友達を作らない俺と友達を作れない彼女 5
次の日の朝、俺は気だるげに学校へと向かい歩いていた。学校は家から近いのでいつも徒歩で通学している。実際のところは家から近いからこの学校を選んだのだが。
学校に近づくにつれ、足取りは自然と重くなっていく。これから学校で一日を過ごすと考えると憂鬱になる。理由は授業が面倒くさいというのもあるのだが、なにより憂鬱なのは昨日の出来事のせいである。十六夜に無理やりに結ばされた友人関係だ。偽装ではあるが面倒なことには変わりない。
なんで俺はこんな面倒なことに巻きまれたのだろうか。何かしらの力が働いたとしか思えない。ボッチはボッチに引き寄せられる。だとしたら最悪だ……。
どうにかして早くこの忌々しい関係を終わらせたいのだが。
そうこう考えている内に、学校へと着いてしまった。まあ、考えても仕方ない。できるだけ合わないよう心掛けておこう。
そんな心掛けもむなしく、さっそく昇降口にて十六夜と遭遇してしまった。
幸い十六夜はまだ気づいていないようだ。だが、避けようにも下駄箱は通らなければならい。通り過ぎるのをここで待つべきだが、ここで立ち止まるのもおかしいし他の生徒の邪魔になる。なので、極力、目を合わせないようにさりげなく通り過ぎることにする。
気づかれないよう影を薄めて自分の下駄箱へと向かう。
よし、なんとか上履きは手に入れた。一方で、十六夜は上履き相手に苦戦しているようでまだ履き替えている途中だ。俺の存在も気づかれてない。通るなら今しかない。さっさと通り抜けて教室にとんずらしてしまおう。
そう思ったつかの間、十六夜がこっちを向いてしまい、目が合った。
なんでこうなるんだよ。あと少しだったのに。
互いに石化光線を浴びたかのように固まる。
そして十六夜が先に何かを言おうとする。
「……お」
その口元はなぜか小刻みに震えている。
「お……お、は」
おは? おはぎとでも言いたいのだろうか。つまり、食堂でおはぎを買ってこいと。そういうことなのだろうか。
「おは……お、おはっ」
さっきから、おとはを繰り返してばかりで何が言いたいのかさっぱりわからない。
心なしか、十六夜の顔が赤くなっている。その表情は険しさと恥ずかしさが交わっている。何か葛藤しているみたいだ。
よくわからないがチャンスだ。俺はさも関係がないかのように装いながら十六夜を無視して通り過ぎる。
案の定、足を引っかけられた。ガクンとバランスを崩し、その場で四つん這いになってしまう。
「何するんだ。危ないだろ」
落ち着いているのは、逃げられないと悟っているからである。というか諦め半分である。
まあ、他の生徒もいるからさすがに踏まれはしないだろう。
そう思っていたのだが、振り向いた瞬間その考えがおはぎより甘かったと気づかされた。
十六夜の剣幕っぷりと言ったらそれはもう恐ろしかった。
「お、おい、落ち着け。みんな見てるぞ。だから、落ち着け。な?」
はっきり言って注目の的だった。行きかう生徒たちは足を止め、何事かとこちらを見ている。だが、十六夜は完全に怒りに身を任せた状態で、もはや周りなど見えていないようだ。
「おい、あれ十六夜さんじゃないか? なんかメチャクチャ怒ってね?」
「嘘つくなよ……って、うおっ、ほんとだ! あんな十六夜さん初めて見たぞ」
「つーか、誰だよ、あいつ。あんな奴いたっけ?」
「あの十六夜を怒らせるとか、いったいなにしたんだよ」
どんどん集まってくる生徒たちによって野次馬が形成されていった。
それでもなお、迫りくる十六夜。
俺は方向転換し、渾身の土下座を放った。時に人はプライドを捨てでも守らなければならないものがある。命大事。
「俺が悪かった! 言いたいことはわかってる! だから、ちょっと待て!」
俺の必死の懇願によって十六夜が一瞬ぴたりと止まる。ここで何を言えばいいか、俺はちゃんとわかっている。日本では古来より荒れ狂う神を鎮めるために供物を捧げていた。つまり、荒れ狂う十六夜を鎮めるには供物を捧げればいい。
「おはぎって言いたかったんだよな。後で買ってきてやるから落ち着け」
十六夜の動きが完全に停止した。
危ないところだった。主に恋愛シミュレーションゲームによって磨き上げられた判断力が役に立ったようだ。
「へぇ、十六夜さんって意外と食いしん坊なんだ」
「まじか……。まぁ女子でも、育ち盛りだしな」
「ちょっと、一緒にしないでよ」
ギャラリーがざわめきが聞こえる。対して十六夜は固まったままだ。
「…………」
……あれ、違った。怒りを鎮めたはずなのに十六夜からはいまだ怒気が放たれている。しかも、さっきより顔を紅潮させている。あとなんでかは知らないがその表情は涙ぐんでいた。
選択を間違えたみたいだ。デットエンドかもしれない。
なにが駄目だったか考えたが、時すでに遅し。十六夜の足による強烈な一撃が俺の後頭部めがけて放たれる。数にして五連撃。昨日と違い上履きをはいたままなのでとても痛い。
踏み終えてなお十六夜の怒りは収まらないようで、不機嫌オーラ全開だった。
そのオーラに圧倒されたのか廊下を塞いでいた集団が左右にパカッと別れ、道ができる。その間を十六夜がずかずかと歩き去っていた。
それを見て人垣を形成していた生徒たちが自然と解散していった。すれ違いざまに他の生徒から向けられる視線をよそに俺は結論づけていた。
やっぱ、現実は恋愛シミュレーションゲームより理不尽である、と。
結局、十六夜が何を言いたかったのかわからず終いのままだ。
俺は後頭部を抑えながら教室へと向かった。