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4人のいないディストピア  作者: 室井千文
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第2話 『それ』が来るまでの束の間の平和

平和と呼んでいたこの毎日が本当は平和じゃなかったら?

本当は自分たちはエッジに生きていたとしたら?

を気づき始める4人。大学生4人男子だったが・・・

外はほとんど明けてしまった。まぶしい日曜の朝が始まる。まだ一日ある。学校にもバイトにも何も縛られない一日が、ということが僕たちを自由な気分にさせていた。コーヒーを一口をのみ下すと、より深く息ができた。大音量の音楽に何時間も身体をさらし、汗をかいて冷えて疲れていたので、ようやく温もりと塩分が行き渡って息を吹き返したようにおもえた。


 それは自分だけじゃなくて、他の3人もそうだったようで、そのまま4人そろって何も喋らないまま、テーブルを一緒に囲んでいた。

 でもそれは全く重たい沈黙じゃなかった。全く。

 光が差し込んで朝と夜の間に線を引いた。疲労がその境界線をにじませてはいたが、新しい日と新しい光の中で、僕らはまだ18歳で力に満ちて、今日もそして明日も、僕らの手の中にあることは微塵も疑わせるものはなかった。

 まだこの時は。


 と、僕はふと思いついて、真面目な顔をつくり、わざとらしく竹林の視線を避けながら、低い声でつぶやいた。


「やっぱさ、それはヤバいよ」


 竹林を含めた残り三人は、一段低くなった僕の口調に、眠たげな顔を向けた。


「お前さぁ、それは中学くらいで習ってるやつなのよ」と僕は続けた。「うちの中学はニ年の時で『記憶学 I』ていう授業だったな。多分、学校のよって名前は違うけど、文部科学省で認定されているから全国でマストな授業はずだよ。忘れちゃったの、竹林?だからそんなに右も左も分からなくなっちゃうわけ?」


「ああ、うちもそういう名前だったな。受験とは関係ないけど、小学の時の道徳に準じるみたいな」


と鎌ちゃんはすぐに察して応じてくれた。わざとらしい落ち着いた声でありながら、目線は下向きなのは、笑いをこらえるために違いない。


「え」とさっそく僕の蜘蛛の巣にひっかかった竹林はうろたえた。「ていうことは、迷子にならないコツとかあるわけ?」


「迷子にならないコツじゃない」


 なあ、と僕は鎌やんと視線を合わせた。途端に吹き出しそうになったが、ぐっとこらえた。


「竹林、お前はすごく勘違いしている。記憶学だ。き・お・く・が・く」


 僕がゆっくり言うと視界のはしで、うぜえという顔をした鎌ちゃんが見えた。僕はまだ鎌ちゃんのスイッチが把握しきれていない、が構わず続けた。


「あのさ、竹林はさ、『あれ、次の教室どこだっけか』と悩むだろ?探すだろ?ここは前にも来たことがあるはずだ、と記憶を探ってあれこれと」


「うん、まあ」


と竹林は座り心地の悪い椅子に座っているようにもじもじした。またからかわれているか半信半疑なんだろう。


「普通の人間はそんなことしてないんだよ。もちろん『あれ、こっちだったかな?右だったけ?』てなことはある、だけどその後が違うんだよ」


「竹林は、じゃあ地階だったかなーとか北校舎だったかなーとかうろうろするだろ。普通つーか、皆はしない」


「するよ、だってナビとか車についているじゃん。グーグルマップもあるじゃん」

「違う、それはまだ行ったことのない行先だからだよ」


「それは普通のやり方じゃない、竹林。今のうちに直した方がいい。世の中の人間みんながやっているやり方を知った方がいい」


 えー何それとすぐに折れるかと思った竹林がなかなか困った様子を見せてくれないので、僕と鎌ちゃんはちょっといらついてきた。


「や、別に困ってないし、僕」と竹林は言い募った。

 内心いらつきながら、そしてどこで落としどころをつけようか考えながら、僕はごり押しし続けた。


「それは分かってないからだよ、この世の仕組みを」


「まあ、たまにいるけどな、お前みたいなやつ。タイミングが悪かったのか、こののんびり感を親が残しておきたかったのか、この世の仕組みっていう大事な話をうっかり聞き逃したまま、社会にでてしまう運の悪いやつが」


 そして視線を落としたまま腕を組み、座りなおした。それは笑ってはいけない、バレてしまうと思っただけだが、竹林はやや上目遣いになりながら、僕の次の言葉を慎重に待っていた。自分は、うっかり持ち物リストの目もを見ないままで世間に出てきてしまったんだろうか、と考えているに違いない。彼には、自分には「皆が持っているのに自分だけが持っていない」という自覚が、それが何かは分からないなりにあったのだ。


「まあ」とテーブルに両肘をついてそっと両手で目頭を押さえたように顔を隠した鎌ちゃんもさらにバックアップしてきた。「ある程度いるよ、そんな奴。どの学校でも教えてくれる訳じゃないから、後は、その家庭次第だしな」


 僕には完全に鎌ちゃんが両手の中で笑いを隠しているようにしか見えなかったが、竹林ははっと思い至ったように小さな声で言った。


「うちさ、親が僕が小学生の時に会社を起こしたから、両親がすごく忙しくて。それにちょっと事情があって中学に行っていない時期もあったけど、それ?そういういうことなの?」


 そうそれそれ、と嬉々として話の接ぎ穂をつかもうと僕と鎌ちゃんが身を乗り出すと

「竹林君、そんなことないよ?」


と、突如落ち着いて、嶋君は紙ナプキンで口をぬぐった。竹林は、希望の光をみたように嶋君に向き直った。僕と鎌ちゃんが、嶋君の足を蹴ったのは同時だったので、テーブルの下が非常に混雑した。

 嶋君は、ちょっと眉をしかめただけで落ち着いて続けた。


「少なくとも僕のが中学校では、そんな授業なかったよ」


「でも」


 竹林は、眉の両尻をさげて不安でいっぱいになって嶋君に言い募った。まるで子供みたいに。「でも、僕さ、中学は・・・実はあまり行かなかったんだ。だからミスったことが多いはずなんだ。皆が知ってて、僕が知らないこともたくさんある…」


「だろ」


 すかさずに鎌ちゃんがつっこんだ。ほんの一瞬の弱みにつけこむ彼がやっぱり僕は好きだ。


「つーか、そうなんだよ。多分、お前が学校行っている間にミスってるぞ。人間はな記憶で出来ているんだ。お前みたいに、記憶の積み方を習っていない奴は、とんでもない目にあう」


「とんでもない目ってどんな事?」


「すぐに分かる。期して待て、竹林よ」


 鎌ちゃんのドヤ顔を見て、竹林はからかわれたことにようやく気付いたようだった。が、それでも何も言い返さないので、僕はかえって何も言えなかった。きな臭い何かをその時に嗅いだ気がしたのだ。そしてそれは本当に「すぐ」だった。続く


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