08
訊ねられたワルワラは、わかりやすく嫌そうな顔をしたが、すぐに表情を戻して話をすることにした。
彼女は、メイもこの世界の情勢を知っておいたほうがいいと思ったのだ。
興味津々のメイに向って、ワルワラはどこか投げやりに説明を始める。
「このラスト·ワールドでもいくつか派閥があってね。ワタシはその一つシューフェンって子がやってる攻略チームに入ってたんだ。まあ、昔の話だけど」
現在のラスト·ワールドには、大きく分けて四つの大規模なチームがある。
そのうちの三つがゲームクリアを目指す攻略チームで、ワルワラがかつて所属していたシューフェンという女性がリーダーのチーム。
それからランページという男が頭を張るチームと、アメミットという少年をトップにしているチームがある。
残り一つはネロナンブルという女性が、ゲームクリアを諦めた者たちを集めて創った組織だ。
四チームとも仲が良いとは言えず、まだ下っ端の小競り合いくらいしか起きていないが、ちょっとしたことで抗争に発展する可能性がある。
「そんな状況だから、きっとワタシを倒して名を上げようとでも考えたんじゃないの」
「そうか。だからあんな態度を……。でもサブ·リーダーだったのに、どうして辞めちゃったの? 攻略チームだったってことは、ワルワラはクリアを諦めちゃったの?」
よくそんなことまで覚えているなと思いながら、ワルワラは表情を歪めた。
このブラウンカラーのポニーテール女は、自分のことはろくに話さないくせに、人のことは聞きたがる。
性格的に気に入ってはいるけど、ここまで距離を縮められるのは少々煩わしい。
ワルワラは、態度はそのままメイに答えた。
ゲームクリアを諦めたわけではない。
もう三年ほどVRゲームの世界で暮らしているが、やはり現実の世界に戻りたい。
戻ったときの不安は大きいが、何よりも人工知能ピューティアの思い通りになっているのが気にくわない。
「ならどうして? ソロよりもチームのほうが生き残るのもクリア確率も上がるのに。それこそボス戦なんて一人じゃ厳しいでしょ?」
「ねえ、メイ」
「はい?」
ワルワラは足を止めて、メイのことを見つめた。
彼女の真剣な眼差しを見たメイは、小首を傾げて不思議そうにしている。
「人にはね、言いたくないこともあるの。あなた、アバターを見る限りギリギリ20歳超えてそうだから言うけど。常識として、それくらいの配慮は覚えなさい」
「……うーん。よくわからないけど、今のワルワラが言いたくないなら次の機会を待つね」
諦めねぇのかよ。
ワルワラは内心で突っ込んだが、一応メイなりに気を遣ってると感じ、この場はこれでいいと思うことにする。
それから彼女たちは、町の住民たちが避難している教会へとたどり着いた。
名もない町にはそぐわない立派な鐘と十字架が見え、すべてレンガ造りの建物だ。
ワルワラを先頭にノックをして中へ入ると、そこには先ほど一緒に戦った槍使いの男が住民たちといた。
「だからこれからも町を守ってやるって言ってるんだ。その代わりに食料とか金を出してくれって話だよ」
男の言葉を聞いただけでわかる。
これはギャング、マフィア、ヤクザなど反社会的勢力がよくやる手だ。
槍使いの男は、モンスターが町に入ってきたのをチャンスと思い、この絵図を描いた。
そのことを察したワルワラは、槍使いの男と詰め寄られている老人の男の間に入る。
そして彼女は、凄まじい形相で男のことを睨みつけた。
「ちょっとなにしてんの、あんた?」
「またお前か。いいから退いてろ。こっちはこれからも町を守ってやろうってだけなんだ。もちろん毎月報酬をもらうけどな」
「なにが報酬よ! この町はほとんど他の地域と交流がないとこなんだよ! それなのに毎月報酬を払ったら、町のみんなが飢え死にしちゃうじゃない!」
「おいおい、なにを熱くなってるんだよ」
槍使いの男は、ワルワラを見て呆れながら言う。
「こいつらはNPCだろ。ゲームのデータなんだから、別に死んでも構わ――」
「この人たちは生きてるのよ!」
男の言葉を遮り、ワルワラは声を荒げた。
この町の人間だけじゃない。
このVRMMORPGラスト·ワールドにいるすべてのキャラクターには、現実の世界と同じように生活があって皆に感情がある。
喜びや悲しみ、激しい怒りに身を焦がすこともある。
歳だって取る。
善と悪に揺れて迷うことだってある。
それはもう仮想現実の世界でも、人間と変わらないのではないか?
「あなたもさっきの戦いぶりからわかるけど、この世界に来て長いんでしょう? だったらワタシの言ってること、わかってくれるよね?」
ワルワラは、槍使いの男に静かに訊ねた。
声のトーンを落とし、できるだけ穏やかに。
「そうかもしれない..……。お前の言ってること、わかる気がする……」
「よかった。わかってくれて……」
槍使いの男の返事を聞き、ワルワラは笑みを浮かべた。
自分の想いが通じたのだと喜び、彼女が手を差し伸べる。
だが、男は突然持っていた槍を振るった。
その一撃はワルワラの腹部を貫く。
「な、なんで……?」
まさか攻撃されるなんて思ってもみなかったのだろう。
ワルワラは完全に油断していて隙を突かれてしまった。
腹部に刺さった槍が抜かれると、彼女はその場に倒れる。
呻くワルワラを見下ろし、槍使いの男が叫んだ。
「でもな、こっちには金がいるんだよ! このラスト·ワールドをクリアするためになッ!」