屋根裏部屋の恋する公爵様
「君を愛することはない……多分」
新婚初夜。頼りない言葉を残して、公爵様は寝室から出ていった。
私は。
「ま、いいや。寝よう」
そのまま横になった。
眠い頭で考えても、いいことは何もない。
*
女嫌いの公爵様と貧乏男爵家の私との縁談に、社交界は大騒ぎ。
渦中の私は金目当ての『ふしだらな女』。
私が子供の頃、うちは破産寸前だった。
家財をすべて売り払って、今がある。
私の母親は異国の異民族で派手顔。
私も派手顔。
夜会で一度踊っただけで、たぶらかすには十分だ。
*
それから毎晩、寝室から出ていく公爵様。
新妻をほったらかして、どこへ行くのか。
「いえ、外出されてはいないと思いますが」
「私、見ましたよ! こっそり階段を上がってくの」
「屋根裏には天使がいるとか、本当の女主人がいるとか」
「今は物置になっておりますね。鍵は公爵様がお持ちです」
侍女にも相談した。
「それは怪しいでございますね。尾行するでございますよ。わたくしがお供いたします!」
*
階段を上がる公爵様。
こっそり付いていく私たち。
屋根裏部屋に入る公爵様。
部屋の前に立つ私たち。
ドアの隙間。
月明かり。
公爵様の背中。
その向こうに見えるのは、肖像————
「誰だ! ……君か」
見付かってしまった。
どうしよう。
「現場は押さえたでございますよ。次は尋問でございます。わたくしはここで立ち聞きしておりますから!」
私の後ろでドアが閉まる。
肖像画。異国の少女。
と言うか、この絵……。
「恋をしたんだ」
公爵様が、ぼそりと話し出す。
「異国の貴族だと思うが、どこの誰かは分からない」
公爵様は、毎晩、彼女と会っていたのだろうか。
「君と結婚したのは、見ての通り、似てるんだ」
「いえ、似てると言うか、この絵……」
「君には申し訳ないことをした。だけどこれからは——」
「いえあの、これ私の絵です」
そう告げると、彼は変顔で固まった。
笑える。
「うちが破産しそうだった時、この絵も売られたんです。有名な画家の作だから、高く売れたって」
彼の瞳が熱を帯びる。
肖像画も、私も。
この人は一生手放さないだろう。
そう思えた。
だけど。
なんかすっきりしないなぁ。
「うしし。これはいいネタが手に入ったでございますよー」
*
それからすぐに、新しいうわさが広まった。
『絵の中の少女』のおとぎ話が『ふしだらな女』の醜聞を塗り潰した。
『恋する公爵』様は、行く先々で散々いじられて。
私は、その隣で、にこにこして。
肖像画は、今でも、寝室に飾られている。