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攻撃を弾かれたヒョウガは思わず後退していた。
両目を見開き、またバグが発生したのかと、メイのことを見据える。
「お前まさかッ!?」
互いの武器が重なってヒョウガは理解した。
先ほどのライト·エフェクトでもわかるが、なんとメイはスキル技を使用したのだ。
しかし、なぜだ?
初期ステータスのプレイヤーがスキルを持っているなど聞いたことがない。
だが、目の前にいるポニーテールの女は、たしかにスキルを発動させている。
「なんだよこれ!? お前はどう見たってスタートしたばかりのプレイヤーだろ!?」
激しく取り乱し、仰け反るヒョウガ。
二度目の奇跡が起きること自体がおかしい。
このVRMMORPG--ラスト·ワールドは、現実世界を支配した人工知能ピューティアによって管理されている。
これまで設定の不具合など一度も確認されていない。
ならば、この女はスキルを隠していたのか。
「まさかわざとそういう風に見せてたのか!? そういえばお前はワルワラの仲間で攻略チームにいたんだったな!? だから始まったばかりでスキルを――ッ!」
「違うよ。。私はワルワラの仲間だけど、攻略チームにいたことはない。あなたがさっき言ったとおり、ゲームスタート時のままだよ」
「じゃあッ! な、なんで……? こんなのチートじゃないか!? ありえない、ありえない……ハッ!?」
ヒョウガは思い出した。
最初にメイをどこかで見たことがあると思ったのは、彼女がワルワラのいる攻略チームにいたからだと思ったが、それは違った。
自分はこの女を知っている。
それはこのVRゲームの世界ではなく、現実のリアル世界でだ。
「その茶色のポニーテール……お前、本庄芽衣かッ!?」
本庄芽衣。
その名は、数々のフルダイブ型VRゲームの大会で優勝している女性の名だった。
このラスト·ワールドでは、プレイヤーのアバターが現実の容姿で自動的に再現される。
ヒョウガは現実で世界大会に出るほどではなかったが、かなりのゲーマーだった。
世界中で実況されているVRゲームの大会をチェックし、プロゲーマーの技を学んでいるほどに。
そんな彼が、フルダイブ型VRゲーム大会の優勝者の顔を知らないはずがなかった。
ラスト·ワールド内で数年過ごしたせいで、本庄芽衣のことをすぐに思い出せなかっただけだったのだ。
「それでも、いくらなんでもステータスを変えれるなんて反則だろ!?」
メイは怯むヒョウガに向かって剣を振るう。
ライト·エフェクトで輝くワルワラのシャーシュカで連撃を放ち、彼の槍パルチザンを破壊した。
武器破壊は余程スキルの差がないとできない。
ヒョウガは、粉々になって消えていったパルチザンを見て理解した。
メイの剣術スキルは、自分の持つ槍術Bランクを超えたSランクであることを。
「このゲーム、アタシの勝ちね」
「……殺せ。早く殺せよ!」
メイが勝ち名乗りを上げると、ヒョウガは声を張り上げた。
PKが失敗したということは、仕掛けた者の死を意味する。
このラスト·ワールドでの死は現実での死だ。
それはすなわち、殺人を犯そうとしたのと同義。
そんな人間に殺されて当然なのだと、ヒョウガは叫ぶ。
「どうした!? 早く殺れよ! 俺はお前の仲間を殺そうとしたんだぞ! さっさと殺せ! 殺せぇぇぇッ!」
「そんな大きな声出さないでよ、もう。でもさ、彼女は生きてるし。ジルイや他の人にも怪我ないからもういいじゃん」
メイはそう言うと、ヒョウガの肩をポンッと叩いた。
ヒョウガは開いた口が塞がらないのか、呆然とした表情で彼女を見返しているだけだった。
彼は、驚く、呆れる、戸惑うなどの感情が脳内を回り、言葉が上手く口から出せない。
そんなヒョウガに、メイは笑顔で言葉を続ける。
「あなたがモンスター倒してるとこ見てたよ。ただレベル上げただけじゃできない動きだった。ゲーム好きじゃなきゃ、絶対にあんな凄いことできないと思ったよ」
「お前……なにを言って……?」
メイはニッコリと微笑み、白い歯を見せる。
「また遊ぼ」
彼女の言葉の後に、ワルワラに寄り添っていたニヴァが近寄ってきた。
それからミニウサギはピョンと飛び、その丸々とした体とは思えない跳躍でメイの頭の上に着地する。
メイとヒョウガの視線がニヴァに集まると、ミニウサギは相変わらずの無愛想な顔で大きく鳴いた。
「ほら、ニヴァも同じこと言ってるよ。このゲームのクリア方法ってたしか塔の攻略だったっけ? まあいいや。ともかくどっかのダンジョンで会おうね」
頭に乗ったニヴァを抱きかかえたメイは、ヒョウガにそう言うとワルワラのところへと駆けていった。
すでに町の住民たちも彼女の傍におり、皆が心配そうに声をかけている。
一人ポツンと残されたヒョウガは、その場で立ち尽くして拳を強く握っていた。
彼の口からは、離れている者には聞こえないほどの音量で声が漏れている。
「遊ぼって……なんだよ……。俺は……許されないことをしようとして……俺は……くッ!」
歯を食いしばり、表情を歪める。
ヒョウガにはもう、メイに対して敵意はなくなっていた。
今はただ何もできずにやられてしまった悔しさと、彼女が認めてくれた自分の実力を噛み締めている。
そんなヒョウガの目は、心なしかほんのりと潤んでいた。
「俺の……負けだ……」
ヒョウガはそう呟くと、所持金のほとんど置いてその場から去っていった。




