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「…………結婚…………で、ございますか?」
さすがのドゥーカ公爵も目を丸くした。彼の療養仲間達も同様である。
「そうじゃ」
と、女王陛下は説明をはじめた。
「ロヴィーサの今日に至るまでの経済的な苦境は、かのクラージュ王陛下が重ねた借金によるところが大きい。陛下は幾度となくブリガンテへの侵攻を試み、多くは敗退して戦費を浪費し、結果として借金を積みあげた。ブリガンテはいまだロヴィーサの脅威であり、今後、新たな戦端が開かれる可能性も否定はできない。そこで、じゃ」
女王陛下は、びし、と持っていた扇を宰相に突きつけた。
「宰相に命ずる。宰相の名のもと、妾とブリガンテ第三王子の縁組を成立させよ。ロヴィーサはブリガンテと同盟を結び、その証として、ロヴィーサ女王たる妾がブリガンテの王子を夫に迎える。さすれば戦の脅威は遠ざかり、これ以上の借金も必要なくなるであろう」
「…………っ」
宰相ととりまきの間に驚きと動揺が走った。
ドゥーカ公爵は即座に他の大臣達を一瞥するが、誰も驚いている様子はない。
つまり、すでに彼らと女王の間では話し合いを終えた決定事柄ということだ。
ドゥーカ公爵と宰相の権限をもって、反対に回ることは可能だろうか。
可能だが、女王に「国王の命令に逆らうのか」と、大義名分を与えてしまうことになる。
療養前ならまだしも、今の状況でそれは賢明ではない。
公爵は忙しく頭を回転させた。
ブリガンテとロヴィーサの状況、自分の置かれた立場、女王がブリガンテ王子を迎えることによる利益と不利益、それから療養中に調査を進めていた、ブリガンテに留学中の息子からもたらされた極秘の情報について…………。
「エヘン」と、ドゥーカ公爵は咳払いした。
「陛下直々のご命令とあらば、否やはありませぬが。質問をお許し願えるでしょうか?」
「むろん、かまわぬ」
「第三王子との縁談を、と仰せでございますが…………ブリガンテには現在、三名の王子がおります。王太子である第一王子はすでに妃を迎えておりますが、第二王子、第三王子は未婚のまま。特に第二王子は眉目秀麗、文武両道、陛下とも同い年とか。第三王子は陛下より三歳年少。第二王子ではなく、第三王子との縁談を選んだ理由をお教えいただけますかな?」
「王太子は病弱と聞いている。さらに妃はいても、子はいないとか。仮に王太子が急逝すれば、第二王子は新たな王太子となる。国を出るのは難しかろう」
実際、桜子の記憶では、ブリガンテ第二王子のレスティは兄の早世によって王太子の地位を継ぎ、ロヴィーサ女王位に就いたヒロインを「外から支える」と、漫画のラストで約束していた…………ような気がする。
なので桜子は、最初から第二王子は選択肢から除外していた。それでなくとも、ヒロインに一目惚れしてアウラとの婚約を破棄する男。あてになるはずがない。
ドゥーカ公爵もひとまずは納得したらしい、恭しく頭をさげる。
「陛下のご命令とあらば、いたしかたございませぬな。ご決断の前に、我々にご相談いただけなかったことは残念ですが…………承りました。この宰相、必ずや陛下のご命令を果たしてご覧に入れましょう」
「うむ。期待しておるぞ」
女王がうなずき、そこで本日の会議はお開きとなった。
退室した桜子は廊下を進みながら、ドゥーカ公爵達の反応を反芻する。
(絶っ対、納得してないし、絶っ対、反撃してくるつもりよね、あのクソ親父。権力と財力を持っているし、ロヴィーサにおける事実上のラスボスでしょうけど…………今はとりあえず、大きな仕事を任せられて良しとするしかない。女王陛下の縁談となれば、さすがに本人も忙しくなるだろうし…………大臣全員の前で引き受けた以上、気安く投げ出せもしないはず…………と、願う。あのクソ親父が縁談に奔走している隙に、ロヴィーサの国庫をどうにかして、国民からのアウラへの支持をとり戻さないと!)
処刑までは、残り一年半弱。
のんびりしている暇はなかった。
それから一ヶ月と経たずにドゥーカ公爵は旅の支度を整え、正式な書状をたずさえ、大勢の家来を引き連れて、堂々とブリガンテへと旅立った。立派な行列に、道行く人々が「どこの名家の花嫁行列だ」と不思議がったほどだ。
「なにも宰相直々に赴く必要はあるまい」
さすがに桜子はやんわり止めた。国のナンバー2が出国とは、大事である。
しかし宰相は、
「ブリガンテは大国。侮られてはなりませぬ。私自ら赴くことで、この縁談の重要性をあちらに示すこともできましょう。なに、有能な大臣がそろっております。私一人がおらずとも、陛下に支障はありますまい」
そう主張して、馬車に乗り込んだ。
後半の台詞は明らかに嫌味であろう。
しかし最大の敵がふたたび長期不在となったのは、幸いである。
桜子はここぞとばかりに腹案を実行に移すことにした。
大臣達を招集する。
マルケーゼ侯爵やコンテ伯爵達の後任はすでに選出されており、政務に滞りはなかった。
桜子は、王宮の者達は知らなかった。
『女王陛下の勅命をうけた使者』の体で、わざわざ自らロヴィーサ王宮を出たドゥーカ公爵が、道中で大勢の貴族達と合流していたことを。
彼らが従者に変装し、『宰相閣下の家来』の体で国境を越え、ブリガンテに入ったことを。
彼らは元マルケーゼ侯爵であり、コンテ伯爵やグラーフ伯爵であり、アウラ女王陛下に不正の証拠をつかまれて処分された貴族達だった――――
宰相と、少なからぬ数の貴族達が不在となり、桜子はさらに国庫の立て直しへと奔走する。
(民にはこれ以上、税金をかけられない。倹約も、できることは一通りやった。となると、あとは一つ。持っている奴らから取り立てる!! そのためには、庶民じゃなく、貴族だけが払うような税を作るのが、てっとり早い!! まずは『奢侈税』!!)
国庫に関する資料を徹底的に調べる最中に発見した、ある人物の立案途中の政策だ。
簡単にいうと『贅沢品にかける税金』である。
(とはいえ、貴族だって自分達が税金を払うのは嫌に決まっているから、慎重にいかないと)
まず絹について法律を作った。
貴族以外の身分が、公的な場で絹を着用するのを禁じる法律である。
これは難なく通った。貴族には影響のない法律である。
そして本番。絹に課税する。
直後、貴族が出席する式典での絹の着用を、作法として定めた。
貴族としては、式典に出席するため、課税分値上がりしていても絹を購入せざるをえない。
もともと彼らは高価な品物を所有している事実を名誉と考え、他人より高額な品物を持つことではりあう人種なので「高額だから購入しない」という選択はない。
桜子は貴族達のそのプライドを突いて、贅沢品への課税を認めさせたのだ。
これならば、庶民への影響はほとんどない。彼らにとっては絹など、一生に一度も着ることのない高級品だからだ。
ただ、注意しなければならないのは中級、下級の貴族達だった。
貴族といっても実態はピンキリで、高額の定収入がある者もいれば、貴族とは名ばかりの生活水準の者もいる。後者にまで多額の課税をして苦しませるのは桜子の本意ではないし、上流貴族より数の多い彼らに女王反対派にまわられても困る。
そこで桜子は作法を細かく設定し、階級によって身につけられる装飾品の数や布の品質に制限をもうけた。上流貴族は高品質の絹を着て多くの装飾品を身につけ、下流や中流の貴族は二級、三級の絹を着て装飾品の数も限られる…………という具合に。
現代日本ならあれこれ言われそうな作法だが、貴族社会では、一目で階級が判別できるのは『自分の偉さを強調できる』という理由で好まれるため、これも問題なく通すことができた。
同じようにして、ビロードなど他の高級な布地、宝石、羽根飾りや小物類、革製品や銀食器や白磁、馬車など次々課税していった。すべて庶民には縁のない品ばかりである。
さらに桜子は建物を貸し出した。
記念館だの音楽ホールだの、建てたはいいが、まるで使っていない建物(すべて前建設大臣の肝いり)がいくつもあり、使わなくても維持費がかかり、さりとて壊すにも予算がかかる…………と頭を悩ませていたところ、思いついて貴族達に貸し出してみた。
その際『王家の所有』であることを強調し、借りられる時季や日数も階級によって制限をかけ、「この建物を借りられるのは、あなたが名門だからですよ」「この時季にこんなに長く借りられるのは、あなたが他の家より上の証拠ですよ」と、自尊心をくすぐるよう仕向けてみた。
(まあ、効果は期待できないけど、気休めに。パーティーとかなら自宅で開けばいいし、わざわざ別の場所で開催する意味はないしね)
桜子はそう予想したのだが。
あにはからんや、貴族達は先を争って借りはじめた。
桜子には理解できないことだったが「名門にしかできないことがあるなら、やらないはずがない」というのが貴族の考えらしい。
どの家も自分が借りられるだけ借りたがり、管理の役人が日程の調整に頭を抱えるほどだ。
特に今回『功績』を認められて貴族に加わった者――――平民出身の豪商や銀行家、金貸し達は自身の叙爵を周囲に触れ回るため、我先に貸し出しを求めて、役人に袖の下を渡す者まで現れる始末だった。
そうでなくとも、自宅以外でパーティーを開けるというのは、自宅が汚れない、自宅での窃盗の心配がない、大切な調度品等の破損の心配がない、などの利点の他、あまり豊かでない家だと「自宅を他家と比較される心配がない」というメリットもあったようだ。
(貴族の考え方はわからない)
そう思いつつ、彼らに積極的に借りてもらうため、桜子は王家の倉庫を開けさせて、これらの建物に歴代の王や王妃の肖像画を飾らせたり、何々王や何々王妃の遺品の椅子だの花瓶だの柱時計だのを置かせたりして、より『王家らしさ』を強調する。
さらに思いついて、某陛下、妃殿下が愛用された銀食器だのティーセットだのを貸し出してみると、これも予約が殺到した。
「順調に数字が伸びていっているわね…………」
桜子は帳簿を見て唸る。
女王陛下の執務室で。桜子はひろげられた何冊もの帳簿を前に、順々に指を折っていく。
「着替えなどの不要な作法の廃止と、それに伴う大量の解雇による人件費削減。ドレスや装飾品などの新調の削減。舞踏会や夜会の削減に、式典や儀式の縮小と中止。工事計画の見直しと、記念館や記念碑などの不要な工事の中止。これらの倹約による削減額が(日本円換算で)ざっと三千億。ケーキの印税や庭園公開の入場料、建物の貸し出し料などによる収入が、全部足して(日本円で)十億に届くかどうか。で、ロヴィーサの抱える現在の赤字額が…………」
桜子は笑った。
「およそ十三兆(日本円で)かあ…………」
「ははは」と力なく笑う。笑うしかなかった。
「一応、三分の一が片付いたけど、それでも十三兆ほど残っているのよねえぇぇぇ!!」
かたわらの片眼鏡の財務大臣は憐れと無念の表情で瞼を閉じ、部屋の隅にひかえていた栗色の髪の侍女リュゼと、ローズグレイの髪の侍従ソヴァールも気の毒そうに視線を伏せる。
「作法の廃止や工事の中止で予算を浮かす方法は、来年からは使えない。印税や入場料による収入も、だんだん飽きることを考えれば減っていくだろうし…………やれるだけはやったんだけどなあぁあぁ!」
「ですが、陛下のご尽力で、年内の予算は大幅に浮かすことができました。舞踏会や工事の回数など、今の規模を維持すれば、来年以降も予算を低く抑えることは可能ですし、今後は奢侈税による収入も期待できます。なにより、来年は借金が不要となりました。陛下がお望みの減税も叶います」
泣き笑いの表情で帳簿に突っ伏した女王陛下を、財務大臣が慰めてくれる。侍女のリュゼにも「ホットココアはいかがでしょう、気分が落ち着きますわ」と気を遣われた。
あたたかい甘い飲み物で気を落ち着けながら、桜子もひとまずは納得するしかない。
「あとはもう、細々した倹約をつづけて税制改革を進めて、気長に地道に返済していくしかないわ。幸い、利子の返済については、あらためて話し合いたい、と何人かが申し出てきているし。そちらと巧く交渉しましょう」
いったんは交渉決裂したものの、実際に豪商や金貸し達が叙爵され、貴族のみに許される建物で豪華なパーティーを開催しているのを目にして「あいつが叙爵されたなら自分も」と駆け込んで来た者が複数名、いるのだ。
向こうから持ちかけてきた分、今度はこちらが有利に話を進めることができる。そこで可能な限り譲歩を引き出す他なかった。
財務大臣が退室し、侍女と侍従もさがらせ、一人の執務室で甘いあたたかいココアを飲んで、大きく息を吐き出す。
(今は、どれくらい漫画と異なる展開に進めているんだろう。原作が手元にないから、全然わからない。少しは改善されていると信じたいけど…………)
なんやかんやで、奢侈税の実行や民への減税までに半年近くかかってしまった。
アウラも十九歳。
確実に死の時は近づいている。
(考えても仕方ないけど…………あの女王陛下も、私の体と私の世界で、どう過ごしているんだろ…………)
問題を起こしていないことを祈るほかない。
処刑まで、あと一年と少し。




