4 ブリタニア
未来は変えられる。
そんな言葉が聞こえたところで御者から出発の合図がなされた。
これから大軍を伴ってフランシア王国との決戦に赴くのだ。
合図とともにチェーザレが立ち上がって言った。
「いいところですが、まあ、話の続きは行軍が終わってからにしましょうか。私も自分の馬がいるんでこれで。あと、こいつにシーザって男の名前はさすがにかわいそうですよ。いい名前だとは思いますけどね。」
また名前に言及された。
でも良かった。
見た目に似合った女性名をつけられた可能性もあったが、どうやら男性名らしい。
「シーザは男よ。」
自分の顔を見た後だとチェーザレのことは責められない。
その彼が笑って返す。
「陛下、冗談はもうちょっとうまくつかないと。」
やっぱり一度では信じてもらえないらしいので、自分から言う。
「俺、男です。」
時間が止まった。
「…マジで?なんか荒い言葉遣いをしてるとは思ってたけど、まさか男だとは…。でもそっちの方が好都合だな。」
好都合?どういうことだ?
「陛下、私があなたの味方をする代わりにシーザをもらってもいいですよね?出番があるかどうかわからない身代わりよりは、よっぽど陛下の役に立ちますよ。」
「はあ?そんなこと勝手に決められたら困るんだけど?」
「身代わりなんてやらせてるより、経験積ませた方がいいですって。将来要職についたときに陛下を支えてくれますよ。」
「まあ、あなたがそう言うなら…。」
ニケは少し考えたあと、それを了承した。
さっき俺たちに敵意を向けてきた人間をそんな信用していいのか?
そもそも、俺の意思を無視して連れて行かれそうになってるんだけど、これは誘拐では?
その後、俺は長い髪を切られ、はじめに着ていたぼろきれを着せられた後、チェーザレに馬車の外へと連れ出された。
「雰囲気は変わったけど女王に似すぎてるな。」
チェーザレが笑いながら言った。
さっき俺たちを殺そうとしてた人間と笑いながら会話できねえよ…。
「シーザ、さっきの話について聞きたいんだが、王の力についてのお前の意見は誰から教えてもらったものなんだ?」
「誰から聞いた…とかはなくてとっさに出てきたものですね…。」
本当にとっさに出てきたものである。
特にどこかで聞いた話ではない。
そもそも日本では王の力の使い方について学ぶ場所があるのだろうか?
あってもあんまり意味がなさそうだが。
「13であれを思いつきか…。ところで俺には敬語を使わなくていいぞ、チェーザレって呼んでもらって構わん。」
「そして、改めて自己紹介をしよう。俺はロンバルディー公爵の長男、といっても庶子だが、のチェーザレ・デ・パヴィーだ。年齢は15だが、すでに学位は持ってる。」
学位?
この世界の大学がどのようなものかは分からないが、さっきのやり取りからも優秀なのは間違いないと思う。
「さっき記憶喪失だとは聞いたが、名前以外に覚えていることはないのか?相当な教育を受けてきたように感じたんだが。」
「全く覚えてないですね。」
ニケ達には記憶喪失キャラで通したので、今更変えるわけにもいかず失敗したなと思う。
「それより、あなたの言う王の資格って何なんです?陛下にそれが備わっているならなぜ陛下に味方しなかったんですか?」
「その敬語やめたら教えてやるよ。」
チェーザレの話し方は少し腹が立つ。
ニケに対しての喋り方も少し見下している雰囲気が感じ取れた。
チェーザレがここに来る前の俺より年下ということもあってか、この話し方をされると無性に打ち負かしたくなる。
本人もそう言っているし、同じような話し方で返してやるか。
「教えろ。」
「何だ急に。まあ教えてやろう。お前が俺に舌戦を挑んだあと、あいつらのお前を見る目が変わったんだが、お前気づいてたか?」
「さっきは刃物を持ったお前を言いくるめるのに必死で見てねえよ。」
「変わってたんだよ。自身のできないことをして見せた尊敬へと。他者と一線を画する素質を持って王は王となる。これが俺の持論だ。」
「じゃあ、例えば早食いチャンピオンも王の資格があるってことか?それで陛下のすでに持っている資格ってなんだよ。」
我ながら謎の例えが口から出た。
「早食いが尊敬されるなら資格はあるんだろうな。お前が早食いできる人間を尊敬してるならあるってことだ。一方で、お前の頭がいいってのは誰もが認める資格だ。」
ムカつくけれど、優秀そうな人物に褒められて悪い気はしない。
「そして女王の資格はお前も見たらわかるはずだ。女王とお前がどれだけの付き合いかは知らんが。だが俺はたまたま生まれ持った資格に付いていきたくはない。そう思っただけだ。」
ニケの見たらわかる、一線を画す素質か。
素質と呼んでいいか分からないが確かに心当たりはある。
「ただ、女王はまだ13だ。王として成長する可能性は十分ある。だから、女王に肩入れすることも別に悪くねえかもな。俺が王冠をのっけてやることで名声も手に入るし。」
「ということでだ、」
チェーザレが続ける。
「お前、女王と結婚してこい。」
「はあ!?」
不意を突かれて、裏返った声が出た。
なぜ俺とニケが結婚するという話が出てきたのか?
そもそもニケはブリタニア王太子と婚約していたはずではないのか?
何度考えても分からない。
すると考えているうちに、チェーザレから言葉が発せられた。
「俺とお前で、このフランシア王国を奪うんだよ。面白そうだろ、シーザ。」
場所は変わって、フランシア王国内シャンパイユ公国。
フランデーニュ公国の南に位置し、フランシア王国首都とフランデーニュ公国を結ぶ位置にある。
不安、それ以上の高揚感。
フランシア王シャルルIV世の心のうちはそのようなものだった。
子供のころからあこがれていた自身の父であるフィリップ大王を超える機会が自身の身に訪れたことに対して。
今の齢は43。
長かった彼の人生の絶頂は今であった。
フランシア王国史上唯一の大王フィリップの末息子として生まれ、偉大な父のようになりたいと思い、若き時から軍を指揮してきた。
が、父のような偉業は成せず、相手は小規模な反乱軍や小競り合いばかり。
兄の存在でフランシア王にもなれなかった。
しかし、今やあこがれていた王冠は彼のもとに転がり込み、父がとどめを刺せなかった敵たちが徒党を組んで首都へと押し寄せようとしている。
古臭い帝国も、強欲なブリタニアも、生意気な南の諸侯も、すべて粉砕してしまえばいい。
大王フィリップの覇業を支えた大陸最強の重装騎兵を中核とした4万3千の兵士たちを引き連れ、彼はフランデーニュへと向かっていた。
「陛下。」
行軍中の王にそう呼びかけたのはオルレーニュ公アンリであった。
王国の首都であるシテ・マーニュ西南のオルレーニュに領地を持つ国内有数の大貴族で、同じく大貴族のシャンパイユ公ジャン、ノルマーニュ公ギョームとともに、シャルルこそが王冠にふさわしいと支持した一人である。
上述の彼らは3公と呼ばれ、特にフランシア王国内で強い権力を持つ。
「結局フランデーニュはどうなさるのです?」
ニケがフランシア王国に反旗を翻したことによって、彼女が母から相続した公領は王家に接収される予定である。
「あれは王太子に与えようと思うが、どう思う?」
「少々早い気もしますが、殿下であれば上手く治められるかもしれませんな。」
シャルルIV世の子、名を同じくシャルル。
12歳であるが天才と呼び声高く、王の自慢の後継者だ。
さらに美形の多いフランシア王家の中でとびぬけて美形だとされ、12歳にしてすでに将来を嘱望されている子である。
「しかし、王太子を手放すのが不安でもある。フランデーニュは王に反抗的な者が多い地。
王太子が万が一死にでもしたらと思うと…。」
「公、そなたも親としてどう思う?」
シャルルがアンリに問うた。
「陛下、殿下は英邁故、そのご不安は当然かと。ですが、甘やかしてばかりが親の役目ではありますまい。」
「…そなたの子も傑物だ。ぜひ王太子をそばで支えてほしい。親離れか、私も心を決めねばな。」
「もったいないお言葉です。」
「フランデーニュの統治のため、王太子とフランデーニュ公を婚姻でもさせるか。」
「…帝国との争いは必至ですが、それを超えて手に入れる価値はあるかと。」
「ふむ、ではそのように取り計らおう。」
一方、ブリタニア王エドワードII世の胸中では、不安の方が大きかった。
十分な兵は集った。
おそらくフランシア軍よりも多いであろう。
が、わが軍の大きな部分を占める帝国諸侯は連合王国成立の可能性に動揺しているのを感じる。
婚約によってブリタニア王家は継承戦争の結果にかかわらず、フランデーニュ公領という十分な報酬を手に入れたといえる。しかし、勝利を同時に手放してしまったかもしれぬ。
大王の時に我が王家が受けた雪辱を晴らすことを…。
ブリタニア王エドワードII世は後ろにいる王太子の顔を見た。
妻に似た、美しい顔の王太子。
悪くはない、悪くはないが、どうしても隣国の王太子と比べてしまう。
王太子がフランデーニュ女公を娶れば、豊かなフランデーニュどころか女公が持つ帝国領も手に入れることができる。
しかし、それは帝国との軋轢が生じることを意味する。
ただでさえ我々はフランシア王国領内のアクイタニアを持っているというのに。
格上の王国と帝国を相手に、王太子は渡り合うことができるのだろうか…。
決戦はすぐそこまで迫っていた。
・地名の元ネタ
シャンパイユ(シャンパーニュ)
オルレーニュ(オルレアン)
ノルマーニュ(ノルマンディー)