理解するのは無理だろう。

 とにかく俺は疑問をぶつけてみる。


「お前は……なんだ!?」


「すげえ漠然とした質問だな……まぁいいや、分かりやすく丁寧に説明してやるよ」


 ナマケモノが説明を始める。


「まず、俺はニート更生員って役職についてる。公務員ってやつだな」


 ナマケモノが公務員だなんて、世の中どうなってるんだ。


「やることは世の中のニートって言われる連中を片っ端から職につけてくってのが仕事だ」


 役所なら、どこの家庭にニートがいるかなんてのはだいたい分かるものなのだろう。あるいは俺の両親が相談でもしたか。いずれにせよ余計なお世話ってやつだけど。


「ナマケモノなのに、なんで喋れるんだよ」


「そりゃお前、勉強したからだよ」


 ナマケモノがドヤ顔をする。顔つきは人間と違うのに、これはすぐ分かった。


「ちょっと待て。それで済ますのかよ」


「ナマケモノが喋っちゃ悪いのかよ!?」


「悪いというか、あり得ないだろ……」


「あぁん!? お前は例えば物語の主人公が手から火を出したら『手から火を出すなんてあり得ない』『絶対手を火傷する』とかしょーもないツッコミするタイプの人間かぁ!?」


「いや、それはフィクションの話であって……」


「フィクションだかハクションだか知らねえが、喋れるもんは喋れるんだよ! 以上!」


 この件についてはこれ以上追及しても無駄なようだ。


「ってわけだ、さっそくお前には就活してもらうぜ」


「い……嫌だ! 俺は働かないぞ!」


 俺は拒否した。せっかく好きな時に寝て好きな時に食べる生活をエンジョイしてるのに、それを失うなんて真っ平だ。


「まだ、んな甘ったれたこと言ってんのか」


「だいたいナマケモノなんかに説教される覚えはないぞ! 一日中木にぶら下がってるだけの生き物のくせして!」


「てめえ……」ナマケモノの顔に怒りが帯びた。


「図星だろ! 同じ穴のムジナのくせに説教すんな!」


「俺らとてめえを一緒にすんじゃねえええええ!!!」


「ひっ!」


「俺らがろくに動かず、最低限のメシだけで生活してるのは、生存戦略ってやつなんだ! 動かずじっとしてる方が天敵に見つからないからな! だから今日まで絶滅せずにやってこれた! 命懸けで動かずにいるんだよ! ただ親のスネかじってるてめえとは違うんだ!」


 怒鳴られ、俺は言葉を失ってしまう。

 だったら実力行使しかない。いずれにせよこいつは俺のニート生活の障害なのだ。俺はナマケモノに飛び掛かった。


「出てけぇ!」


「おっと」


 あっさりかわされる。ナマケモノのくせに素早い。


「口で敵わないなら暴力でってか。ニートは分かりやすくていいねぇ~」


「うぐぐ……!」


「いいぜ、相手になってやる。ただしここじゃ狭すぎるからな。表に出な」


 俺はうなずいた。

 いつの間にかすっかりナマケモノのペースになっているが、まるで気づいていない。



***



 俺たちは近所の広場にやってきた。

 別に引きこもりではないので外出ぐらいはするが、こうして誰かと出かけるってのは本当に久しぶりだ。


 ナマケモノは俺に向かって挑発的な笑みを浮かべる。


「今から俺をタッチしてみな。もしタッチできたら……お前のことは諦めてやるよ」


「本当か!?」


「ああ、なんなら生活保護申請を手伝ってやってもいい。俺が言えば多分申請通るぞ」


 露骨に餌をぶら下げられ、俺はやる気になる。

 全速力でナマケモノに向かってダッシュし、タッチしようとする。

 だが、奴は消えた。


「え、どこいった!?」


「こっちだよ」


 数メートルは離れたところにいた。いつの間に……。


「おいおい、もっと本気でやってくれよ」


「くそっ!」


 その後も俺は果敢にナマケモノに挑むが、まるで追いつけない。どんなスピードしてるんだこいつ。見た目はナマケモノだけど中身はチーターとかじゃないのか。


 五分も追いかけっこすると、俺はすっかり息が上がっていた。脇腹もサイレンを鳴らすように痛む。


「おいおい、もう限界かよ。とても20代の体力じゃないぜ」


「ぐ、ぐぞ……」


 口で負け、運動でもよりによってナマケモノに負け、すっかり分からされてしまった。

 俺の心はポッキリ折れた。


「俺の……負けだよ……」


 ナマケモノはドヤ顔を浮かべた。



***



 さっそくハローワークにでも連れてかれるのかと思いきや、ナマケモノは意外な提案をした。


「運動しろ」


「え、運動? 就活は?」


「お前、体力なさすぎだ。仮にどこかに就職しても、今のままじゃとても持たねえぞ」


「ぐぬう……」


 これでも高校まではそれなりに運動をしていた。どちらかといえば体力自慢といえる人種だった。その頃のことを思い出し、情けないやら悔しいやらの気持ちになる。

 上下ジャージに着替えさせられ、ナマケモノが走る姿勢を取る。


「ほら、走るぞ! ついてこい!」


「え、ちょっと待って。マジでやるの?」


「大マジだ。ついてこなきゃブッ殺すぞ!」


 長い爪を見せつけるナマケモノに俺は従うしかなかった。

 ナマケモノと冴えないニートが走る姿はさぞ奇妙に見えたことだろう。

 しかし、どうにか町内を走り終えた。


 少し休憩を挟んだら、今度は筋トレをやらされた。腕立て伏せ、腹筋、スクワット……。


 ようやく長い一日が終わった。

 代わり映えのない昨日までの日々より本当に長い一日だった。


「明日からもしばらく体力作りを続ける。分かったな!」


「分かったよ……」


 俺はもうすっかりナマケモノに頭が上がらなくなっていた。



***



 ようやく俺が人並みの体力を取り戻してきた頃、ナマケモノが言った。


「だいぶ体も引き締まってきたな。そろそろスーツ買いに行くぞ」


「スーツってリクルートスーツ?」


「おうよ。お前が学生時代使ったのでもいいけど、ここは新しいの買った方が気持ちもビシッとなるだろ」


「でも俺、お金が……」


「心配すんな! それぐらい俺が出してやる! これでも公務員だからよ!」


 そういえばそうだった。

 さっそく俺たちは紳士服専門店に向かい、何回かの試着を経て、一着のスーツを購入した。

 店員さんは現金を支払うナマケモノにはさすがに戸惑っていた。


 その後、履歴書用の写真を撮って、さらに履歴書を書いて、できそうな仕事に片っ端から応募してみる。

 この頃になると、ナマケモノもあまり俺に怒鳴らなくなっていた。


「お前がだいぶマシな顔になったから、俺も怒鳴れなくなってちょっと寂しいぜ」


 こんなことを言ってきたので、俺は苦笑した。


 しかし、実際にまだ“マシになった”程度に過ぎない。

 就職活動の本番は言うまでもなくここから。面接の始まりである。


 ナマケモノにも練習してもらったが、最初の面接はひどいものだった。


「まず、志望動機を教えて下さい」


「わ、私は……御社の……! 社会に貢献してる姿に……! 感銘を受け……!」


「あなたの強みはなんですか?」


「私の強みは……! こ、困ってる人がいたら……すぐ助け……!」


「最後に何か質問があればどうぞ」


「……ありません!」


 誇張ではなく、マジでこんな感じだった。


 全く練習の成果を出せず、俺はナマケモノに怒られることを覚悟する。

 しかし――


「よくやった!」


「……へ」


「いいじゃねえか、お前は全力でやったんだ! これに尽きる! お前はよくやった! これで落ちたら、向こうに見る目がなかったってことだ!」


 一切俺を責めることなく励ましてくれた。


「今日は就活忘れろ! 飲もう! 大いに怠けよう! な!」


「……うん!」


 この日俺らはビールやチューハイを買って、大いに盛り上がった。

 そういえば言ってなかったけど、本来のナマケモノは一日10g程度葉っぱを食べればいいそうなのだが、こいつは焼き鳥10本ぐらい平気でペロリする。


「やっぱ焼き鳥は塩よなぁ~、塩!」


「いやいや絶対タレでしょ……」


「なんだと!?」


 こんな喧嘩もした。だが、今はナマケモノとの時間が心地よくなっていた。


 ナマケモノに怒られ、励まされ、時には喧嘩をし、俺は就職活動を続けた。



***



 そしてついに待ちに待った時が来た。


「採用しましょう。来月から勤務できますか?」


「はいっ!」


「期待してますよ」


 ついに内定が出た。最終面接を担当する社長さんからも直々に「期待している」と声をかけられ、俺は舞い上がった。


 俺は真っ先にナマケモノに報告する。


「よくやった!」


「お前のおかげだよ、本当にありがとう!」


「よっしゃさっそく祝いのメシでも食いに行くか! あとで父ちゃんと母ちゃんにも報告に行くんだぞ!」


「もちろん!」


 数年間、俺は両親にも本当に迷惑をかけた。

 俺が内定の報告をしたら、二人とも驚いた後、感動して泣かんばかりの勢いで喜んでくれた。

 これからたっぷり親孝行していきたいな、と思った。


 しかし、俺が就職したということはつまり――


 別れはあまりに突然訪れた。

 翌朝、俺の部屋の机には置き手紙が残されていた。


『就職おめでとう。しんみりした別れは苦手だから、このまま消えさせてもらう。仕事は辛いだろうが、今のお前はもう俺なんかいなくても大丈夫だ。くじけずめげず頑張れよ! あと怠けたらブッ殺すなんて言ったけど、時には怠けろよ! 過労死すんなよ! じゃあな!』


 ナマケモノらしい言葉の数々だった。

 俺は自分の目が潤んでいるのが分かった。


「じゃあな……ナマケモノ」



***



 就職して数年が経った。

 仕事を少しずつ覚え、時にはミスをすることもあるけど、人間関係には恵まれどうにかやっている。


 今ナマケモノはどうしているだろうか。

 きっと今もどこかでかつての俺みたいなニートに「怠けてんじゃねえぞ!」なんて怒鳴ってるのが想像できる。そして着実に更生させているのだろう。

 あいつのことをネットで捜索してみようなんて考えたこともあったが、途中でやめた。あいつに知られたら絶対怒られるもんな。

 もう会えないかもしれない。しかしいつか会いたい。こんな気持ちを抱えながら俺は今日も会社に出勤する。


 あいつ恋しさからか、時折こんな空耳が聞こえることもある。


「怠けてんじゃねえぞ!」


 そんな時、俺は決まって声に出してこう言うのだ。


「大丈夫、もう怠けたりしないって!」






お読み下さいましてありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] これはヒューマンドラマですね。ナマケモノだけど。 [一言] 月日が経つとつい思い出してしまうあのとき、あの人。 この主人公にとってはナマケモノだったのですね。 心がほっこりするお話をあ…
2023/04/20 13:49 退会済み
管理
[一言] ラチとライオンを思い出しました…
[良い点] どこでエタメタ節が炸裂するのかと思って身構えてたら普通にいい話でほっこりしました。 ナマケモノぉ……
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