12
――シベリアン・ウルフの群れが町を襲撃した日の後。
町を囲んでいる柵の修繕が行われた。
ヒョウガが置いていったルビーもあり、柵は以前よりも強固なものになった。
これでもうモンスターが入ってくることはないだろうと、誰もが安心している。
「よし、こっちのほうはもうオッケーね」
不意打ちを食らったワルワラだったが、彼女の傷は持っていたポーションによって治り、当然のように修繕に参加していた。
本当ならヒョウガが置いていった金銭を、すべてワルワラに渡すという話が住民たちから出ていたが、彼女はそれを断り、今こうして手伝っている状態だった。
建築スキルを持つ者がいないので大したものにはならなかったが、町周辺のモンスターにそこまでの力はないので問題はない。
ともかくもう大丈夫だと、ワルワラが一休みしようとすると――。
「おーい、ワルワラ! こっちのほうも出来たよ!」
別の場所で修繕を手伝っていたメイが駆け寄ってくる。
彼女の肩にはニヴァがおり、いつもの無愛想な顔で低い声を出していた。
「こっちも片付いたとこよ。じゃあ、お菓子でも食べようか」
メイとワルワラはその場に布を敷いて腰を下ろし、ジルイが用意してくれたバケットから焼き菓子を出した。
蜂の巣のような外観をした四角い焼き菓子――ワッフルだ。
二人はワッフルにハチミツをかけ、それを頬張る。
口いっぱいに広がる甘さが、一日の疲れを癒してくれているように感じる。
ニヴァも特に変わりはないが、ゆっくりと噛み締めるようにワッフルを食べていた。
「ねえ、結局ニヴァってウサギなの?」
メイが焼き菓子を頬張りながら訊ねると、ワルワラは呆れた様子で訊き返す。
「なんなのよ、急に?」
「だってさ。ウサギって声帯がないんだよ。それなのにニヴァは鳴けるじゃん。体もずいぶん丸っこいし」
「あのね。それだったらモンスターだっておかしいじゃないの。町に現れたシベリアン・ウルフだって、オオカミなのかシベリアン・ハスキーなのかよくわかんないし」
「でもシベリアン・ウルフは両方の性質を持ってるじゃん。やっぱニヴァが鳴けるのはおかしいよ」
ワルワラは「そんなことよりもワタシに話すことがあるだろう!」と、内心で苛立っていた。
それは、メイの正体が数々のVRゲームの世界大会で優勝していた本庄芽衣だったことだ。
槍使いの男――ヒョウガの驚いた様子に、否定もしていなかったところを見るに、メイは間違いなく本庄芽衣、本人。
しかも、その輝かしい実績に違わぬ戦いを見せていた。
それと、一体どうやっているのかはわからないが、メイは初期ステータスの状態ですでにスキルを持っている。
(ったく、話をするならまずその話でしょッ! それに、本庄芽衣っていったら……)
さらにワルワラには知っていることがある。
いや、彼女だけではない。
20XX年の現在では、知らない者は誰一人いないことだ。
それは本庄芽衣が、この世界を創った人工知能ピューティアを生み出した本庄悟郎のひとり娘であること。
メイは、現実世界でピューティアに捕まってラスト・ワールドに来たわけではなく、自らログインしたと言っていた。
ゲームクリアを目指すために来たと軽い感じで断言していた。
そこから考えるに、彼女は何か使命を持ってこの世界に来たことはわかるが。
ワルワラのほうからはプライベートなことなので訊ねづらかった。
「よし! じゃあニヴァのことはそのうち解明することにして、町の人たちに柵の完成を教えにいこう!」
突然声を張り上げ、メイはワルワラの手を取って立ち上がった。
ニヴァもその動きに反応してか、ワッフルを平らげると、ピョンっと飛んでメイの肩に乗る。
それからミニウサギは低い声で鳴いた。
ニヴァの鳴き声が合図となったのか、メイが駆け出す。
ワルワラは転びそうになろうが気にせずに、彼女の手を引きながら走る。
「ねえ、ワルワラ。町の人たちに伝え終わったら今度こそ武器屋にいこうね」
「えッ!? う、うん、わかったわよ。……メイ、ちょっといい?」
「なに?」
急に足を止め、ワルワラを見つめるメイ。
ワルワラは思わず転びそうになったが、寸前のところで踏みとどまった。
ニヴァのほうは上手いこと宙に跳ねて急ブレーキの重力を回避していた。
「いきなり止まるな! 危なく転ぶとこだったでしょう!」
「ごめんごめん。それでなにか訊きたいことでもあるの?」
「……ある、けど! 今はいい。あんたが自分から話すまで、ワタシからは訊かない!」
ツンっと顔を背けながら言ったワルワラ。
二ヴァがそんなワルワラを見てまた鳴くと、メイは彼女の両手を取る。
自分のほうを見るように引いて、メイは言う。
「よくわかんないけど。ワルワラがずっと訊こうとしてたことは、今夜にでも話すつもりだったよ」
「えっ? そうだったの?」
「だって長いし、面倒くさいしさ。まあ、そういうわけだから安心してね」
微笑むメイを見たワルワラは、本当によくわからない奴だと思いながら笑みを返した。




