7 ブリタニア
扉を開けると、そこにはチェーザレが跪いていた。
俺の後ろに続くニケにチェーザレが言葉を発する。
「陛下、先ほどは出過ぎた真似を。」
ニケが俺の顔を見る。
「…もう一度私たちの味方をしてくれるんでしょ。じゃあ許す。」
やけにあっさり許された。
「はい。誠心誠意尽くします。」
そういうとチェーザレは立ち上がり、彼も俺の方を見た。
彼に誠心誠意尽くす気は全くない。
「そういえばシーザ、チェーザレと話があるんでしょ。あっち行って話してきなさい。」
彼の仕草からニケは何かを察したようだ。
チェーザレはニケのことを容姿と血統だけだと言っていたが、十分頭がいいのではないかと思った。
「では陛下、失礼します。」
チェーザレがそう言うと、俺たちは馬に乗って馬車から離れた。
声が聞こえなくなったところで、チェーザレが俺に尋ねてきた。
「うまくいったか?」
俺たちがニケたちと離れていた間に、チェーザレが俺に与えた任務は2つ。
ニケが王冠を欲しがる理由を聞くことと、彼女の心を奪うこと。
だが後者は難しいのでせめて仲を親密にして来いと言われていた。
ではその理由は何か?
チェーザレ曰く、ニケが大会合でシャルルIV世に負けたにも関わらず王冠を狙うには、必ず彼女に理由があるということだ。
ニケの領地は彼女の母から相続したフランデーニュ公領と国境付近のいくつもの帝国領であり、フランデーニュ公領、帝国領の貴族は自分たちの頭であるニケが女王になることを望んでいない。
彼女を王にすることで恩を売ることはできるのだが、強大なフランシア王国の現国王シャルルIV世と直接武力衝突をするリスクが大きすぎるため、積極的にニケを女王に据える計画が領地貴族たちのものとは考えにくい。
下からの圧力によってニケが行動を起こしたのでないならば、今回の反乱はニケ自身の意図によるものだと判断していた。
そこで彼女の目的を聞くことで、この戦いの目標を設定するために、王冠を欲しがる理由を聞き出す必要があった。
「ああ、親の形見であるフランシアの王冠がどうしても欲しいんだと。」
俺は適当に嘘をついた。
「じゃあ、計画はそのままでいいんだな。で、愛しの女王陛下とキスの一つでもしてきたか?」
チェーザレが俺とニケを結婚させたい理由。
彼曰く、現状のブリタニア・フランデーニュ連合で戦うことで、王冠は奪えるかもしれないが、ブリタニア主導の連合王国の成立をフランシア側の貴族が許すことは絶対にないということ。
しかし、王冠を奪うための戦力として、ブリタニアか帝国の力は借りねばならない。
よって、婚約を結ぶのは今のうちだけで、最終的にはニケとブリタニア王太子の婚約を破棄することが必要なのだが、代わりの伴侶として手っ取り早いのが俺であるという。
血統が不明なら実力で黙らせばいい。
むしろ地盤がない分確執もない。
そして、俺の主君は俺が決める。
それがチェーザレの言葉だった。
彼自身は自分が認めた人物しか伴侶にしないし、仕えたくもない。
はじめに俺がニケと結婚するという計画を聞かされた時、チェーザレが結婚すればいいのではないかと返したが、そのような理由で断られた。
だからフランシア王配にチェーザレの認めた俺がなって、それをチェーザレが支えて、俺たちでフランシア王国を支配しようと。
この話をチェーザレから聞いたとき、運命が味方したと思った。
意気込みはあれど、この世界でどう立ち振る舞っていいかわからない俺に、玉座までのレールを敷いてくれる人物が現れた。
彼の言うとおりにするつもりだった。
けれど、ニケと話していて、チェーザレの言うとおりにするのは違うと思った。
なぜ自分を差し置いてまで、彼女の力になりたいと思ったのかは未だにわからない。
この選択の先に待ち受ける俺の運命が破滅であれば、そのときに後悔するのかもしれない。けれど、チェーザレが実現する未来において、ニケは幸せになれるのだろうか。
国内や国外の貴族、そしてチェーザレの傀儡の王になるのは、幸せなのだろうか。
彼女と馬車内で話していて、その疑問が心を支配してしまった。
ニケとチェーザレ、その2人の願いをかなえる第3の道はまだ見つけられていない。
俺の選択を今、チェーザレに伝えるかどうかは難しいところだ。
彼は優秀だ。
本来なら彼に頼るのが正しいのだろう。
けれど、彼がニケに配慮する理由はないのだ。
もし彼が危害を加えることがあれば…。
迷った挙句、俺はチェーザレに婚約破棄を取り付けたことだけを伝えた。
ギーヌの戦いでのブリタニア連合軍の惨敗によって、フランシア王国によるフランデーニュへの逆侵攻が行われた。
同時にフランシア王国は西のブルテーヌ、南のアクイタニアといった敵対地域への攻撃を開始、3正面作戦となったがすべての方面で王国軍が優勢。
北の対フランデーニュ・ブリタニアでは、ブリタニア軍が本国へと撤退したことでフランデーニュを王国軍が圧倒する展開になり、南の対アクイタニアを筆頭とするラングドック諸侯連合軍では、その多くがフランシア優勢とみてフランシア王国内諸侯へと回帰した。
さらにギーヌの大勝利から一か月もしないうちにブルテーヌ王国はフランシア王家に臣従し、フランシア王国の西からの脅威は完全に消え去った。
また、フランシア王国の東、帝国からの脅威も消え去った。
惨敗によって戦意を喪失した帝国が、フランシアと和平を結んだからである。帝国諸侯や帝国はフランシア王国が自身たちに復讐しに来ることを恐れて王国に謝罪、ブリタニアという宿敵がいるなかで、帝国と本格的な戦いを望まないフランシア王国も白紙和平に近い形のこれを了承した。
よって、今やフランシア王国の敵は大きく2つに絞られた。
国内の僭称者フランデーニュ女公ニケと最大の宿敵ブリタニア王国。
「次が勝負だ。」
そう言ったのはチェーザレである。
「フランデーニュが落ちれば、ブリタニアはラングドイルへの安全な上陸地点を失うことになる。そうなるとフランシアの優勢はもう覆せねえ。だから、俺たちが抗っている間に必ずもう一度遠征軍が来る。」
「けど、ブリタニア王は無理してフランシア王国を手に入れる必要はないんだろ?じゃあ戦争自体には負けてもいいんじゃねえの?」
彼の話だと、ブリタニア王はフランシア王国にそこまで執着していなかったはずである。
「よく覚えてたな、シーザ。確かにその通りだが、一回負けて、それ以降まともな援軍が無いんだったら不義理を原因としてニケに婚約を破棄されちまうかもしれないだろ。それだけは避けたい。」
ブリタニアの態度如何に関わらず、ニケの未来の婚約破棄が決まっていることは、俺とニケとチェーザレだけが知っていることだ。
「それに、ブリタニアは自身の領地であるアクイタニアの危機も救う必要がある状況だ。フランデーニュに軍を集結させて、フランシアがアクイタニアから撤退すれば目的達成、フランシア軍を二分したまま野戦を挑んでくるなら、こちらの勝ち目が大きくなる。そして、俺たちは後者の状況を作り出したい。」
チェーザレが続ける。
「フランシア王を殺す。それが王冠への最短距離だ。フランシア王のあだ名は獅子王、勇気がある。軍を前方で指揮し、兵士を鼓舞する。だからそこに付け込む。フランシア軍の劣勢、前方へ出てくる獅子王、王をなるべく前方に拘束し、そこを中距離から狙い撃つ。」
「狙い撃つって…、銃か?」
俺の質問に対し、チェーザレの答えは違っていた。
「ブリタニアにはもっといいものがある。銃よりも高性能な武器がな。ま、見たらわかるよ。楽しみにしとけ。」