04
ジルイの酒場ドゥルージュバを出たワルワラは、フラフラのメイの背中をさすりながら借りている宿屋へと向かった。
幸いなことに店のすぐ側だ。
宿で湯と桶を借りて顔を洗い、水でも飲んで横にしていればよくなるだろうと、彼女の真後ろに立ちながら進む。
「ほら、もうちょっとよ」
「あうぅ……。ウォッカ、ウォッカはヤバい……」
ワルワラは、ボソボソと呟くように酒の名を口にしているメイを見て、次からはもっとアルコール度数の低い酒を頼もうと肩を落とした。
それから宿屋へと入り、宿の主人に挨拶をして部屋へと入る。
ベットが一つに窓がある殺風景な部屋だが、どこの町もだいたい同じ造りだ。
早速メイをベットに寝かせ、ワルワラは店主に頼んでいた湯と桶を取りに部屋を出ようとすると、彼女が口を開く。
「ワルワラ……ちょっといい?」
弱々しい声だったが。
なぜか真剣な様子のメイを適当に扱うことができず、ワルワラはドアを閉めて彼女のほうを向く。
「どうしたの? なんか欲しいものがあるとか? それとも、まさか吐きそうなの!? だったら早く桶を借りてこないと!」
「ち、違うよ。さっき店で話してた話をもうちょっと詳しく聞きたくて……」
メイはベットで横になりながらも訊ねた。
先ほどドゥルージュバで聞いた話――人間の脅威となっている四つの塔のことを。
ワルワラは「そんなこと今聞かなくても」と思いながらも、説明を始めた。
四つの塔――業火の塔、水没の塔、暴風の塔、地崩の塔それぞれには守護者がおり、この世界に生息するモンスターはすべてその塔から現れていると。
この世界に送られた人間たちも当然塔の存在を知っていて、その四つの塔を攻略すればゲームクリアになるのではないかと動き出している。
かく言うワルワラもいくつかある攻略チームの一つに入っているそうだ。
だが彼女は個人的な事情により、現在はチームを離れている。
「そっか……。じゃあ、ゲームクリアを目指すなら、その四つの塔を攻略しなきゃなんだね……」
「そうそう。にしてもベタな設定よね。ファンタジー世界で四大元素なんてさ。そのくせプレイヤーには魔法が使えないのに」
ワルワラは呆れながらそう言うと、肩に乗ってた二ヴァをメイのいるベットへと降ろした。
それから腰に収めていた剣を抜いて、メイと二ヴァに見せつけるように構える。
「まあ、ワタシは魔法よりも剣のほうが好きだけど」
鍔のない片刃の彎刀シャシュカ。
それがワルワラの武器だ。
シャーシュカはシャシュカとも呼ばれ、他にもカフカス·サーベル、コサック·サーベルといわれることもあり、刃幅や全体的な刃の反り具合は日本刀に近い。
切っ先に至るまでの刃渡りは60~70cm程度で、これも刀のとほぼ同じである。
だが大きく違うのは手で持つ部分、柄の形状だ。
例えば日本刀の柄は30cm前後有り、両手で扱うことを前提としている。
これに対しシャーシュカの柄は15cm前後と短く、明らかに片手で扱うことを前提としている。
またシャーシュカには戦っている相手の剣の刃から手先を保護する鍔やハンドガードといったものがない。
どの地域、どの時代、どの民族の剣にも刃の部分と柄の部分を隔てる所には鍔が用いられるのが通常なのだが。
しかし、この柄の構造こそが剣の扱いを左右する。
打ち合いをするよりも鋭い突きで相手を切り伏せる――そういった使用方法なのだ。
ワルワラが剣を一振りし、すぐに鞘へと戻した。
その姿は実に様になっている。
長い間剣に慣れ親しんでいる剣士の雰囲気がある。
森でもワイルド·グリズリーを一撃で仕留めたあたり、かなりのレベルまたはスキルがあるのだろう。
メイはぼやける意識でワルワラを見ながら、彼女のことを美しいと思った。
「綺麗だね、ワルワラ……。その金色の髪も透き通るような緑の瞳も……」
「いきなりなに言ってんのよ!? 酔っ払ってる人に褒められたってぜんぜん嬉しくないし!」
急に褒められたワルワラは、顔を真っ赤にしてメイから顔を背けた。
そんな彼女の背中を見ながら、二ヴァもメイと同意見なのかグゥグゥ頷きながら鳴いている。
メイはそんな二ヴァの頭を撫でて微笑んでいる。
二ヴァの鳴き声を聞いて振り返ったワルワラは、そんな彼女たちの様子を見ていた。
ワルワラは思う。
本当によくわからない奴だ。
武器もないのに見ず知らずの小動物を助けたり、このゲームをクリアするためにログインしたと言ったりと勇ましい。
かと思えば、酒を飲めばすぐに潰れ、さっき知り合ったばかりの人のことを綺麗だと言い出す。
こんな人間に会ったのは初めて……。
勇敢なのか情けない奴なのか。
ワルワラは、アルコールでも飲んで話せば少しはメイの人柄がわかると思ったが、未だに彼女のことがよく理解できない。
しかし、それでも不快感はない。
よくわからない人間だが、むしろ好感を持っている。
それは二ヴァを体を張って助けてくれたことや、褒められたこと以外に感じる、ワルワラには上手く言葉にできない感情だった。
「お客さん! ちょっといいですか!」
けたたましいノックと共に、宿屋の店主の声が聞こえてきた。
ワルワラがすぐに何事だと返事をして扉を開けると、店主は酷く慌てた様子で叫ぶように言う。
「町にモンスターが入ってきたんですッ!」




