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ヒョウガが振り返ると、女が倒れているワルワラに寄り添っていた。
メイだ。
メイの肩にいたミニウサギがワルワラの体に飛び乗り、彼女の体からポーションの瓶を出して飲ませているのが見える。
ヒョウガに焦りはなかった。
たとえ回復してもすぐには動けない。
このラスト·ワールドでは、痛覚が現実と同じなのだ。
腹部を貫かれたダメージが回復しても、普通の人間の精神力ではまともに動くのにどうしても時間がかかる。
「仲間って言ってるが、お前。見たところ初期装備のままじゃないか。それで本当に攻略チームのメンバーなのか?」
さらにメイの姿は、ゲームスタート時に与えられる装備のままだ。
当然、武器もない。
先ほど投げた小ぶりの斧もどこかで拾ってきたものだろう。
そこから考えるに、この女は間違いなくレベル1のままで特別なスキルなど持っていない。
「しかし、どこかで見た顔だな。塔の側にあるダンジョンで見たのか……。なら、仲間ってのも嘘ではないか」
ヒョウガはほくそ笑む。
そんな奴が自分に勝てるつもりかと、優越感を覚える。
正直シベリアン·ウルフの群れとの戦闘で見ていて、ワルワラにはレベルやスキルでは劣るので、不意打ちをして倒そうとしたが。
今目の前にいるワルワラの仲間という女に負ける要素はない。
「いい度胸だな。わざわざ殺されようなんてよ。余程死にたいらしい」
「誰も死なないよ。この町の人たちも、ジルイも、ワルワラも、そして当然アタシもね」
メイは倒れているワルワラの剣――シャーシュカを手に取る。
「ワルワラ、ちょっと貸してね。すぐに返すから」
「無茶よ、メイ……。早く逃げて……」
その様子を見たヒョウガは、この女はVRゲーム、いやゲーム自体をろくにやったことないと推測する。
基本的にフルダイブ型のVRMMORPGは、スキルがないと武器は使用できない。
リアリティを追求するために、現実のように手にして振り回すことはできても、とても武器のスキルを持つプレイヤーには敵わないのだ。
初めて竹刀を握った素人が、剣道の師範に勝てないのと同じだ。
槍術スキルを持つ自分に、ゲームスタート時のステータスしか持たない女に何ができるんだと、ヒョウガはメイに詰め寄る。
「剣があれば俺に勝てるつもりか? だったらお前はVRMMORPGってものがわかってない」
槍を突き出し、メイへと向けたヒョウガ。
無精ひげ面で笑みを浮かべて言葉を続ける。
「これが大昔のRPGだったらよかったのにな。もしそうだったら手に持つことすらできないから、お前がこんな無謀な真似をしなくてすんだのによ。フルダイブ型のシステムのせいで、なまじ武器が持てちまう」
「いいからさっさとやろう。あなた、かなり慣れる人なんでしょ」
「バカにしやがって……。せいぜい後悔するんだな。あの世でよッ!」
ヒョウガは槍を突いた。
声を張り上げ、勝ちを確信した表情でメイの顔面を貫こうとする。
ヒョウガのステータスはレベル2で、所持しているスキルは槍術のBランク。
レベル3でスキルに剣術、投擲ともにAランクを持つワルワラには勝ち目はないが、それでもレベル1のプレイヤーに負けることはない。
このVRMMORPG――ラスト·ワールドで確認されている最大のレベルはレベル6。
つまりレベルが上がりづらく、その分1だけでも強さに大きな差が出る。
さらにヒョウガの槍術はBランクだ。
ランクの設定は最高がS、最低がFなので、かなりの使い手だということがわかる。
初期ステータスのメイでは、とても勝ち目がないと思われた。
だが、そうはならなかった。
メイは向かってきたヒョウガの槍を見事な剣さばきで躱し、相手の背後へと回る。
「なッ!? 俺の槍を避けやがった!?」
それはありえないことだった。
何度も言うが、初期ステータスのプレイヤーでは、高いスキルを持つ者の攻撃を避けることはできない。
ヒョウガの槍術スキルはBランク。
少なくとも剣を持つメイの剣術スキルが、ヒョウガと同じB、またAはないとまずありえない。
見た様子でゲームスタート時のままの相手が槍をさばいたことに、ヒョウガは驚きを隠せなかった。
ゲームの不具合か。
バグか何かなのかと戸惑いながらも、今度はスキル技を使用する。
「ありえない、ありえっこない! 偶然だ! 次は必ず仕留めてやる!」
ヒョウガの構える槍が光輝く。
スキル技を使用し、武器にライト·エフェクトがかかる。
シベリアン·ウルフの群れとの戦闘で見せた、一瞬で相手を倒す必殺技だ。
「喰らえ! バグ女ぁぁぁッ!」
閃光のような一撃が放たれた。
モンスターの群れを一瞬で蹴散らした技だ。
「メイッ!?」
ワルワラが叫ぶ。
メイが死んでしまうと悲鳴を上げる。
彼女と同じく、その場にいる誰もがメイが殺されると思ったが――。
「その技は一度見てるよ」
突然メイの剣にライト·エフェクトがかかり、ヒョウガの槍を弾き飛ばした。




